第7話_ぶつかる想い
 別れた二人は再び出逢い、運命のこの場所で対峙することとなった。
「貴方を力ずくでも止める覚悟はできています」
 静かな声であったが、その声には強い決意が感じられた。
「僕も力ずくでも君を連れていく。あの計画には僕らの未来がかかっているからね」
 琥珀の手が獣の手と変化した。まずは風の刃で小手調べだ。
 シュッという風の音を立てながら琥珀の手が振り下ろされると、風の刃が発生して椛に襲いかかった。けれども一つではなかった。琥珀は連続して風の刃を放ったのだ。
 いくつもの風の刃は地面を切り裂きながら椛に向かっていく。その刃の破壊力は、輝の家で放たれたものを遥かに凌駕していた。
 椛も負けずと円舞を踊るように風の刃を作り出し、琥珀が放った全ての風の刃を相殺した。
 次に琥珀は韋駄天のような身のこなしで、椛を中心にして円を描くようにぐるぐると回った。ずっと見ていると目を回してしまいそうなくらい琥珀は回っている。
 椛の周りを回る琥珀が残像によって何人も見える。これは残像のせいだけではなく、琥珀の妖術だった。
 何人もの琥珀は椛の周りを高速で周りながら別々の動きを見せた。まるでそれは本当に何人もの琥珀がいるようだった。
 一人目の琥珀が鋭い爪を振りかざしながら襲いかかってきた。
 椛は自らの力を具現化して弓矢を作り構えると、襲いかかって来た琥珀に矢を撃ち放った。
 矢で心臓を射抜かれた琥珀は瞬時に透明な物体になり、シャボン玉のように弾け飛んだ。四方に弾け飛んだ物体は床に落ちると煙を立てながら消滅した。
 椛が後ろを向くとすでに二人目の琥珀が襲いかかって来ている。後ろだけではない――左右からも琥珀の魔の手が襲いかかる。
 弓矢を構える椛は狙いを定め次々と琥珀を射抜いていく。その間に二人の琥珀が風の刃を放った。
 自分に襲いかかって来る琥珀を射抜くことに気を取られ、椛は風の刃に気づくのに遅れてしまった。
 鋭い爪を振りかざしながら襲いかかってくる三人の琥珀を射抜いたものの、一撃目の風の刃を避けたところで二撃目の刃を腕に受けてしまった。装束の左腕部は鋭い刃物で切り裂かれたようになり、その奥の白い肌には一筋の赤い線が走り血が流れ出していた。
 琥珀は一人だけになっていた。
「もう止めよう。僕らは戦うべきではない」
「私も貴方とは争いたくありません。けれど、私は人間の味方です。貴方が人間の敵である限りは争わなくてはいけません」
「どうしてだ!? なぜ、そんなに人間の肩を持つんだ? 君も僕と同じ狐の化身だろ、同じ仲間じゃないか……それなのにどうして……」
「今は人間の姿が私の真の姿です」
「そうか……人間≠ヘ僕の敵でしかない」
 琥珀は椛を敵とした。しかし、その声には哀しさが含まれていた。
 紅蓮の炎に包まれた琥珀は白銀の狐へと変化し、妖狐琥珀となった。彼は本気だった。先ほどまでは力を抑え戦っていたが、今は違う。
 椛はためらうことなく燃え盛る琥珀に矢を放った。しかし、矢は琥珀の放った炎によって消滅させられてしまった。
 咆哮を上げた琥珀は地面を蹴り上げ天高く舞い上がった。そして、上空から地面に炎の塊が降り注ぐ。
 飛来してくる炎の塊を避けながら椛は矢を天に向けて放った。矢はことごとく炎によって消滅させられ、上空から落ちながら琥珀が襲いかかってきた。
 琥珀が椛に飛び掛かる寸前、椛は目を閉じた。恐怖からではなかった。椛が目を閉じた瞬間、地面の石畳を押し上げて木の根らしきものが飛び出して来て、琥珀に絡みつき動きを封じた。
 土地神である椛は自然の力を自由に借りることができるのだ。そして、この小春神社内は椛の力が最も強くなる聖域だった。先ほど受けた傷もすでに完治している。
 後ろに飛び退いて間合いを取った椛の顔色が険しくなった。琥珀は身を包む炎の勢いを強くして、身体に巻きついた木の根を焼き払ったのだ。
「木の力などでは僕の動きは封じられない。この炎を身に纏っている限りは、椛、君には負けない」
「私もこの聖域では貴方に負けないわ」
 椛は幾本の矢を同時に放なった。その矢は全て琥珀を外れ、とんでもない方向に飛んでいった。
「どうしたんだ? 矢を放つ力もないのか――いや、違う!?」
 琥珀は大誤算をしてしまった。外れたとばかり思っていた矢は狙い通りに放たれていたのだ。
「もう貴方は逃げられません」
 椛の宣言どおり、琥珀はある一定の範囲から外に出られなくなってしまった。
 琥珀の周りには円を描くように矢が地面に突き刺さっている。椛は矢を使って結界を作ったのだ。
 琥珀は結界から出ようと見えない壁に勢いよく突進するが、バネで弾き返されたように吹っ飛ばされしまう。
「私は戦の神々の眷族ではありません。私の力を攻守で例えるなら、防御的・受動的な力。私の役目はこの地に住む人間を含める全てのものを守ることです。結界を作り出すことが私の最も得意とするもの」
 琥珀はいつの日だったか、普通の狐だった頃に檻に閉じ込められ、生きながらして炎で全身を焼かれたこと思い出し、激しい咆哮を上げた。
 炎で全身を焼かれたあの時の想いが蘇り、琥珀の身を包む炎はより一層激しく燃え上がった。
 椛はそれを受けて結界の力を強めた。
 円形ドーム状の結界の中を炎が満たし、今にも渦巻く炎によって結界は壊されそうだった。
 椛は結界を破られまいと全神経を集中させ力を結界に注ぐ。その顔からは汗がにじみ、地面にぽたぽたと雫を落としていた。
 互いに一歩も引かない苦しい状況となった。戦いは持久戦にもつれ込み、少しでも気を抜いた方が負ける。この戦い、大地からエネルギーを借りることのできる椛の方が有利か?
 結界の中の炎が弱まりを見せ、勝負あったかと思ったその時、椛は背中を刺されたような痛みを覚え地面に倒れ伏してしまった。その瞬間、琥珀を覆っていた結界は弾け飛び壊れ、神社全体を覆っていた結界までもが大きな音と共に弾け飛び消滅してしまった。
 椛は地面に手をつきながら後ろを振り返ると、そこにいたのは!?

 神社の前までは来たが中に入ることができない。悠樹と未空は神社の鳥居の前で立ち往生していた。
 悠樹は何もないはずの場所に手を触れて見ると、そこには目の前に見えない壁があるようだった。
「何なんだこれは?」
「きっと結界ね」
「結界?」
「中にきっと二人の人物がいる。激しいエネルギーのぶつかり合いを感じるもの」
 悠樹は見えない壁を手探りで触りながらいろいろな場所を調べてみるが、どこにも入り口はない。
「どうやって中に入ったらいいんだ」
「葵城クン伏せて!」
「えっ?」
 悠樹が地面に伏せる未空を見た時には、彼の身体は見えない何かによって五メートル程吹き飛ばされていた。悠樹が吹き飛ばされた時、彼は何かが弾け飛ぶような大きな音を聞いて、身体に無数の小さな塊がぶつかったのを感じた。
「何だいったい?」
 膝を曲げアスファルトの地面に片手をつきながらどうにか受け身を取った悠樹は、何が起きたのか全くわからなかった。
 未空が神社の中へ走り出した。
「結界が壊されたわ、きっと中で何かが起こったんだわ」
「待って、星川さん!」
 悠樹もすぐに未空を追いかけて神社の中へ入っていった。
 境内へと走って来た悠樹は驚きのあまり足が動かなくなり立ち止まってしまった。
「なんだあれは?」
 悠樹の視線の先には炎を身に纏った狐が地面に倒れていた。あんなものがこの世にいるわけがない、と思った悠樹だったが、それだけではなかった。
 背中に矢を刺されてうずくまる巫女装束を着た女性と、その女性が向いている方向にはなんと!?
「尊!」
 悠樹は思わず叫んでしまった。矢を構えているのは黒装束に身を包んだ女性。それは紛れもなく月夜霊尊だった。
 悠樹は何がなんだかわからなくなった。いったいここで何が起きているというのか、なぜ尊がここにいるのか、矢を刺された女性はいったい何者なのか、この狐はいったい何なのか?
 呆然と立ち尽くしている悠樹に対して未空は至って冷静だった。
「あの狐の妖怪が琥珀の真の姿、そして、あそこで倒れている女性が椛ちゃんよ」
「あれが椛……いや、どうして、どうして彼女は矢で……尊、なぜ君が椛を……」
 尊は悠樹に名前を呼ばれ、構えていた弓をゆっくりと地面に下ろすと悠樹を見てこう言った。
「私は人間たちの敵だ。そして、君とも……」
 もう悠樹は何も言葉を発することができなかった。悪い夢ならば覚めてくれと願うのみだ。
 椛は背中に刺さった矢を苦痛に顔を歪ませながら自ら引き抜き、弓を掴んでゆっくりと立ち上がった。
「やはり、あなたも人間ではなかったのですね」
 これは尊に向けられた言葉だった。尊も人間ではなかったのだ。
 椛は言葉を続けた。
「あなたに初めてお会いした時は私の力は衰えており、あなたも自らの力を隠しておられた。あの時は漠然としかわかりませんでしたが、今ならはっきりわかります。あなたも私と同じ――神々の一人であらせられますね。それも、私よりも神格の高い神でしょう。しかし、あなたのような神格の高い神がなぜ……?」
「私は夜の眷族の神。昼がある限り、夜もまたある。夜がある限り私はこの世界から消えることはないだろう。しかし、人間は夜を拒み、光を灯し眠ることのない街を作り出した。私の存在は消えなくとも、力だけは急激に落ちていった。消えることもできず、ただ老いていく自分が嫌だったのだ。だから私は昔のように人間に夜を恐れさせたかった、昔のように人間が幻想の世界に生きる我々に畏怖を抱かせたかった」
 未空がゆっくり尊に歩み寄ろうとすると、尊はすぐに弓を構えて矢を放った。矢は未空の耳のすぐ横をビュンという音を立てながら通り過ぎた。
「どうして外したの?」
「人間は私たちが生きるために必要だ。無駄に殺しはしない」
 未空は再びゆっくりと歩き出した。それに向かって尊は再び弓矢を構えた。
「次は射抜くぞ」
 尊の忠告を無視して歩く。矢は放たれ未空の肩を射抜いた。紅い血が傷口から滲み出でくる。
「尊はあたしの大切な友達。それは今も昔もかわらないわ」
 再び歩き出す未空に対して尊も再び矢を放った。今度は右足のふとももを射抜かれた。「私にとって未空は友達でもなんでもない。ただ利用しただけだ。未空の持つ霊力は非常に高い、その未空が私のことを強く想えば私の存在を強く維持することができる。それだけのために友達のフリをしただけに過ぎない!」
 尊は弓を構えて、今度は未空の心臓を狙った。ビュン! 矢が放たれた。しかし、矢に刺されたのは尊だった。
「お返しです」
 そう言うと椛は連続して矢は放った。その放った矢は全て尊の身体に突き刺さり、尊は地面倒れた。それに続いて未空も地面に倒れそうになり、悠樹が急いで抱きかかえた。
「大丈夫ですか星川さん!」
「少し貧血になっただけだから……」
「少しどころじゃありませんよ!」
 未空の受けた傷は重症だった。このままでは命の危険にも差し障る。
 よろめきながら椛も未空の元へ駆けつけてきた。
「私の力でどうにか出血は止められるでしょう。ですが、その前に矢を抜かなくてはなりません」
 すでに悠樹は未空が倒れそうになった時に冷静さを取り戻していた。
「星川さん、矢を抜く時に激痛が伴いますが我慢してください。椛さん、星川さんが舌を噛まないように厚手の布か何かが欲しいんですが、持ってますか?」
 椛は白い布を自分のエネルギーを消費して具現すると悠樹に手渡した。
「星川さん、これをしっかり噛んでいてくださいね」
 未空は悠樹に言われたとおり布を口に挟み噛み締めた。
 矢は二本とも身体を貫通しており、抜くためにはまず矢先を折らなくてはいけない。
 悠樹はまず肩に刺さった矢先を折ることにした。矢に手をかけ、
「折りますよ」
「うう……うっ……」
 矢を折った瞬間、未空はビクッと震え身体を反らせた。悠樹は間入れず折った矢を引き抜いた。
「うぐっ……」
 再び未空の身体が震えた。激しい痛みが未空の身体を襲っているのだ。見てる悠樹たちも苦痛に顔を歪ませてしまう。
 口に加えていた布を落として未空はぐったりしてしまった。
 椛は矢が抜けて血の吹き出してきた傷に手をかざし、すぐに治療し始めた。傷はすぐに塞がったが、矢はもう一本残っている。
 未空は自ら落とした布を掴み、
「早く、次の矢を……」
 と言って再び布を咥えて噛み締めた。
 悠樹は言われたように矢に手をかけて力いっぱいへし折った。
「ううっ……」
 身体を震わせながら未空は折られた矢に手をかけ、自ら矢を引き抜いた。
「……う……くっ」
 抜いた矢を遠くに放り投げた未空は、ゆっくり息をして呼吸を整え始めた。
 椛が再び治療に取りかかり傷は塞がり、腕の傷も包帯を外して傷跡まで全く残らないまでに治療した。しかし、未空の衣服に染み込んだ血の量を見ればわかるが、生命の危機にあることは先ほどと変わりない。
 自分のエネルギーを送りつつける椛。彼女の疲労も大きなものだ。
「大丈夫です。私が力を送っていれば、徐々にですが回復しますから」
 心配そうな顔をして未空を見守っていた悠樹が何かに気づき顔を上げると、そこに立っていたのはなんと、人間の姿に戻っている琥珀と矢を身体に刺したままの痛々しい姿の尊だった。
 椛が後ろを振り向いた途端、琥珀は炎を手に溜めた。
「動くな、動くとそこの人間どもを火あぶりにするぞ」
「迂闊でしたね。未空さんに気を取られて、あなた方のことに気づかなかったなんて……」
 自分を悔いて椛は唇を噛み締めた。
 現状は最悪だった。椛は少しくらいの炎では死ぬことはないが、人間では駄目だ。
 尊は指で印を組んだ。
「仲間になる気がないのならば、術を架けて仲間に引き入れるしかないな」
 何語ともつかぬような呪文を唱え、椛にそれを架けようとしたその時だった。尊は思わぬ妨害を受けた。靴が飛んで来たのだ。
「よっしゃー、ヒット!」
 遠くには綾乃と靴を履いていない輝がガッツポーズをして立っていた。
「輝、あの人月夜霊さんみたいだけど、靴当てちゃってよかったのかな」
「何か、悠樹たちに危害加えそうな雰囲気だったからいんじゃないの?」
 二人は現状が掴めていなかったが、輝は何となく靴を飛ばしたのだ。
 椛は急に酷い頭痛に襲われた。尊の術を受けていたのだ。
 頭を押さえながら椛は狂気の形相で地面に膝をついた。そして、信じられない現象が起こった。
 椛がまばゆい光に包まれたかと思うと、次の瞬間には幼児化して二人に分裂したのだ。それも二人の見た目は瓜二つだ。
 この場所にいた全員が驚きを隠せなかった。
 力を消費した尊は地面に膝をつき眉をひそめた。
「やはり先ほどの邪魔で術が失敗していたか……」
 輝たちも何がなんだかわからないまま駆け寄ってきた。
「何だよ、椛ちゃんが二人?」
 琥珀が目にも止まらぬ速さで動いた。そして、尊と二人の椛を抱きかかえると逃走しようとした。しかし、一人の椛が激しい抵抗をして逃げ出した。
 琥珀は逃げた椛を捕まえようとしたが、二人を抱きかかえているだけで、それはできなかった。
「仕方ない、今日のところは両者ともに深手を負ったので帰るが、すぐにもう一人の椛を連れ戻しに来るからな!」
 そう言って琥珀は人間業では到底なしえないジャンプ力で天高く飛び上がり、そのまま住宅の屋根などを飛び越えながら消えていった。
 輝が突然叫んだ。
「わけわかんねぇーよ! 何か映画で一番重要なシーン見逃した感じだよな。よし、俺んちで会議だな」
「待て輝」
 悠樹が声をかけた。
「その前に星川さんを病院に連れて行きたいのだが?」
 先ほどから未空は悠樹に抱きかかえらたままだった。そんな未空を見て輝は今更気づいた。
「まさか、その紅いのって血なのか!?」
「ホントに!?」
 綾乃もびっくりした。二人とも琥珀と尊に気を取られて気づかなかったのか、それとも二人があまりにも鈍感なのかだ。
 未空はゆっくりと目を開け、悠樹の肩を借りながら立ち上がった。
「大丈夫だから心配しないで……。傷は椛ちゃんに治してもらったから……ただ、ちょっと貧血」
「な〜んだ、だいじょぶなのか」
 呑気な口調な輝にすぐさま綾乃のパンチが入る。
「だいじょぶなわけないでしょ! 傷が治ってもこれだけ血を流したらヤバイに決まってるでしょ!」
「大丈夫よ涼宮さん、本当に心配はいらないから、早く真堂クンの家に行きましょう。だって……」
「「だって?」」
 全員が口を揃えて聞いた。
「だって、血みどろじゃ気持ち悪いでしょ。早くシャワー浴びて着替えたい」
「…………」
 最も理由だったが全員沈黙してしまった。ほんの少しだけかもしれないが、未空の感覚はズレているような気がする。
「……ウソ」
 未空がぼそりと呟き言葉を続けた。
「この事件のことを表沙汰にはしたくないから、人に見つからないうちに早く逃げましょう」
 なぜか全員未空にからかわれたような気がしたが、そのことについては誰も触れなかった。
 確かに未空の言う通り、この事件のことを表沙汰のはよくないだろう。それに境内には多量の血痕が残ってしまった。今は証拠隠滅をするよりも、さっさと逃げてしまった方がよさそうだ。
 悠樹は着ていた上着を脱いで未空に今着てる服の上から着せると、一同はなるべく人に見つからないように輝の家まで急いだ。


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