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第12話_学園の魔術師 |
桜散る――留年! 神原女学園の新年度。 二度目の高校2年生を迎えた華艶であった。 「今日からの学園ライフが憂鬱すぎる……」 学校の階段を怠そうに上る華艶の背中を友人の蘭香[ランカ]が叩いた。 「まあ元気出だしなさい!」 「まさかあたしが留年なんて……ありえない」 「まさかじゃなくて必然でしょう?」 蘭香の瞳はメガネの奥で呆れきっている。 「はいはい、必然なのはわかってますよーだ」 「あんたねぇ、成績が悪いならともかく、出席日数が足らなくて留年はないでしょう?」 「だって……仕事が」 留年の原因はもちろん副業のTSが忙しかったためだ。完全に自業自得である。 副業について知っている蘭香からしてみれば、 「金儲けは大概にしなさいよ」 というのは当然。 「はいはい、委員長んちはお金持ちだもんねー」 「もういい加減その呼び方やめてくれないかしら?」 「あ、もう会長なんだっけ?」 「そういうことを言っているのではなくて、役職名で呼ぶのやめて欲しいのだけれど?」 「えぇ~っ、2年くらいそう呼んできたんだし。あだ名なんだからいいじゃん?」 「はぁ……いつもそうなんだから」 生徒会長といえど、華艶にはいつも手を焼いているようだ。 「ところで華艶、もう今朝学校で起きた事件知ってる?」 「なにそれ?」 「切り落とされた犬の首が花壇で発見されたのよ」 「フィギュア?」 「いいえ、本物よ。悪戯にしては悪質だわ」 この話を聞いて華艶はたびたび学園で起きている事件を思い出した。 「そーゆえばさ、鳥の死骸とか、謎の血痕とか、あと……ハムスターとかもあったよね?」 「そう、去年の夏頃からそういう気持ちの悪い事件が起きているのよね。今年になってからは件数が増えはじめ、みんな不安がっているわ」 「うちのガッコ、セキィリティ厳しいから近所の変質者の線は薄いものね」 「だからと言ってクラスメートや友達を疑いたくはないわ」 「でも疑心暗鬼な空気が流れてるのも事実でしょ」 「だから早く解決しなきゃ……」 重い表情の蘭香は責任を背負っていた。自らが行動を起こさなくては思い詰めているようすだ。 「蘭香ったら、言ってくれればここにいるじゃ~ん」 「えっ?」 「事件解決だったらプロのあたしに任せてよ!」 「あなたモグリでしょ。それに本業は学生なのよ、しっかりと勉学に励まないとまた留年するわよ」 「うっ」 痛いところを突かれた。 しばらく何気なく歩き続けたふたりだったが、突然、蘭香が真顔で華艶を見つめた。 「ところで華艶?」 「なに?」 「わたしにどこまで付いてくる気?」 「はい?」 「今日からわたしは3年生。あなたは2年生。ここは3年生のフロアよ」 言われて華艶は慌てて周りを見回した。 「ちょっ、早く言ってよ! 周りが知った顔ばっかだったから、もぉ!」 「早く教室に行きなさい、新年度初日から遅刻なんて笑いものよ」 「わかってるって! じゃまたね!」 廊下を駆け出す華艶の背中に蘭香が声をかける。 「廊下は走らないで歩きなさい」 その声も華艶の耳には届かず虚しく廊下に響くだけだった。 体育館に響き渡る女子高生の叫び。 「いやっ、どうして……今までいっしょにやってきたのに!?」 「我らが神は贄を要求しているのよ」 「じょ、冗談……だよね?」 だが、震える声で尋ねる少女の視線の先で妖しく輝く短剣。 体育館に並べられた蝋燭が独りでに灯りはじめた。 ――近くまで来ている。 締め切られているはずの体育館に冷たい風が吹く。 背筋が凍った。 ――すぐそこにいる。 鈍く煌めく短剣。 身を守ろうと防御した少女の手首が斬られ、鮮血が噴き出した。 黒い血は流れ出すのではなく、瞬く間に霧と化した。 血の霧は人像[シルエット]を描いた。 ――悪魔召喚。 少女は血の滴る手首を押さえながら後退った。 「そんな……いやっ……来ないで!」 どす黒い人像がじわじわと生け贄を追い詰める。 床に点々と墜ちた血の道しるべを悪魔が歩む。 「いやっ……いやっ……いやーっ!!」 少女が絶叫して大きく開けられた口に黒い触手が突っ込まれた! 「うぐっ!」 少女の鼻から噴き出す異臭。 悪魔の人像からうねうねと触手が何本も生えていく。触手の先端は丸く膨らみ、首元が締まっているその形状はまるで、雄々しく充血しきった……。 少女は口を塞がれながら戦慄した。 人間のそれとは異なるが、それが何であるか一瞬で察し、これから行われることを想像したのだ。 餌食となる少女の腕に触手が巻き付いた。 「きゃっ!」 そのまま少女は強引に倒されてしまった。 少女は床に背中を押しつけながら、脚をジタバタさせながら触手を振り払おうとする。 乱れるスカート。 「ひっ……ひーっ……ううっ……ひ、ひぃぃぃっ!」 言葉にならない。 半狂乱になりながら、恐怖で顔を歪め、触手を振り払おうと必死になる。 触手は様子を伺うように積極的には手を出していないように見える。弄んでいるのだ。いつでも力尽くで犯せると言わんばかりに、少女の躰を軽く舐めるように、そして突くように触れている。 甘美な恐怖を支配をする。 触手で腕の自由を拘束したにも関わらず、足や胴は野放しにしている。 逃げ道を誘導している。 しかし、その逃げ道はまやかしに過ぎず、藻掻いても藻掻いても逃げ切れない。 少女に抱かせてやる淡い期待。 絶望にはまだ早い。 暴れるだけ暴れればいい。 絶望の最後は自らそれを認めること。 そう、今は逃げることに必死になればいい。 そして、自ら気づくのだ、逃げられないということに――。 触手がネットリ舐めるように少女の肌をなぞる。 内腿が執拗に責められる。 触手がどこを狙っているかは明らかだ。 だが、触手はその場所を一気に攻め入ることはせず、弄び続けるのだ。 いつでも触手は最後の砦を堕とせる。 だが、少女にはそれがいつかわからない。 いつ訪れるかわからないその瞬間に、少女は怯え続けなくてならないのだ。 震える少女は最後の勇気を絞った。 大きく腕を動かして触手を振り解いた。 片腕が外れた! 一瞬、少女の顔を歓喜が彩った。 まだまだ逃げられる。 胸の奥に希望が灯った。 これで拘束されているのは片腕だけ。躰の多くの部分は自由なのだ。これのどこが劣勢なのだろうか? 触手はじわじわと最後の砦に侵略してきた。 少女は無我夢中で股の間の触手を振り払おうとした。 次から次へと伸びてくる触手。 少女は必死になってそのすべてを振り払った。 緩やかに伸びてくる触手。その進行速度は変わらない。だが、触手の数は少しずつ増えていくのだ。 「いやっ、いやっ、いやっ!!」 焦る少女。 全身から汗が噴き出す。 もう限界だ、振り払いきれない! ショーツの割れ目に頭を埋めた触手を少女が握り締めた。 「イヤーッ!」 少女に握られた触手は力強く押してくる。 眼の前の危機に気を取られ、少女は気づいてなかった。 触手はその1本を残して進行をやめているのだ。 嗚呼、少女は弄ばれていることに気づかない。 さらに残った1本の触手は悪魔の股間から伸びていた。 握られた触手は少女の力と均衡して押し返してくる。 ショーツの割れ目に触れては引き返す。 だんだんと少女の手は痺れ、力が入ってこなくなる。 じわじわと時間を掛けて少女が力負けしていく。 恐怖が浸食してくる。 希望の光が消えかけている。 あれは本当に希望の光だったのだろうか? まやかし。 少女は戦慄した。 希望が音を立てて砕け散る。 悪魔の手のひらの上で転がされていただけ。 ドクドクッ! 少女の握る触手が脈打ちながら膨れていく。 手の中で恐怖が膨れ上がっていくのだ。 膨れ上がっていく恐怖を少女はじかに手で握らされていたのだ。 少女は触手を握って進行を遮ろうとした……つもりだった。 しかし、それもまた悪魔のしたたかな支配だったのだ。 すべては悪魔の甘美な食卓を彩る芸術。 脈打ちながら太く硬くなる恐怖の対象だが、少女は恐れながらもそれを握り続けなくてはならない。 膨れ上がっていく恐怖を手放すこともできないのだ。 それを感じ続けなくてはならないのだ。 なぜなら、それを離した瞬間――さらなる恐怖が訪れるからだ。 触手の先端が霧を噴き出した。 ドクドク……ドクドク…… 触手が雄々しく武者振いをしている。 いつの間にか数え切れない触手が再び蠢き、両足首を拘束していた。 恐怖はそっと触手を伸ばして忍び寄る。 少女は眼を見開いた。 声も出せない。 極太触手を握る手からも力が抜けていた。 解放された極太触手は最後の砦にあえて攻め入らなかった。少女の顔の前で恐怖の象徴として蠢いて見せるのだ。 少女の両足が高く持ち上げられた。 「キャーッ!?」 天井に足の裏を向けたV字開脚。 辱めは頬を赤く染めるものではなく、恐怖でしかなかった。 もう限界だった。 少女の太股が痙攣した。 「ひゃっ」 息を呑んだ少女。 黄色い染みがショーツを浸食していく。 張り詰めた緊張の糸が切れた少女は失禁してしまったのだ。 穢されたのではなく、自ら穢してしまった。 自分で自分を犯してしまった感覚。 諸悪の根源は悪魔の筈である。だが、失禁という痴態は自らを責めてしまうものだった。 虚ろな目をして呆然とする少女。 まだまだ遠くへはいかせない。 再び恐怖へ引き戻さなくてはならない。 股の付け根からショーツに忍び込んだ触手は、ビリビリと布を破りはじめた。 「やっ、イヤッ、やめてーッ!」 まだまだ甘美な声で鳴けるではないか。 うっすらとした毛に覆われた秘所が露わにされた。 V字にされた姿は割れ目が尻まで開かれ、秘所だけではなく菊門まで露わにされてしまっている。 まったく濡れていない。 濡れているのは本人も自覚しないうちに流した涙で濡れる瞳。 極太触手は少女の首元から服の中に侵入した。 ほかの触手も合わせて袖や裾から服の中へ。 触手の先端で腹を舐められ、ブラの中にまで魔の手を伸ばしてきた。 乳房が絡め取られ、淡紅色の乳頭が変形した触手に吸われる。 乳頭を吸う触手の先端は、まるでイソギンチャクのようになって、無数に蠢きながら犯すのだ。 その間に極太触手はゆっくりと股間へと進行していた。 鎖骨の中心を通り抜け、ブラの谷間を滑り落ち、腹を舐めながら落ちていく。 薄い茂みの中に極太触手が足を踏み入れた。 恥丘を越えれば秘境は近い。 なだらかな丘を登り、秘裂を摩る。 同時に包皮に包まれた肉芽が摩られる。 アンモニア臭がまだ残る秘所だが、まだ濡れてはいなかった。 極太触手はヌチャヌチャと音を立てながら、少女の秘裂に何かを塗り込みはじめた。 朱く彩られていく秘所。 それは少女が手首から流した血だった。 自ら血によって秘所を穢される。 魔術めいたその行為は、淫靡で支配欲を満たすものだった。 秘裂の間を流れ墜ちる血。 少女の足はさらに高く持ち上げられた。 逆さ吊りにされた少女。 脚を大きく広げられY字を描く。 「イヤーーーーーッ!!」 ブスッ! 天高くから極太触手が少女の秘所を串刺しにした。 「アアアアアアアァァァッ!!」 極上の絶叫。 今までのネチネチとした責めが嘘のように、激しく雄々しく乱暴に触手は少女を犯す。 軍隊蟻が餌に群がるように若く肉々しい少女の躰を貪り喰う。 「痛いっ……ああっ……ひぃぃっ……あああっ!」 全身を触手で揉みくちゃにされ、中をぐちょぐちょに掻き回される。 服も細切れに破かれ、もう容赦なかった。 乳首を引き千切られんばかりに引っ張られ、鈴口を何度も何度も突っつかれる。 肉芽は包皮を捲られ乱暴に扱われ、菊門にまで触手は滑り込んできた。 「ああっ……あう……ひっ……あひぃぃぃ!」 窄まった菊門に触手が突き刺さった。 少女は初めて尻を犯された。 切れた菊門から血が滲む。 絶望。 意識が白濁していく。 深い沼。 底なしの絶望という名の沼。 藻掻けば藻掻くほど嘲嗤われるように絶望して、最後は無力となる。 少女は堕とされた。 しかし、堕落はまだまだこれから。 少女はビクンビクンと躰を振るわせた。 肉壺は徐々に蜜を溜めはじめていた。 全身はドロドロの血に塗りたくられる。 まるで泥沼に墜ちたような姿。 恐怖による支配が次の段階へと進んでいた。 熱い吐息が鼻から抜ける。 「んっ……ん……ああっ……ああああっ!」 犯され犯され、犯され続ける少女に逃げ場などない。 このまま少女は肉奴隷として朽ち果てるのか? いや、終止符は呆気なく打たれた。 少しずつ悶えはじめた少女。 恐怖を通り越し、巧みな触手に快楽を覚えはじめたころ、それは起きたのだ。 今まで傍観者と化していた人影が嗤った。 過ぎ去った恐怖を残酷にも再び思い起こさせよう。 鈍く煌めいた短剣が少女の腹に突き立てられた! すかさず短剣はずぶずぶと下ろされ、少女の柔らかい肉を捌いた。 裂かれた腹の中に触手が侵入してくる。 腹の中で蠢く触手の群れ。 「ギャァァァァァァァーーーッ!!」 恐怖はどこまでも木霊した。 新年度の顔合わせも兼ねて、1人ずつ名前を呼ばれて出席を取られた。 「火斑華艶!」 華艶の名前を呼んだのは、女だてらに鬼教官のあだ名を持つ体育教師だった。 机にぐた~としながら華艶は手をあげた。 「はぁ~い」 気のない返事をした途端、 「シャキッとしろ!」 廊下まで響き渡る声で怒鳴られた。 思わず華艶は立ち上がってしまった。 「はい!」 「はじめからそのように返事をしろ。普段から気を抜いているから留年などするのだ」 グサッとくる一言。 すでにクラスでは華艶が留年したことが囁かれていたが、これでクラスメート全員に知れ渡ることになった。 華艶は気が重くてしかたなかった。 周りの華艶とどうやって接したらいいのかわからない空気。 華艶のほうからもどう接していいのかわからない。 出席確認も終わり、担任の簡単な話や雑多がこなされ、ホームルームが終わった。 次は講堂で始業式だ。 クラスメートが移動をはじめる中、華艶はぽつんと人のいない席を眺めた。 「新年度早々欠席なんて、あたし以上にダメ人間に違いない!」 小さくガッツポーズを決めてニヤニヤと嬉しそうな顔をした。 出席確認の際に担任は欠席の理由がわからないような言葉を発していた。 「きっとサボリに違いない。始業式めんどいしあたしもサボろうかなぁ」 と、言った瞬間、華艶は背後から鬼気迫るプレッシャーを感じた。 「ほ~む~ら~!」 ドスの利いた女の声。 振り返った先にいたのは鬼形相をした担任だった。 「貴様、留年したのにまだ懲りないのか!」 「いえっ、すぐに講堂に行かさせてもらいます!」 華艶は逃げるようにダッシュでその場を後にした。 その背中にさらなる叱咤が! 「廊下は走るな!!」 「ご、ごめんなさい!」 華艶はブリキの玩具のように、カクカクと歩きながら講堂に急いだ。 鬼教官は華艶の担任として適切な人選だ。 華艶は決して振り返ることなく講堂まで辿り着いた。 「こうやって一カ所に集まると、ウチの学校けっこう生徒いるよねぇ。しかも全部女って」 この女の多さは入学時にも感じたことだった。 華艶は好きこのんで女学園に入学したわけではない。 数々の理由がある。 中学時代の成績などの問題。 姉の強硬な薦め。 そして、過去に負った男子とのトラウマのため。 先ほど華艶は『全部女』と言ったが、正確には男性職員がいる。それでもパッと見は女子ばかりだ。 教師たちの指示で生徒たちが整列させられていく。 新年度の混乱でなかなか整列が終わらない。 キーンというマイクのハウリング音が少し流れ、すぐに女子生徒の声が講堂に響く。 《早く並んでください。始業式が延びれば下校時間も延びますよ》 それは蘭香の声だった。 さきほどより整列のスピードが早くなった。 華艶も周りに合わせながら整列する。 だいたい華艶のいる位置は講堂の中央くらいだ。 ……ぽた。 何かが頭に落ちてきたのを華艶は感じた。 「雨漏り……のわけないよね?」 呟きながら華艶は天井を見上げた。 それとほぼ同時だった。 《きゃーーーっ!》 マイク越し蘭香の叫びが講堂中に響き渡った。 そして、華艶も愕然としながら眼を見開いていた。 その場を動かず天井を見上げている華艶。その頬に落ちた朱い雫。 異変に気づきはじめた生徒たちが次々と悲鳴をあげる。 辺りは一瞬にして騒然とした。 華艶は頬を拭いながらつぶやく。 「マジ?」 その視線の先、吊り下げられた血みどろの全裸屍体。 ボトッと天井から降ってきた小腸が床に落ちた。 パニックになった生徒たちが出口に押し寄せ、揉み合い押し合いで新たな悲鳴があがる。 女子高生である筈の華艶は独り非日常の空気を纏い――冷静だった。 その場に残っていた生徒たちは華艶を見て、静かに震え上がった。 留年したから浮いているのではない。 華艶はすでにその存在が別次元の住人なのだ。 落ちてきた内臓と吊り下げられた屍体を交互に見る華艶。 「本物っぽいなぁ。それにしては血の量が少ないような……?」 ようやく教職員たちが統率をはじめた。 「慌てず騒がず教室に戻るように! そこからも早く離れなさい!」 華艶もその場を引っ張られて移動させられた。 新年度早々凄惨な事件が起きてしまった。 犬の惨殺屍体などこれに比べれば序の口だったのだ。 華艶は辺りを見回した。 教職員たちが騒ぎの収集をしているとはいえ、このパニックはなかなか治まるものではない。 泣きわめいているのは生徒だけではない。教師の中にも鳴きながらその場にしゃがみ込んで動けない者もいる。 嘔吐してしまった生徒も何人もいた。 マイクを握り締めたままその場でしゃがみ込んでいる蘭香の姿。 華艶はすぐに駆け寄った。 「だいじょぶ蘭香?」 「……だい……じょうぶ」 その言葉は大丈夫そうには聞こえない。だが、返事を返せるのは精神の強さがまだ折られていない証拠だった。 蘭香は華艶に手を借りて立ち上がった。 「ありがとう華艶」 「どこかで休もう。保健室はいっぱいだろうし……?」 「もう大丈夫よ。ねえ華艶?」 「なに?」 「本物だと思う?」 「残念だけど本物だと思うよ」 「うっ……」 蘭香は口元を抑えて涙ぐんだ。 そして言葉を続けた。 「うちの生徒かしら?」 「それはわからないケド……」 もしかしてと華艶は思い当たることがあった。 華艶の脳裏に浮かんでいたのは、欠席したクラスメートのことだ。 可能性としてあるだろう。 万が一クラスメートだっとしても、今この状況で華艶にすることはない。 「行こ蘭香。この場は先生たちに任せて、警察もすぐ来るだろうし」 「ええ」 歩き出した二人だったが、途中で蘭香が足を止めた。 蹲って肩を振るわせている女子生徒。すぐに蘭香は駆け寄って声をかける。 「あなた大丈夫?」 「…………」 返事はなかった。 放っておけなかった蘭香がその女子の肩に少し触れた瞬間、急に女子は立ち上がり顔を伏せたまま蘭香を突き飛ばしてから走り出してしまった。 声を掛ける暇もなくその女子生徒は消えた。 華艶はそっと蘭香に声をかける。 「みんなそれぞれショック受けてるんだよ」 「そうね……」 二人は講堂をあとにした。 本来、今日は午前中に下校を予定していた。 それが事件のために生徒たちは各教室に軟禁された。 多くの生徒が忌々しい学園から遠ざかりたい。早く家に帰りたいと願っていたに違いない。 警察が来て学園の捜索、簡単な事情聴取、結局生徒たちが返されたのは夕方ごろになってしまった。 クラスの張り詰めた空気に当てられ、華艶もぐったりとしてしまった。 「これなら授業のほうがマシなんだけど」 さっそく帰り支度をはじめる華艶。 ふとだれもない席に目をやった。 欠席した生徒。 姿を見せることなく、担任からもなんの話もなく、まだ顔も知らない。 まさかという嫌な想像はまだ拭いきれない。 講堂でも死に動じなかった華艶だが、それは屍体に動じないのであって、人が死ぬということには心が動く。それがクラスメートであったなら、気にせずにはいられない。 「やだな……新年度からずっと引きずることになるかもしれないなんて」 まだそうと決まったわけではない。 この欠席した生徒でなくとも、ほかの生徒の可能性もある。 まったくの部外者だったとして、全校生徒の前であんなことが起きてしまっては、長く引きずることになるだろう。 今日から1日の休校が伝えられたが、伸びる可能性はあるだろう。それからまだ新入生たちの入学式も控えており、それも伸びてしまう可能性があるだろう。 少し華艶は心が躍っていた。 事件は事件、休みは休み。 事件を心配しつつも、休校が伸びればいいと不謹慎にも思っていた。 早く学園を飛び出して街へ繰り出そうとしていたところ、華艶のケータイに着信があった。 「あ、メール」 すぐにメールの内容を読む。 『今日のPM10時に学園の生徒会室に必ず来て』 蘭香からのメールだった。 不思議そうな顔をした華艶。 よりによって事件があったばかりの学園への呼び出し、さらに立ち入りが禁止されている夜の学園。 疑問はあったが、質問メールは送らずにOKを送ることにした。 ただの用事なら別の場所でもいいはずだ。おそらく学園であることに意味があるのだろう。このタイミングということを考えると、事件になにか関係ありそうな気もする。 もう一度華艶は蘭香からのメールを見直した。 「う~ん」 疑問が顔から消えない。 それでも華艶は質問メールは送らなかった。 「ま、行けばわかるか」 華艶は街で遊んだあと、行きつけの店にやって来た。 昼は喫茶店、今はBARモモンガだ。 蘭香との待ち合わせまでまだ少し時間がある。 ここから学園まではそれほど時間もかからないので、ギリギリまでここで時間を潰すつもりだった。 いつもどおりカウンター席に座った華艶。 「とりあえずビールちょうだい」 「未成年にはアルコール出さないっていつも言ってるでしょう?」 京吾はいつものやり取りで華艶を迎えた。 そして、薫るコーヒーを華艶の前に出した。 「今日は大変だったね、殺人事件があったんだって?」 「やっぱもう情報入ってるんだ」 「商売柄ね」 喫茶店やバーを営む裏で、この店はTSに仕事も紹介している。その関係で情報のやり取りも多くされている。 コーヒーを一口飲んで、 「ところでさ、やっぱ殺人事件なんだ?」 「僕よりも華艶ちゃんのほうが詳しいと思うけど?」 「ぜんぜん。屍体は見たけど、それ以外の情報は生徒には伏せられちゃってたから」 「じゃあ容疑者が捕まったのも知らない?」 「えっ!?」 これは驚きだった。 華艶の知らない情報を京吾は話しはじめる。 「事件が起きてすぐに引っ張られたって話だけど」 「すぐっていつ?」 「警察が学園に着いてすぐだよ」 「うっそー、だってなんか何時間もキョーシツに軟禁状態だったけど?」 「それは捕まったのは容疑者だし、事情聴取やほかにも事件関係者がいるかもしれないしね。すぐに生徒を解放するわけにはいかなかったんじゃないかな?」 そして、これが肝心な質問だった。 「で、どこのだれ?」 身を乗り出して華艶は尋ねた。 「2年C組、木之下碧流[キノシタアイル]という話だよ」 「……え、ええ~~~っ!?」 華艶の叫びで店内の客たちの視線がグイッと引っ張られた。 注目を浴びた華艶は一呼吸置いて、 「それあたしと同じクラス……あの欠席してた子か」 屍体の身元ではなく、まさか容疑者だったとは。 うつむいてつぶやく華艶。 「そっちか、そっちのパターンか……でも待って、ケーサツがガッコに着いてすぐって、校内でパクられたってこと?」 「体育館で気を失っているところを発見されたらしいよ。捜査官に発見されるとすぐに目を覚まして、半狂乱になりながら手に持っていた血の付いたナイフを振り回したとか」 「血液とかそゆのが一致しちゃったわけね」 「そういうこと」 ズズズーっと華艶はコーヒーを啜って大きく息を漏らした。 「ふぅ、新年度早々全校生徒は惨殺屍体でトラウマ植え付けられて、しかも犯人が生徒なんて大ダメージだよね。学校関係者もマスコミの対応で大変そうだし、生徒のカウンセリングにも時間かかるんだろうなぁ。あっ、それで被害者はだれ?」 「同じく2年生、2年E組……名前は山崎沙織。一部には如月サオリの名前で知られていたみたいだけど」 「タレントだったの?」 「ネットでアイドルみたいなことしてたらしいよ」 被害者も容疑者も生徒だった。これが残された生徒や学園に与える影響は大きい。 コーヒーを飲み終えた華艶は、 「なにはともあれ事件が解決してよかったということで、今夜はお祝いにビールで乾杯!」 「だから未成年にはアルコールは出さないよ」 「ケチッ」 この京吾とのやり取りは華艶が成人するまで続きそうだ。 華艶は解決と言ったが、まだ容疑者の段階、それも犯行を自供したという情報もない。犯人が確定され、事件の背景が見えてきて、生徒たちが落ち着きを取り戻したとき、やっと事件は解決する。 まだまだ解決というのは気が早い。 それに気がかりなことがある。 蘭香の呼び出しだ。 事件と関係があるかもしれないと思ったのは思い過ごしか? 華艶は店の時計に目をやった。 「10時にガッコ行かなきゃいけないから、イイ時間になったら教えて京吾」 「わかったよ」 それからしばらく華艶はたわいない話をしながら店で時間を過ごしたのだった。 静まり返った夜の教室に打撃音が鳴り響く。 バチッ! バシッ! バシン! 「オラァッ! もっとケツを高く上げろ!」 警備員の男が腕を振り上げる。 剥き出しにされた肉付きのよい尻が左右に振られる。 「ご主人様、もっと強く叩いてください!」 ハスキーな女の声。 その声の主は生徒たちから鬼教官とあだ名される教師だった。 自ら懇願しながら尻を振る姿は、生徒たちに恐れられている鬼教官の影もない。 そこにいるのは快楽に溺れるただのメス豚だった。 鬼教官は両足を肩幅よりも大きく開き、机に胸を押しつけながら尻を上げる。 バシッ! 激しい一発を喰らい尻肉が波打った。 「鬼教官が聞いて呆れるぜ。生徒たちにも見せてやりてぇな」 「いやっ……そんな……」 「写メを学校中にバラ巻いてやろうか!」 「ああっ……やめて……そんなことされたら……」 「ホントは見て欲しいんだろ、てめぇは根っからのマゾだからな。こんなに濡らしやがって!」 バシンッ! 「ひゃっ!」 股から唾のように汁が飛び散った。 何度何度も叩かれた尻肉は真っ赤に染まっている。 警備員は鬼教官の割れ目に指を這わせると、愛液をたっぷり掬ってそれを尻に塗り込んだ。 「洪水だな。そんなにケツを叩かれるのが好きか!」 バチンッ! 「ひゃぁぁっ! お尻を叩かれるの大好きです、もっと叩いてくださいご主人様!」 「叩いてやるよ!」 バシッ! ビシッ! バチン!! 「ああっ……ひぃっ……ああぁン!!」 汗と愛液が混じり合い、ぬらぬらと光る尻。 尻肉が弾み、弓なりになりながら喘ぎ続ける。 警備員はズボンとパンツを下ろして自らの肉警棒を取り出した。 すでに反り返って先走り汁が垂れている。 「もう我慢できねぇ!」 警備員は肉警棒に愛液を塗り込むと、勢いよく鬼教官の菊門にぶっ刺した。 「ああああっ!」 夜の教室に響き渡るメス豚の悲鳴。 警備員は腰を振りながら、さらに鬼教官の尻を叩いた。 バシッ! バシッ! 「あっ……あっ……激しい……激し……ああっ!?」 喘ぎ声には違いなかったが、最後はどこか気の抜けた声だった。 鬼教官は窓の外に顔を向けていた。 「叩くのやめて……ああぁン!」 「そんなこと言ってもっと叩いて欲しいんだろ!」 「あぁン……ひっ……あっ……やめて……本当に……」 「オラオラ!」 「やめて……ああっン……言ってるだろブタ野郎!」 突然、上半身を上げた鬼教官が肘打ちを警備員の脇腹に喰らわせた。 「うっ!」 ぬぽっ! 短く呻いた警備員。穴の中から肉警棒が弾むように抜けた。 警備員はこめかみに青筋を浮かせて、鬼教官に掴みかかろうとした。 「メス豚がッ!」 だが、長く伸びた鬼教官の手が警備員の首を鷲掴みにした。 「やるかブタ野郎!」 「ううっ……ぐ……ぐるじぃ……」 どうやら立場が逆転したようだ。 鬼教官はボロ布を捨てるかのように警備員を突き飛ばした。 首を解放された警備員は蒼白い顔で咳き込んだ。 「げほっ……ううぇ……殺す気か……」 「ああ、殺して欲しいならいつでも殺してやるよ」 妖しく微笑んだ鬼教官の顔を見て警備員は萎縮して震えた。 すっかり鬼教官も熱から覚めている。 その理由は? 窓の外を覗き込んだ鬼教官。 「たしかに今さっき人影が……?」 「そんなことで中断するなよ」 「そんなことじゃないだろ。警備はあんたの仕事だろ、さっさと見回り行って来な」 「仕方ねぇな」 「ぐだぐだ言ってないで、さっさと行け!」 鬼教官のつま先蹴りが警備員のケツに刺さった。 「ギャッ!」 飛び上がった警備員は脱糞寸前の衝撃だった。 その痛みと衝撃は鬼教官がされていたスパンキングを遥かに凌ぐものだった。 警備員は尻を押さえながら、足にからまったズボンを引きずりながら慌てて教室を飛び出した。 廊下に出た警備員はズボンを穿き直し、歩き出そうとしたが――懐中電灯がない。教室に置いてきてしまった。 教室に入り直すと……? 「ん!?」 思わず目を剥く光景。 鬼教官の姿がない。それどころかそこは教室でもなかった。 そして、立っている二人の少女。 「お前らなにやってる!?」 警備員は警棒を構えた。 闇の中で笑う少女。 「あはは……なんかタイミング良すぎじゃない?」 そう言ったのは華艶だった。 警備員は警棒から銃に持ち替えた。 その銃口が抜けられたのは華艶ではない――もうひとりの少女。 黒い飛沫を全身に浴びて立ちすくんでいた眼鏡の少女。その手には濡れた短剣、そして足下に動かない第3の少女。 ここは生徒会室だった。 華艶は頭を抱えた。 「あ~っ、なにがなんだかわからない」 それは警備員のセリフだった。 「おまえら……殺したのか?」 床に倒れている少女は黒い海に沈んでいた。それは血だった。 すぐに華艶は否定する。 「やってないってば、ここに来たらなんかもうすでに……ねえ蘭香?」 華艶が振り向いた先で蘭香は力の抜けた手から短剣を落とし、そのまま血の海に膝をつけて崩れてしまった。 「蘭香!」 声を上げながら華艶は蘭香に駆け寄った。 虚ろな目で蘭香はつぶやく。 「かえ……ん……わたし……なにがなんだか……」 「だいじょうぶ、蘭香のこと信じてるから」 「……あっ……」 蘭香は気を失ってしまった。 「蘭香!?」 「…………」 返事はない。 警備員は銃を二人に向けたまま、ケータイを取り出そうとしていた。 「おまえら動くなよ、動いたら撃つからな!」 「だから誤解だってば!」 「黙ってろ!」 「…………ッ」 華艶は周りを見回した。 床に倒れている少女の生死はまだ確かめていない。 華艶はそっと手を伸ばした。 「動くな!」 警備員の怒号が飛んだ。 「まだ生きてるかもしれないじゃん!」 「死んでるに決まってるだろ!」 たしかにこの出血量だ、生きてる可能性は低い。 銃口は華艶を狙い続けている。 華艶は出口に目をやった。 逃げる気か? しかし、蘭香を抱きかかえ、さらに出口の前にいる警備員を振り切るか倒して逃げるのは――華艶は溜息を漏らした。 警備員は警察に通報しているようすだった。その間、銃の照準が不安定になっているようだったが、この状況で逃げることが有利と言えるか? ケータイをしまった警備員。 「警察が来るまで逃げるなよ」 「わかってるって!」 華艶の苛立ちが募る。 銃口を向けられたまま時間が過ぎる。 静まり返っている夜の学園。 むせるほど血が臭う。 やがて現場に駆け込んできた警察官たち。 すぐさま華艶と蘭香は拘束されて連行されてしまった。 向かい合って座る二人。 取調室で華艶は頭を抱えていた。 「だ~か~ら~!」 昨晩は留置場に入れられ、今日は朝から取り調べだ。 「ではもう一度はじめから説明してください」 婦人警官が淡々と言った。 「またぁ~っ?」 華艶はもううんざりだった。 同じ事を何度も何度も説明させられている。 華艶はありのままを話しているのに、まったく信じてもらえないのだ。 殺人の容疑。蘭香と共犯ということになっているらしい。 ――沈黙。 華艶と目の前に座っている婦人警官はにらめっこを続ける。 ……ぐぅ。 っと華艶の腹の虫が鳴いた。 「出前取っていい?」 「どうぞ、今メニューを取ってこさせます」 ――小休憩が挟まれた。 お腹いっぱいデザートまで華艶は平らげ、満足そうに笑みを浮かべた。 「ふぅ、食った食った。お腹もいっぱいになったことだし、お昼寝したいんだけど?」 「聴取が終わってからにしてください」 「チッ」 うんざりだが話を進めないことには終わりそうもない。 「じゃあはじめからまた話しますけどー」 書記官がペンを滑らせはじめた。 何度話しても発端は同じところから。 「きのうガッコが終わってから友達の蘭香からメールが来たの。夜の10時にガッコに来てって」 「生徒会室が抜けていますよ」 「細かいなぁ。ええっと、夜の10時にガッコの生徒会室に絶対来てってメールがあって、それでガッコに言ったらあんな感じで」 「あんなのところを詳しく」 「だから、もぉっ!」 「神原女学園に着いたところから詳しくお願いします」 「はいはい」 華艶はできる限り正確に昨晩のことを思い出した。 「ガッコに着いて、どこから入ろうかなぁって歩き回ってたら、裏門が開いてて……」 「その裏門は誰が開けたのですか?」 「知らないよ、そんなこと!」 「では続けてください」 「あーっイライラする!!」 頭を掻き毟って立ち上がった華艶を婦人警官は冷ややかな目で、 「暴れると公務執行妨害で現行犯逮捕になりますよ?」 「……はい」 大人しく華艶は席に戻った。 話の続きをする華艶。 「校舎の中に入らなきゃいけなかったんだけど、なんか知らないけど下駄箱のとこが開いてて入ったら……いきなり生徒会室で」 「空間のねじれを主張するわけですか?」 「そーゆーことになりますよね」 この現象は警備員と同じだ。意図的なものを感じずにはいられない。 婦人警官は質問を続ける。 「そして、生徒会室であなたは何を目撃したのですか?」 「まず目に入ったのが蘭香、次に床に倒れていた屍体」 「そこを詳しく、重要な点です」 「蘭香はあたしに気づかないようすでぼーっと立ってて、手には血の付いたナイフを握ってました。床に倒れてる屍体はうつぶせで、すでに血の海に沈んでて、こりゃ死んでるなぁと正直思いました。おしまい」 「血が付いていたのはナイフだけですか?」 「…………」 華艶は口を閉ざした。 ほかに血が付いていた場所を華艶は見ている。当然、警備員も見ていた。 婦人警官は問い質す。 「鈴宮蘭香の衣服はすでに鑑定中です。血が付いていたのはナイフだけですか?」 「……そーですね、蘭香は返り血を浴びてましたよね、はいはい。でも蘭香がナイフを使うとこ見てないもん」 たとえ華艶が見ていなくても、返り血を浴びる状況は限りなく黒に近い。 そして、何十回とされた質問がリピートさせる。 「本当にあなたは鈴宮蘭香が被害者を刺すところを目撃していないのですか?」 「だ~か~ら~!」 「さらにあなたはあくまで共犯者ではなく目撃者であると主張するわけですね?」 「だからそうだってば。あと蘭香も絶対に人殺しなんてやってないから!」 「根拠は?」 「あたしの友達だから!」 「…………」 ――沈黙。 そして、二人のにらめっこ。 先に口を開いたのは華艶だった。 「今までは蘭香の無実を証明するため聴取に付き合ってあげたけど、もうこれ以上は黙秘するから、弁護士呼んで弁護士!」 「すぐに手配させましょう。では弁護士が来るまでの間、もう少し聴取をしましょう」 「だから話さないって」 ――数秒の沈黙。 華艶はすぐに耐えられなくなった。 「ところでさ!」 「何でしょうか?」 「蘭香と警備員のオッサンはどんなこと話してるの?」 「それを答えてしまっては、個別に取り調べをしている意味がありませんから」 口裏を合わせさせないということもあるが、駆け引きで鎌をかけることにも使われる。 華艶は何度も同じ説明をさせられる理由を考えた。 「もしかして誰かの証言が食い違ってるとか?」 「それはお答えできません」 相手に与えられる情報は必要最低限に限る。情報がない状態で嘘をつけば、矛盾が多く生まれてボロが出る。 そして、情報が与えられるのは、差し支えがないときと、ここぞという揺さぶりを掛けるとき。 婦人警官が無機質に言い放つ。 「警備員の大山は鈴宮が刺すところを見たと証言しています」 「はぁ~~~っ、あのオッサンなに言ってんの!!」 そんな馬鹿な。華艶は大声を出して勢いよく席を立った。 さらに婦人警官はまくし立てる。 「そして、あなたと鈴宮が殺人を目撃され、逃げる画策をしていたと証言しています」 「なにそのデマカセ!」 出任せだとしても蘭香には不利な証言だ。返り血を浴びていた物的証拠、そこに目撃証言まで加わってしまった。 華艶は机を強く叩いた。 「だってあたしが見たときはすでに被害者は倒れてたのに、なんであとから来たオッサンが刺したとこ見れるわけ!?」 「あなたが嘘の証言をしているということになりますね」 「はぁ~~~っ!? ウソ言ってんのはオッサンのほうでしょ!!」 「仮にあなたの証言が正しくて、大山が嘘をついていたとします。しかし、鈴宮が殺害していないという証明にはなりません。それを証明しているのは衣服に付いた返り血です」 「それでも蘭香はやってないの!!」 理論証明はできない。華艶はただ信じることしかできなかった。 無力を感じながら華艶はぐったりと席に座った。 こんなところで聴取を受けていても蘭香は助けられない。早く解放されて自ら調査に乗出したかった。それには共犯の容疑を晴らさなくては――。 考え込む華艶。 沈黙が続き、しばらくして取調室に刑事が険しい顔をして入ってきた。 婦人警官はその刑事に呼ばれ廊下に出てしまった。 そして、しばらくして婦人警官が戻ってきた。 「もう帰っていいですよ」 「は?」 「聞こえませんでしたか?」 「聞こえてたけど……」 華艶は疑問を抱かずにはいられなかった。 風向きが突然変わったのは、あの刑事が婦人警官に何か伝えたからに違いない。 何が起きたのかはわからないが、ここを出られるのは良いことだ。 さっそく華艶は手続きなどを済ませ、荷物を返してもらい警察署をあとにした。 町を歩く華艶。 「……ッ!」 突然、来た道を勢いよく振り返った。 ――誰もいない。 「……でも絶対つけられてる」 警察署を出てからする微かな気配。 何度も巻こうと試みたが、それでもしつこく付いてくる。 仕方がなく華艶は巻くのをあきらめ喫茶店モモンガに向かった。 昼過ぎの喫茶店はゆったりとした時間が流れていた。 客は常連客のトミー爺さんと見知らぬ営業マン風の中年男性。この二人しかいなかった。 華艶は店に入るといつもカウンター席に座った。 「ちょっと聞いてよ京吾!」 「どうしたの華艶ちゃんいきなり?」 「なんか尾行されてんだけどー」 「だれに?」 「たぶん刑事。警察署を出てからず~っと気配するんだもん」 「華艶ちゃんが連行されたのは聞いてるよ」 情報が早い。これならほかの情報も持っているかもしれない。 華艶はカウンターを乗り出して京吾の両手を握った。 そして輝く上目遣いで、 「お願い、ホントにお願い、親友の人生がかかってるの、どんな情報でもいいからちょうだい!」 「さあ……華艶ちゃんが連行されたこと意外は知らないなぁ。でも新聞の記事にはなってるよ」 京吾はごそごそとカウンターの奥でなにかをして、新聞を手に取るとカウンターに広げて見せた。 「ここに載ってるでしょ?」 たしかにそこには始業式で起きた事件と、その横には蘭香の事件が別々の記事として載っていた。二つの事件は関連性がほのめかされている。 だが、京吾が指差したのは別の場所だった。 広げられた新聞の上にはメモが置かれていた。京吾はそれを指し示していた。 華艶はそれを黙読した。 ――窓際のボックス席に座ってるの刑事。 なんと営業マン風の男が刑事だと言うのだ。そうだとしたら先回りされていたことになる。 華艶を尾行している者が本当にいて、それが刑事だった場合、華艶は泳がされていることになる。警察は華艶を泳がされなんらかの情報をつかもうとしている。タイミングから考えて、取調室にいたときに、刑事が婦人警官になにかを伝えたことを関係ありそうだ。 京吾は営業マン風の男の目を盗んで新たなメモを出した。 ――蘭香ちゃんが警察署から忽然と姿を消した。 そのメモを読んで華艶は思わず、 「ええ~~~っ!」 声をあげてしまった。 すかさず京吾は知らない振りをしてフォローを入れる。 「どうしたの華艶ちゃん?」 「……えっと、まるで始業式の事件も蘭香がやったみたいなこと書いてあるから、つい頭にきちゃって、叫びたくもなるでしょ?」 たしかに新聞にはそういうように書いてあった。ただし蘭香の実名は報道されていない。されていなくてもネットで広まるのは時間の問題だろうが。 新聞の記事は学園名も載っていないが、それも時間の問題だろう。 「ウチのガッコまた評判落ちるなぁ」 華艶はぼやいた。 京吾はカウンターの中から何気ない顔をしてボックス席に目をやった。 営業マン風の男はケータイを取り出してなにかを確認している。 京吾は何気ない顔をしてメモを取っていた。 「華艶ちゃんの学校は評判が落ちても入学者は減らないからね。さすがはクローバーグループの経営……というか、姫野ユウカのネームバリューはどの業界にも絶大だよね」 会話をこなしながら京吾が差し出したメモには、営業マン風の男のケータイを傍受した内容が書かれていた。これによって刑事ということも知ったのだ。 ――数分前カラオケボックで華艶ちゃんの学校の生徒が2人殺された。 今度は叫びを呑み込んだ華艶。 ――容疑者は鈴宮蘭香。 「なんでそうなるの!!」 今度は思わず叫んでしまった。 京吾は眩しいまでにニッコリとした。 「華艶ちゃん?」 慌てる華艶。 「……な、なんで姫野ユウカってそこまで人気なんだろうと思って!!」 動揺しすぎて明らかに不自然だった。 「それはね、華艶ちゃんと違って若いのにしっかりしていて、常に堂々とした態度を貫けるからじゃないかな?」 堂々とできずに慌てる華艶への当てつけだった。 京吾は新たなメモを差し出した。 事件が起きたカラオケボックスの住所だ。 華艶は新聞をメモごと折りたたんで席を立った。 「ちょっとシャワー貸してくれる?」 「どうぞ、自由に使っていいよ」 「ありがと。留置場に入れられてたからお風呂入ってなくて気持ち悪いんだよねー」 華艶は新聞を持ったまま店の奥へ入ろうとした。その背中に刑事の視線を感じる。 状況から考えて、華艶が逃げる気だろうと刑事は判断して外の仲間にケータイで伝えた。 もちろん京吾も華艶も外で待ち伏せされているのは計算済みだった。 華艶は喫茶店と繋がっている京吾の自宅に行き、カーペットを捲った下にあるドアに入った。裏の常連客御用達の秘密の地下通路だ。 通路の出口はいくつかあり、周辺の協力者の店や家、下水道などに繋がっている。 華艶が出たのは中華店の厨房だった。 厨房にいた料理人たちは華艶が出てきたというのに、まるで何事もないように料理を続けている。 だが華艶はチャーシューをつまみ食いしようとしたら、怖い顔をして中華包丁で威嚇してきた。 ヤバイ、調理される――と思った華艶はチャーシューを口に入れてから全力で逃走した。 厨房の裏口からゴミ置き場のある裏路地に出た。 後ろからは料理人が追っかけてくる。 騒ぎになれば刑事に見つかってしまう。 「ごめん、今度食べに来たとき払いますからー!」 謝るくらいなら口に入れる前にやめればいいものを。 逃げる華艶。その後ろからは中華包丁を振り回しながら追ってくる料理人。 あまりに料理人が狂気を振りまいてるせいで、食い逃げには見えず、少女が変質者に追われているようだった。 走りながら振り返った華艶。追っかけてくるのは料理人だけではなかった。スーツの男たちもいる。そのスーツの一人が営業マン風のあの男だ。 「ヤバイもう気づかれた」 せっかくの秘密通路が台無しだ。 華艶は急に進行方向を180度変えた。 料理人との距離が急速に縮まる。 中華包丁が華艶に振り下げられた。この料理人……マジだ! 華艶が地面を強く蹴り上げた。 空振りして料理人が前のめりになったところを、華艶は料理人の頭に手を置いて跳び箱のように飛び越えた。 スカートが捲れ上がりパンツが丸見えになる。 だが、料理人は地面に全身を強打して、パンツなどまったく目に入ってなかった。 立ち上がった料理人は顔を真っ赤にして、再び華艶を追いかけてきた。 華艶の目の前には刑事たちが迫っていた。 「刑事のオジサンたち、あっちの変態オジサンよろしく!」 すれすれで華艶は刑事を躱した。 目を丸くする刑事たちに料理人が突っ込んで来る。 衝突した男たちが地面に倒れてしまった。 そんな男たちを尻目に華艶は逃亡を続けたのだった。 追っ手を巻いた華艶は、事件のあったカラオケボックス近くまで来ていた。 カラオケボックスの入り口は警察によって封鎖されている。 事件現場は今も鑑識や刑事がいるだろう。今はまだ現場に行けそうにない。 カラオケボックスの前には小さな人混みができている。 華艶は何気な~い顔をして門番をしている警官に近付いた。 「あのぉ~、なんかあったんですかー?」 わざとらしくぬけぬけと華艶は尋ねた。 「関係者以外立ち入り禁止です。どうぞお引き取りください」 そう言われるだろうと思っていた。 華艶は周りの人混みに目を向けながら尋ねる。 「なにがあったかだれか知ってるー?」 すぐに若者から返事が返ってきた。 「殺人事件だってよ」 ほかにも声があった。 「女子校生が殺されたんだって。幸い生き残った子もいて病院に運ばれたよ」 事前の情報では殺害されたのは2人。ほかに生き残りがいたのだ。 ――病院。 ここから近い病院を華艶は思い浮かべた。 重傷か軽傷、緊急性を要するかそうでないかでも違ってくるだろう。 「どこの病院かわかる人いますかー? あたしの友達かもしれないんだけど?」 再び華艶は周りに尋ねた。 野次馬からの返事はなかった。だが警官が口を開く。 「本当かい?」 すぐに華艶は食い付いた。 「本当です。事件に遭ったのあたしと同じ神原女学園の生徒なんです!」 学校名を出せば信憑性が高まるだろう。けれどここで被害者の名前を尋ねられたらアウトだ。 幸いなことにそれはなかった。 「なら教えてあげよう。2人は帝都病院に運ばれたよ」 病院はそこだと目星をつけていた。 しかし――。 「えっ、2人も?」 華艶のこの発言に警官は不審そうな顔をした。 ここは早めに逃げるのが吉だ。 「ありがとうございましたー!」 華艶はお礼を言って早足で逃げた。 さっそく帝都病院で聞き込みをはじめた華艶。ここはそこそこ顔が利くので仕事がしやすい。 看護師たちに話を聞くと、軽傷だった1人はすでに病院をあとにしたとのこと。残りの1人は重傷を負って入院になったらしい。 病室に入った華艶は大部屋の中にいる患者ひとりひとりを確かめていく。 「……あっ」 華艶は小さく漏らしてしまった。 向こうも華艶に気づいたようだが、睨むような顔をしてすぐに顔を伏せてしまった。 華艶はその顔に見覚えがあった。 昨日、始業式の事件の時に少し印象に残っていた。 蘭香が声をかけて突き飛ばされたときの、あの蹲っていた彼女だ。 声をかけようとすると嫌な顔をされ、華艶は言葉を一時的に呑み込んでしまった。 この少女は2箇所に包帯を巻いていた。左手の手首と右の太股だ。 華艶は深呼吸してから尋ねることにした。 「ふぅ。あのぉ~、ちょっと話聞かせてくれる?」 「あなたきのう生徒会長と一緒にいた人ですよね? あなたなんかに話すことなんてありません」 「えぇっ、なんで?」 「わたし生徒会長に殺されそうになったんですよ!」 蘭香の友達も同属というわけだ。 しかし、ここで華艶は引き下がるわけにはいかなかった。 「それはわかるんだけどさ、ほんっとに生徒会長だったんだよね?」 「間違いありません」 「ほんとにほんっとだよね?」 「うるさいですよ、早く帰ってください!」 少女が叫ぶせいで周りの患者たちがざわつきはじめた。 つまみ出されるのも時間の問題だと思った華艶はさらに続けた。 「その手首と脚を生徒会長がやったの?」 「やられたのは腿だけです」 「は?」 「あなたに関係ないでしょ、早く帰って!」 少女は何度もナースコールを鳴らす。 いったい手首はなんの怪我なのか? そこも気になるが、もっと重要な質問がきっとあるはずだ。華艶は頭をフル回転させた。 「そうだ、なんであなたたちが生徒会長に狙われなきゃいけないの?」 「…………」 少女は黙して語らず。 犯行の動機。 昨晩の事件もそれがわかっていない。 蘭香が犯人だとしても、黒幕がいたとしても、動機があり、狙われた人間には共通点があるはずだった。 本当に黒幕などいるのか? 華艶の心に影が差しそうになる。 しかし、自分が信じなければ誰が信じるのかと華艶は気を持ち直した。 そして少女を真剣な瞳で見つめた。 「蘭香は絶対にやってない」 「なに言ってるの! 怪我を負わされたわたしが言ってるのにバカじゃないの!!」 「見間違えかもしれないし、本物じゃないかもしれないし、操られてたのかもしれない。蘭香はあたしの大切な友達だから、高校で最初に声をかけてくれた友達だから、絶対に無実を信じてる」 「だったらあんたもあの女と同罪よ。みんな死ねばいい、死んじまえーーーっ!!」 少女は狂ったように暴れ出し、枕を華艶に投げつけてきた。 枕はあさっての方向の飛んで行き、無関係の患者の顔面に当たった。 さらに少女は松葉杖を投げつけようとしていた。 ちょうどそのときナースが病室に入ってきた。 これ以上、騒ぎを大きくしてもめた挙句に警察まで呼ばれたら厄介だ。 華艶は駆け足で病室を飛び出した。 病室から聞こえてくる物音とナースの叫び声。さらに大きな声で叫ぶ少女の声が廊下の先まで響いた。 騒ぎを聞きつけてほかのナースや医師が病室に駆け込んでいく。 華艶は混乱に乗じて自分に目が向く前に病院からも急いであとにした。 華艶はカラオケボックス事件の、もう1人の生き残った被害者を訪ねようとしたが、警察の事情聴取を受けているらしく会うことができなかった。 そこで華艶はネットカフェで情報収集をはじめた。 パソコンの画面を見ていた華艶の表情が見る見るうちに曇る。 ついに蘭香が実名で指名手配を受けたのだ。 日本であれば未成年の壁に阻まれるところだが、公には特別自治区――帝都は日本から独立しているため、犯罪に対する姿勢は強行だ。 帝都は世界トップの犯罪件数、それも凶悪事件が多く、低年齢も犯罪も群を抜いている。そのために必用とあれば速やかに未成年の実名が公表される。 容疑者なのか、犯罪者なのか、どちらも同じものとして扱われる風潮がある。 実名報道がされ、指名手配を受けてしまった蘭香は、犯罪者として世の中の人々に認識され、その流れをひっくり返すのは容易ではない。 華艶は自分がするべきことを考えた。 蘭香が犯人ではないと信じている。ならば真犯人を見つけなくてはならない。警察は物的証拠などから、蘭香を犯人と決めつけているので当てにはならないだろう。 そして、警察よりも早く蘭香を見つけ出すこと。 一度、警察署から逃げたもしくは消えた以上は、わざわざ戻ったところでより疑いが強くなるだけだ。ならば出頭せずに身を隠し、その間に真犯人を見つけるべきだろう。 蘭香にあって話を聞くことも重要になりそうだ。 いったい蘭香は今どこでなにをしているのか? 蘭香の安全を考えると、真犯人を見つけるよりも、蘭香捜索を優先したほうがいいかもしれない。 しかし、蘭香の居場所についてはまったく情報がない。 華艶ははじめから事件を整理することにした。 起きた事件は3つ。 始業式、生徒会室、カラオケボックスで事件は起きた。このうち始業式の事件は、残りの2つとの関連があるか今のところ不明だ。 始業式の事件では被害者が1人。猟奇的に惨殺され、講堂の天井から吊り下げられていた。 華艶は京吾とチャットでやり取りしながら、さらに事件を詳しく調べた。 屍体の発見場所は講堂だが、実際の殺害場所は体育館らしい。さらにその体育館で血の付いたナイフを握った容疑者が見つかった。 容疑者は華艶のクラスメートの木之下碧流。 蘭香が関わっていない点や、別の容疑者がすでに逮捕されていることから、残り2つとは本当に無関係かもしれない。 しかし華艶は胸騒ぎを感じるのだ。 同じ日に、同じ学校で、殺人事件が発生する偶然。本当に偶然だろうか? あんな事件があった直後に、わざわざ学校に呼び出すメールが蘭香から来た。 それがちょうど警察の事情聴取などが終わり下校の時刻。 夜の10時に生徒会室。 その呼び出しに応じて華艶は学校に向かった。 そこで起きた不可解な現象。空間のねじれによって、目的の生徒会室に導かれるように行き着いた。 空間のねじれで生徒会室に行き着いたのは華艶だけではない。警備員も同じように、ほぼ同時刻に生徒会室に現れた。導かれたとしか思えない。 そこで起きた事件。正確には起きていたと言った方が正しい。華艶が着いたときには、被害者は死んでおり、蘭香はナイフを握ったまま返り血を浴びていた。 警察に鎌を掛けられたのか、それとも本当にそう証言しているのか、警備員は蘭香が殺害したのを見たとしている。もちろん華艶はこれを否定する。華艶が辿り着いたときには、事件は起きたあとだった。 3つの事件は学校を離れカラオケボックス。 殺害されたのは2人。致命傷はナイフのような刃物とされているらしい。 蘭香が犯人だと主張しているのは、生き残ったひとりである――黒崎カオリという名前らしい。黒崎カオリは腿を刺され重傷。もうひとりの生存者の証言はわからない。 3つの事件で被害者が共通している点は、同じ学校の生徒であるということ。そして、ほかにもあった。 華艶はネットで生徒名簿を見つけ出した。 「ウチの女子人気あるし名簿出回ってると思ったんだよね。しかもどこのマニアがアップしてくれたのか顔写真付きだし」 華艶は自分の写真もついでに確認した。それは生徒手帳用に撮った写真だった。流出先が特定できそうだ。 被害者はみな神原女学園の2年生。ただしクラスは異なる。4人もの被害者が同じ学年というのは気になる。 京吾から情報が入ってきた。彼は名簿をそこからさらに調べ、さらなる共通点を見つけていた。 過去の名簿――つまり1年次も調べてみると、殺された被害者は同じクラスだったのだ。加えて、木之下碧流と黒崎カオリも同じクラスだった。ただし、カラオケボックスのもうひとりの生存者は別のクラスだった。もちろん蘭香も違うクラスで学年すら違う。 名簿には担任も記載してあった。 「あ、鬼教官。でも関係ないか」 事件関係者たちの1年次の担任はあの鬼教官だった。 事件関係者の大半が元クラスメイト。殺害された被害者に限っては全員そうだ。ここは調べる価値がありそうだ。 同じクラスの事件関係者なら、本人たちがさらなる共通点を知っている可能性がある。 黒崎カオリからはもう話が聞けそうにない。 やはりもうひとりに生存者に話を聞くべきだろう。 それとまだ同列の事件と決まったわけではないが、木之下碧流にも話を聞いた方がいいかもしれない。別の事件でなければ、そこから道が広がる可能性がある。 容疑者である木之下碧流と面会するのは難しいだろう。 まずはもうひとりの生存者の事情聴取が終わるのを待とう。 待つ間になにかできることはないか? ……華艶はハッとした。 自分を事件関係者に入れるのを忘れていた。 1年次のクラスメートが多いという事実は変わらないが、もちろん華艶はそれに含まれていない。共通点と言える共通点がない。それは蘭香も同じことだ。 「あたし部活にも入ってないし」 それでは共通点から外れた同士の華艶と蘭香の共通点は? 「1年と2年同じクラスで友達」 2年とは去年の2年生のときである。華艶は留年している。 「あ~っ、わかんない。怨恨? 怨恨なの?」 被害者がクラスメートだった共通点を考えれば、無差別ではなくて選んで殺していることになる。目的意識がはっきりとした犯行なら、なおさら蘭香が選ばれた理由があり、華艶にもなにかしらの理由があるはずだ。 「シンプルに考えれば、あたし自身が関係あるんじゃなくて、あたしが蘭香の関係者だから?」 華艶は蘭香との共謀を疑われたが、もっと直接的な被害を被ったわけではない。襲われてもいないし、警察に追われるような容疑者にもなっていない。正確には尾行に追われているが。 そもそもこの事件においての華艶の役割。真犯人が華艶にさせようとしたことは何か? 華艶がこの事件に関わる発端は、生徒会室に居合わせたこと。真犯人が華艶に何か役割を与えるように仕向けたと考えるなら、その呼び出しこそが疑うべき点になってくる。 「やっぱり」 華艶はつぶやいた。 じつはずっと引っかかっていた点があったのだ。 華艶はケータイでもらったメールを確認した。 『今日のPM10時に学園の生徒会室に必ず来て』 これが送られて来たメールだ。 そして、華艶は過去に蘭香から送られて来たメールと見比べた。 『13時に駅で待ち合わせでいい?』 『明日の23時から』 『17時頃に行くから』 改めて華艶は確信した。 そう、時刻の表記が違うのだ。蘭香は時刻を24時間で書くクセがあったのだ。 メールは別の者が打った可能性が高い。 華艶は蘭香を無条件で信じているが、このメールに気づいていたため、さらに信じる気持ちに確信を持っていたのだ。 蘭香の容疑は限りなく黒に近い。だが、その裏に真犯人の影がちらついている。 「絶対見つけてやる」 闘志に火を付けると同時に、手にも火がついてしまっていた。 「うわっ、火事!」 慌てて華艶は消火活動に追われた。 日も暮れはじめていた。 生き残った被害者のもとに華艶はやって来た。 その生徒が住んでいたのは学園の高級寮であった。 神原女学園は学費も高いが、寮の家賃も帝都一の繁華街が存在するホウジュ区の超高級マンション並だ。その代わり、部屋が良いのはもちろんことながら、周辺の設備も1つの小さな町として成立している。 寮の見た目はマンションで、部屋の見取り図もそのようにつくられている。相部屋という言葉はなく、原則として1人1部屋だが、あえて一緒に暮らしている生徒も多い。 目的の生徒も2人暮らしらしいが、インターフォンを押して出たのは目的の生徒だった。 華艶はカメラに向かって話す。 「あのぉ、2年C組の火斑華艶ですけど」 《何のようですか?》 「本当に申しわけないんだけどさ、事件のこと聞きたいんだけど、いい?」 《帰ってください》 インターフォンが切られた。 華艶は失敗したと思った。まずは当たり障りのない理由をつけて、部屋に入れてももらうべきだった。 めげずにもう1度インターフォンを押した。 「あのぉ、ちょっとでいいんだけどー」 《帰ってください。だれか呼びますよ?》 「生徒会長の蘭香はあたしの友達なの。蘭香は絶対に犯人じゃない、だからどうしてもあなたの話が聞きたいの!」 《鈴宮先輩が犯人だなんてわたしも信じられません。でも……》 「でも?」 《友達が殺されたんです。幼い頃からずっと一緒で、同じ学校に入って、この部屋で今日まで暮らしていたのに……》 微かに鼻を啜る音が聞こえてきた。 カラオケボックスでの死亡者は、この部屋のもうひとりの住人だったのだ。 「本当に蘭香が殺したの? 蘭香が殺すところ見たの?」 相手は泣いているようすで返事が返ってこない。 インターフォン越しがもどかしい。 しばらくして、やっと返事があった。 《……ううっ……見てません》 「え?」 《わたしトイレから戻ったら……いきなりだれかに襲われて……気絶しちゃってなにも見てないんです》 「本当に?」 《……本当……ああっン!》 「えっ!?」 華艶は自分の耳を疑った。 今まで泣いていたのに、それが突然喘ぎ声を発したのだ。 《いやっ……ああっ……たすけ……あああっ!》 「ちょ、どうしたのっ!?」 華艶は慌ててドアを開けようとしたがカギがかかってる。 急いで華艶は部屋の裏に回った。 部屋が1階で助かった。華艶はフェンスを越えて、そのままベランダから窓を割って部屋の中に侵入した。 「いやぁぁぁぁっン!」 玄関から少女の叫びが聞こえてくる。 しかし、華艶が玄関に行く前に、それが自らそこにやって来た。 服を破かれた全裸の少女。 それを抱きかかえる赤黒い影。 人像[シルエット]の股間から伸びる何本もの触手が蠢いている。 華艶は戦闘態勢を取った。 「出たな真犯人!」 華艶は知らなかったが、この人像は第1の被害者を嬲り犯した悪魔だった。 悪魔は抱えていた少女をごみのように放り投げた。人質などではない。ただの前戯に過ぎなかったのだ。 目を丸くした華艶は身構えて防御した。 しかし、防げない! 触手が華艶の足首を掴んで掬った。 床に打ち付けられる華艶。 「うっ!」 臀部を強打した。 綱引きのように華艶の体が床で引きずられる。 じわじわと悪魔の本体が近付いてくる。 掴まれているのは片足だけ。ほかは自由だ。 部屋の中では得意の火炎も制限させる。できないこともないが、それは最後のほうの手段だ。 華艶は隠し持っていたバタフライナイフで触手を切ろうとした。 「えっ!?」 切れない。 たしかにナイフの刃は足首に巻き付いている触手を貫通した。 まるで手応えがなかった。空気を切っているような感触だった。 改めて切ろうとするが結果は同じ。刃は触手を切れずに擦り抜けてしまうのだ。 切るときは感触がない。だが足首にはしっかりと巻き付いているのだ。 さらに別の触手は舐めるような感触で華艶の腿を擦った。 物理攻撃の効かない相手にはやはり炎の力を使うしかない。 華艶はシミュレーションした。 本体を目掛けて炎を投げた場合、そのまま炎がナイフのように貫通してしまったら。 「……火事になる」 それは最悪の事態だった。 今華艶が置かれている状況は足首を捉えられているだけで、最悪の事態ではない。火事のほうがよっぽど最悪だと華艶は判断した。 しかし、このまま手をこまねいているわけにはいかない。 華艶は触手を掴んだ。 「行ける!」 掴めるなら打つ手がある。 「喰らえ!」 触手を掴んだ手の中は小規模爆発を起こした! 煙が出た触手――効いている! だが、攻撃を喰らった悪魔は猛烈な反撃をしてきた。 何本もの触手が華艶の四肢を拘束した。 「くっ……離して!」 触手は容赦なかった。 全身を舐め回しながら服の中に侵入してくる。 ショーツの中に触手が入ってきた。 イソギンチャクのような口を開けた触手が肉芽に噛み付く。 「あうっ!」 肉芽が吸われている。 「あっ……あン……やっ……」 埋まっていた肉芽が吸い出され、充血して硬く大きくなっていく。 濡れるのは早かった。 愛液の流れ出す蜜壺をひと突きにされた。 「うっ!」 子宮まで響く衝撃。 乱暴な責め。 触手は菊門まで犯そうとしていた。 窄まったそこへ頭を押しつけてくる触手。華艶はお尻に力を入れて堪えた。 「そんなの……入らない!!」 こうなったら最後の手段だ。 華艶は覚悟を決めた。 ――だが、そのときだった! 突如、秘所から触手が抜け落ちた。 抜け落ちたと言うより溶けたと言う方が見たままだったかもしれない。 悪魔が華艶の目の前で溶けて床に崩れたのだ。 フローリングの床にできた血溜まり。 「どうした……の?」 突然のことに華艶は理解できなかった。 おそらく強姦はまだまだこれからだったはず。 悪魔が意図してなかった出来事だったに違いない。 華艶はしゃがみ込んで床の血溜まりを見つめた。 「それにしても……血だと思うんだけど、なんで血?」 自分の血ではないことは華艶もわかっている。 近くで眼を剥いたまま震えている女子生徒。その血でもない。 「今の怪物の血?」 とりあえず華艶は考えるのをやめて女子生徒のようすを看ようとした。 まずは警察に連絡したいところだが……。 「匿名で連絡して逃げればいっか」 ケータイを出そうとしたタイミングで、ちょうどインターフォンが鳴った。 さらに玄関ドアは乱暴に叩かれた。 華艶が何事かと思っていると、ベランダから警官が部屋に入ってきた。 「動くな!」 こんなところで無駄な時間を費やし、さらに連行されて時間を費やしている場合ではなかった。華艶にはやるべきことがまだあるのだ。 「ごめん、野暮用があるの!」 素早い身の熟しで華艶は警官の横を擦り抜け、ベランダのフェンスを力強く飛び越えた。 深夜の神原女学園に侵入した華艶。 校舎に侵入することは容易ではないが、敷地内は宿舎などがあることから、比較的出入りが用意である。 華艶が向かっているのは校舎に隣接した警備員の詰所だ。 詰所の入り口に立った華艶はドアを思いっきり蹴っ飛ばした。 ゴンッ! という激しい打撃音が響いた。 すぐに華艶は壁に背をつけて身を潜めた。 ドアが開かれ慌てたようすで警備員の大山が顔を見せた。 その瞬間、華艶が大山に飛び掛かった! 「このウソつき野郎!」 鈍い音と共に華艶の回し蹴りが大山の腹を決まった。 「うげっ!」 吐きそうな声をあげた大山は、両手で腹を押さえてその場に蹲ってしまった。 華艶は大山を引きずって詰所の中に入った。 詰所の中にはだれもいなかった。華艶はそのことを承知で乗り込んできた。事前に警備員のシフトを確認済みだったのだ。 見回りの警備員が戻ってくるまでの時間―― 「たっぷり可愛がってあ・げ・る♪」 華艶は妖しく微笑んだ。 腹の痛みが治まってきた大山は華艶に飛び掛かった。 「このメス豚がッ!」 「豚はそっちでしょ!」 大山の目に飛び込んできた水色のパンツ!? 刹那、側頭部を蹴られ大山の巨体がぶっ飛んだ! 気力を振り絞って立ち上がろうとする大山だが、酔ったにように足下がふらついてすぐに尻餅をついてしまった。 無邪気な少女の笑い声。 「ふふふっ、豚の丸焼きなんてどう?」 手に炎を宿らせて笑っている華艶。目が笑っていない。 大山は怯えた表情で、尻餅をついたまま後退したが、すぐに壁に背中がついて逃げ場を失う。 「勘弁してくれ、もう抵抗しない!」 「じゃあ手短に答えてね」 「なんでも答える言ってくれ!」 「それじゃあ、まず~。あたしの顔見覚えあるよねー?」 なぜか大山は押し黙った。 華艶は大山に顔を近づけた。 「覚えてないなんて言わせないんだから! あんたのデタラメ証言のせいであたしと蘭香がどんな目に遭ってるか!」 「…………」 「なに黙っちゃって、黙ってれば済むと思ってんの?」 「……覚えてない」 「は?」 大山の表情は嘘をついているとか、惚けているというふうではなく、何を質問されているのかすら理解できないというきょとんとしたものだった。 事件が起きたのは昨晩の話だ。忘れているなんて到底信じられない話だった。 まさか警備員違い? それはない。華艶のほうだって昨日の出来事を簡単に忘れるはずがないのだ。 「まさか生徒会室の事件も覚えてないんじゃないでしょうね?」 「それは覚えてる。俺の目の前で生徒が刺されたんだ。刺したのは鈴宮蘭香で、その場には火斑華艶もいた」 「は?」 華艶のほうが相手の言葉を理解できなかった。 「あたしが火斑華艶なんだけど?」 「…………」 「あたしの顔に見覚えは?」 「ない」 きっぱりと断言された。 意味がわからない。 「ならなんであたしと蘭香がその場にいたってわかるわけ?」 「俺は見たからだ」 「なにを?」 「鈴宮蘭香が人を刺すところを見た。その場に火斑華艶もいた」 「ねえ、頭だいじょぶ?」 ちょっと強く蹴りすぎたか? 華艶は頭を抱えた。 「じゃあさ、順番に話してみて。事件の少し前から順番に詳しく話して」 「俺は2年の教室で……言えない……俺には言えない」 「痛い目見たいわけ?」 「それが嫌だから言えないんだ」 「は?」 出口の見えない会話に華艶はだんだんと腹が立ってきた。 華艶の手の中で炎が轟々と燃えた。 「豚の丸焼きにされたいわけ?」 「勘弁してくれまだ死にたくねぇ」 「じゃあ話して」 「……女とやってたんだよ」 「セックス?」 「そうだ……鬼教官って呼ばれてる教師がいるの知ってるか?」 「ウチの担任なんだけど……」 華艶にしてみればここでその名が出てくるとは思ってもみなかった。 大山はニヤけながら饒舌になる。 「あの女、ああ見えて根っからのマゾなんだ。ケツを叩かれると大喜びして喘ぎやがる。アソコに締め付けも最高で今度は絶対にナカ出ししてやる」 マゾというのは鬼教官のイメージではない。鬼教官を知っている者なら、みなそう思うに違いない。 事件とは話が逸れている気もするが、華艶は興味津々だった。 「前々からそーゆー関係だったわけ?」 「いや、あの日がはじめてだ。あの女から誘ってきたんだ」 「それマジであの鬼教官?」 「あのお高くとまった眼鏡の女、ほかに誰がいるってんだよ?」 「……え? 今メガネって言った?」 「言ってねぇよ、お高くとまった筋肉女……筋肉女? 俺がヤったのはもっと華奢な……あ、頭が痛てぇ……頭が……あ……た……ぐげぇあぁぁぁっ!」 奇妙な呻き声をあげた刹那、大山の穴という穴から黒い血が噴き出した。 それは血の噴火ともいうべき爆発だった。 部屋中に飛び散る血は、まるで霧のように部屋を覆った。 妙な静けさが辺りを包み込む。 微かに耳鳴りのようなキーンという音が華艶の耳の中に響いた。 血まみれになって横たわる大山。 華艶はただ呆然とした。 しばらく立ちすくんでいると、ドアの開く音がして気配が部屋に入ってきた。 華艶が振り返るとそこに立っていたのは―― 「鬼教官!?」 次の瞬間、華艶は鬼教官の持っていたバットで頭部を強打された。 「うっ!」 目眩がした。 そのまま気を失いそうになるも、華艶は歯を噛みしめ足を踏ん張った。 おでこを押さえると生ぬるい感触がした。血が出ている。 鬼教官は尚も華艶に襲い掛かろうとしていた。 華艶は足下が覚束ず、避けようにも避けられない。 風を切り、フルスイングされたバッドが華艶の腹を抉った。 「ぐあっ!」 もう立っていられない。華艶はよろめいて膝から崩れてしまった。 倒れた華艶に鬼教官が覆い被さってくる。 華艶は抵抗できなかった。 馬乗りにされ、服がビリビリに破られ、ブラジャーが剥ぎ取られた。 露わにされた形の良い乳房が鷲掴みにされる。 鬼教官は狂気を孕み嗤っていた。 「秘密を知ったからにはただじゃ置かないよ。たっぷりしごいてやるよ」 華艶の意識は混濁しているせいか、その声も酷く遠くから聞こるようだった。 乳房が乱暴にこねくり回される。 「あ……やめ…て……痛い…ってば……」 「張りのある良い胸じゃないか!」 そう言いながら鬼教官は乳房の肉を指で握りつぶした。 「あああっ!」 痛みが走った。 苦痛を浮かべる華艶の表情を楽しそうに鬼教官は眺めている。 「ほらほら乳首が勃ってきたぞ」 乳首を摘まれ円を描くように引っ張られる。 「いや……そんなに……痛い……ああっ!」 「木苺みたいで美味しそうな乳首だ」 「ぎゃっ!」 乳首が噛まれた。甘噛みなんて優しいものではない。噛み千切られるほどの激痛だった。 華艶のショーツの中に指が侵入してきた。 陰毛が握られた。 「ぎゃあああっ!」 股間に走った激痛。 ショーツから手を抜いた鬼教官は、その手を華艶の目の前で開いて見せた。 はらりと落ちる何本もの陰毛。その先で鬼教官は嗤っていた。 再びショーツの中に手が突っ込まれた。 「こっちのお豆も食べ頃かい?」 「ぎいっ!」 肉芽が強く摘まれた。 華艶は今にも意識が飛びそうだった。 責められる度に電流が全身を駆け巡り、目が白黒して帰って来れなくなりそうになる。 抵抗しようにも体が動かない。まるで大岩に全身を潰されているみたいだ。 ショーツの中で鬼教官の手が暴れ狂った。 肉芽を貪り、肉丘を揉みしだき、肉壺の中に指を挿入された。 「ああっ!!」 「痛みを与えられながら濡れてるじゃないか。とんだマゾ豚だねえ」 「そんな……濡れてなんか……いやっ……ああン!」 「汚い汁がグチョグチョ音を立ててるのが聞こえるだろう?」 粘液が糸を引く音。たしかに華艶の耳にも聞こえた。 グチョ……グチュ……ヌチョ……。 さらに肉壺が拡張された。 「ほら3本挿ったよ、4本目も挿れてやろうか?」 「いやっ……挿入らない……抜いて……抜いてぇぇぇン!」 肉壺に指を出し入れされながら、さらに乳房を握りつぶされた。 快感と激痛。 その境界が曖昧になっていく。 華艶は夢なら覚めてれと願った。 「あぁン……鬼教官がマゾなんて…ウソだっ……あああっ!」 「そう、根っからのサディストさ」 嗤う鬼教官。 眼を剥いた華艶。 華艶の瞳に映り込んだ極太の物体。 「うそ……でしょ……?」 それこそ夢だと思いたかった。 華艶の目の前に現れたのはバットだった。 そのバットでいったいなにをしようというのか? 鬼教官は自らの股を開き、ノーパンだった股間にバットの頭のほうを押し当てた。 まさか!? グギギギギギィィィィ……そんな音が聞こえてきそうな光景だった。 バットの先が鬼教官の股間に呑み込まれていく。 「あああっ……バットが……挿入ってくるぅぅぅぅぅ」 低い声で鬼教官は喘いだ。 ついにバットは奥まで呑み込まれてしまった。 しかしこれで終わりではない。 バットの持ち手の先が華艶の秘裂に押し当てられる。 華艶の顔に恐怖が浮かぶ。 「やめてーーーッ!!」 ギチギチと入り口を拡張させながらバットが華艶の肉壺に呑み込まれる。 持ち手のくびれが肉壁を刺激する。 「ああっ……ひぃ……あっ…あああン!」 ついに肉壺と肉壺が1本のバットで繋げられてしまった。 鬼教官が腰を動かしはじめた。 「いいぞ、奥まで当たってる……ああっ……おまえの中もかき混ぜてやる」 「うっ……ううっ……ああっ……」 バットの持ち手がカリ首のように肉襞を擦ってくる。本物よりも硬くて、引っかかるように動いて、強い刺激で乱暴に責めてくる。華艶は耐えきれなかった。 「いっ……イク……だめ……イッ……」 寸前で華艶は堪えていた。 堕とされてしまう。 バットなんかで堕とされてしまう。 ピストン運動でバットが出し入れされつ度に、薄紅色の粘膜が捲れ上がってしまう。中を全部掻き出されてしまいそうだった。 「もう……やめ…て……ひぐっ……」 肉壺に太いものを挿入られると、直腸も押し上げられて、菊肉まで広げられてしまう。 そんな恥ずかしい菊肉を鬼教官に見られてしまった。 「奇麗な色したケツ穴だねえ。シワを伸ばされヒクヒク言ってるよ」 「いやっ……見ないで……そんなとこ……いやぁン!」 もう恥ずかしさは華艶の快感をさらに高めた。 鬼教官はバットの挿入角度を微妙に変えてきた。 肉壺から膀胱のほうを突き上げ、下腹部を突き破ってきそうだ。 「あっ……ひぐっ……イッ……あっ、ああっ……」 今度こそ我慢の限界だった。 「うっ……あっ、あっ……あ……ヒイィィィィッ!!」 血管が切れそうなほど全身が強ばり、下腹部に最大の力が掛かった。 膨張していた肉壁が締まり、バットを口を窄ませたように吸い上げてくる。 「……ッ!」 華艶は全身に力を入れたまま不器用に悶えた。 イッてすぐにバットが乱暴なピストンをはじめた。 「うっ、うっ、うっ、うっ……」 絶頂を迎えたばかりで刺激が強すぎる。 すぐにまた華艶はイキそうだった。 「だめ……あ、あっ……う……ッ!!」 今度は絶頂の快感が強すぎて言葉にもならなかった。 そして、燃え上がった華艶の躰。 キエェェェェェーーーーーーーーーーッ!! 魔鳥ような奇声があがった。 それが本当に声であったのかもわからない。 ただ次の瞬間、キーンという耳鳴りが華艶の頭を揺らした。 仰向けになって天井を見つめる華艶。 股間がぐっしょりと濡れている。 しかし、バットは刺さっていなかった。 それどころか服もちゃんと着ている。 華艶はなにが起きたのかわからなかった。 だるい躰を起こすと、大山が血まみれになって死んでいた。 さらにもうひとり、警備員の男が床に倒れてた。 どうやら死んではおらず、気絶をしているだけらしいが、その姿がなんとも無様だった。ズボンとパンツを下ろし、白液をまき散らしてイツモツを萎えさせている。さらになにやら焦げ臭いと思ったら、警備員の陰毛は焼けていた。 「あたしが……やっちゃったの?」 別の記憶ならあるが、そんな記憶はない。 「……だれっ!?」 気配がした。華艶はすぐさま辺りを見回す。外だ、外からした! しかし、躰が重くて動かない。 「快感は本物だったみたい。でも記憶は?」 現実か、幻か、今が幻ならあれが現実で、あれが現実なら今が幻だ。 華艶は重い躰を引きずって詰所の外に出た。 もう気配はどこにもない。 代わりに気配の落とし物が残っていた。 跡だ。 地面に残された杖を突いたような跡。 「魔法使い?」 跡は点々と残されており、魔法の杖と言うよりは、歩行補助に使われたようだ。 華艶は言う事を聞かない躰に鞭を打って跡を追った。 だがアスファルトの地面で痕跡が途絶えてしまう。 「杖……か」 華艶はつぶやいた。 翌日、学園の休校は1日で終わってしまい学校がはじまった。 しかし華艶が向かったのは病院だった。 出席日数よりも大切な用事がそこにはある。 ベットに横たわるその患者を前にして、華艶はこう話を切り出した。 「悪化して入院が伸びちゃったんだってぇ……黒崎サオリさん?」 黒崎カオリは明らかに怪訝そうな顔をした。 「帰ってくれませんか?」 まだ言葉遣いは丁寧だが、憎悪がひしひしと伝わってくる。 「帰らないよ、あなたを警察に突き出すまで」 「……ッ、なんのことですか?」 「きのう病院で倒れたんだってぇー、貧血で?」 「それがどうかしましたか?」 「ケガしてる腿の縫合自分で取って開いたんだってね」 「…………」 完全に沈黙した。その表情は無機質で冷たい。 カオリにしゃべる気がないのなら華艶がしゃべるまで。 「その左手首の傷も自傷してるんだよねえ? でもさ、普通の自傷とは違うよね、それ?」 「…………」 「話はちょっと変わるんだけど、あたしのパンツからあなたの血が検出されたんだけど?」 「なっ!? なにを言ってるの!?」 「あのね、きのうなんか変な影みたいな怪物に襲われたとき、なぜかあたしのパンツに血痕が付いたんだよね。調べてもらったらあなたの血液だって、驚きでしょ~?」 貧血で倒れた。 黒崎カオリの血液。 華艶は微笑んだ。 「あなたが貧血で発見されたのと、あたしが学生寮で怪物に襲われたのはほぼ同時刻。あのとき怪物が突然消えたのは、あなたが貧血で倒れたからなんでしょう?」 「なにを言われているのかわかりません」 「あと、ガッコの警備員室の近くからあなたの血痕が見つかったんだけど?」 「だからどうしましたか?」 「幻術かなにかだと思うんだけど、近くにいないと使えないのかなぁ? 深夜あなたを乗せたっていうタクシー見つけちゃったんだけど」 「使ったのはタクシーじゃ……くっ!」 「あ、ほかの手段だった? ごめ~ん、警備員室からのくだりは全部ウ・ソ♪」 ただならぬ邪気が病室に立ち籠めはじめていた。 いち早く華艶が危険を感知した。 「逃げて!」 叫ぶ華艶。 患者たちも華艶の言葉を理解したが、逃げるよりも速くそれは起こってしまった。 サオリの投げた短剣が宙を飛ぶ。 「ぐうわぁッ!」 患者のひとりの胸に突き刺さった短剣。 生ぬるい風が窓の外から吹き込んできた。 出口に殺到する患者たち。ベットから動けない者が取り残される。 しかし、誰もこの部屋からは逃がさない。 刺さった短剣が血を噴きながら抜けると同時に、黒い血が霧と化して人像[シルエット]を描いた。 出口を塞ぐ無数の触手。 松葉杖を使って立ち上がったサオリが、悪魔に魅入られた笑みを浮かべた。 「めんどくさいから、もう皆殺しにしてあげる。みんな死んじゃえ、死んじゃえばいいのに」 目に見えるほど強烈な邪気がカオリを包み込む。 今まではおそらく特定の標的の中で殺人が行われていた。それが無差別に向けられた今、いつ誰が狂気の犠牲者になるかわからない。 まずはこの部屋にいる者全員。 サバイバルゲームのはじまりだった。 敵はただひとり。 殺らなければ殺られる。 見舞いに来ていた若い男がサオリに突進した。 華艶が制止しようとする。 「危ない!」 だが間に合わない。 血の気が盛んな若者と太股に重傷を負っている少女。外見だけを言葉にすれば、若者が優位に思えるだろう。だが内に秘めた狂気が――少女は優っている。 刹那だった。 槍のように無数の触手が若者の全身を貫いた。 若者の口から血の塊が吐き出される。 その血もまた糧となる。 床に倒れた若者の血をポンプのように吸う触手。 華艶は視線を滑らせた。 出口付近で動けなくなっている患者たち。ベットに取り残された患者たち。召喚士[サマナー]を守るように寄り添う悪魔。その召喚士たる黒崎カオリ。 倒すべきは黒崎カオリだ。 問題はそれを阻んでくる悪魔の存在だろう。 華艶の戦闘能力は炎術によって飛躍的に上がる。問題はその術の使用制限だ。使用制限と言っても、華艶が異常をきたしていない限りどこでも炎を生むことはできる。使用制限とはあくまで物理的な要因や、倫理道徳刑法社会のしがらみによるものだ。 炎が制限されても、しなやかな敏捷性と格闘で、ただの人間相手なら肉弾戦でもいける。黒崎カオリを倒すだけなら拳一つで十分だろう。問題なのは悪魔のほうだ。前回の戦いから己の肉体だけでは戦闘は困難で、炎を使わざるを得ないだろう。 被害の心配よりも今は身の危険を焼き尽くす。 それでも最小の被害に留めたい華艶はチャンスを伺った。 「ところで動機はなに? 殺されちゃうならその前に聞いておかないと成仏できないんだけど?」 話に注意を向ける。 サオリはこれに応じるか? 「復讐に決まってるでしょう」 応じた! すぐに華艶は話を続ける。 「復讐?」 「わたしは顔の見えない相手に虐められていたの」 「顔の見えない相手?」 「そう、ケータイの学校裏サイト」 ネットの匿名掲示板だ。 サオリは世界のすべてを睨みつけるような顔をした。 「みんなで寄って集ってわたしを虐めて、あることないこと誹謗中傷を書き込まれて……」 「だからって殺すことはないんじゃないの?」 「あなたになにがわかるの!!」 「…………」 「わたしが自殺するか、あいつらが死ぬか、2つに1つしか道はないの」 多くの者は自ら命を絶つことを選ぶ。 ――黒崎カオリは違った。 「元々魔術に興味があったわたしは、それでクラス全員に復讐してやることにしたの」 「クラス全員?」 「だってだれが書き込んでいるのかわからないから。でもちゃんと率先して煽ってた首謀者だけは見つけたわ……1番の友達だった。悔しくて悔しくて、だから真っ先に殺して汚い屍体をみんなの前に晒してやったの。だってあの子、自分のことカワイイって思い込んでるみたいだから、グチョグチョにしてやったの……ふふふっ、あははははっ」 それが動機だった。 はじめはたわいのないこと書き込みだったかもしれない。それが大きな闇を生み出し、魔術を行使した連続惨殺事件にまで発展した。しかも標的はクラス全員、すでに被害者となった者の中にも無関係な生徒もいたかもしれない。 事の重大さを考えれば、カオリが責められるかもしれない。闇の資質をカオリがはじめから持っていたのかも知れない。しかし、その資質が芽を出さずに一生を終えることだってあったはずだ。 これは個人や一部の人間だけの問題ではなく、社会全体の問題なのだ。 華艶は沸々と怒りを込み上げていた。 「クラス全員を巻き込もうとするとか意味わかんないんですけどー。てゆかさ、なんで蘭香まで巻き込まれないけないわけ、カンケーないでしょ?」 「あの女はわたしの大事な彼を奪ったのよ!」 「あんたに問題があったからフラれただけじゃないの?」 「キーーーーーーッ!!」 ヤバイ……キレた。 サオリが奇声を発すると同時に無数の触手が華艶に襲い掛かってきた。 こうなったらやむを得ない。 「炎壁[エンヘキ]!」 華艶は自分の前に炎の壁をつくって触手を焼き尽くした。 カオリは血が出るほど髪の毛を掻き毟った。 「なんで、なんでわたしの邪魔ばかりして、あなたはなにがしたいの!」 「蘭香の容疑を晴らすこと」 「だったらここにいる全員を皆殺しにして、全部あの女が殺ったことにしてあげる! 死刑よ、あの女は死刑になるのよ!!」 「どこまで身勝手なのバカ女!!」 召喚士を倒せば終わるが、やはりまずは悪魔からだ。 ここで黒崎カオリを殺しても正当防衛が認められるだろう。だが、今ある証拠とここにいる人々の証言で、蘭香の容疑を晴らして黒崎カオリを有罪に持ち込めるか? 「警察に突き出されて死刑になるのはあんたのほう――炎翔破[エンショウハ]!」 華艶の手から炎の玉が投げられた。 伸びる触手! 炎翔破のほうが早い!! 業火が悪魔を包み込み轟々と燃やす。 火災報知機が鳴り響いた。 出口を塞いでいた触手も消滅し、患者たちが一斉に外へ逃げ出す。 カオリの顔が狂気に染まる。 「死ね死ねシネーーーッ!」 なんとカオリは太股の傷を自らこじ開けた!? 太股から血が噴き出す。 血に彩られるサオリの顔。 再び復活した悪魔の人像。 触手が逃げようとしていた患者を串刺しにしようと伸びた! 華艶には患者を守る術はなかった。 「ッ!」 唇を噛みしめた華艶の手に炎が集まる。 「炎翔破!」 カオリの表情が恐怖に彩られた。 「ギャァァァァァァッ!!」 業火に包まれた人像。それは悪魔ではなくカオリだった。 襲われそうになっていた患者の目の前で悪魔が溶けた。召喚士の使役が途切れたのだ。 生きたまま焼かれる恐怖。 暴れ狂ったカオリがベッドやカーテンを引火させていく。 瞬く間に辺りは火の海に包まれる。 華艶は立ち尽くした。 廊下から消化器を持ったナースが部屋に駆け込んできた。 「みなさん早く逃げてください!」 しかし、華艶は動かなかった。 火だるまになりながらカオリは窓辺に向かった。炎に躍らされるのではなく、それは自らの意思だった。 華艶は息を呑んだ。 炎に包まれるカオリが窓の外に消えた。 最後の最期に彼女は飛び降り自殺を図ったのだ。 慌てて華艶は窓辺に駆け寄り遥か地上を見下ろした。 おそらく地面との衝突で即死だっただろう。 炎はまだ屍体を包み込んでいた。 警察が来る前に病院から逃げ出した華艶は、ある場所を目指して急いでいた。 黒崎サオリ殺害はおそらく正当防衛が成立するだろうが、あの場所で警察に連行されるはの今避けたかった。 おそらく捜査が進めば警察もこの場所を捜索するだろう。華艶がやって来たのは黒崎サオリの自宅だった。 一軒家の表札に黒崎と出ている。 インターフォンを押すと、母親が玄関から出てきた。 すぐさま華艶は開いたドアに足を一歩入れ、閉められないように工作してから名乗る。 「サオリさんの同級生なんですけど、入院してるサオリさん荷物を取ってきて欲しいって頼まれました」 「荷物ですか?」 「部屋に入れてもらえばすぐにわかると思います」 「……部屋には誰も入るなって普段から言われているので」 「おじゃましますねー」 強引に華艶は家の中に侵入した。 母親は慌てて華艶の行く手に立ちはだかる。 「勝手に上がらないでください!」 「娘さんの部屋どこですか?」 「ちょっと、警察呼びますよ!」 「いいですよ、呼んでも。遅かれ早かれ来ますから」 「え?」 思わず母親は身を止めた。 その間に華艶は部屋中のドアを開けはじめた。 1階にはなさそうだ。2階に上がってひと部屋目のドアを開けた。そこでもなかった。 廊下を歩き2つ目の部屋を開けようとした。 「……ん?」 カギが掛かってる。 母親が慌てて階段を駆け上がってきた。 「部屋に入れたらサオリに殺される!」 「残念ですけど娘さんは亡くなりました」 「……ッ!?」 絶句。 床にへたり込んだ母親を尻目に、華艶は軽い助走をつけてドアにタックルした。 激しい衝撃音と共にドアが開いた。 「あ~いったーっ、肩外れそうになったし」 肩を押さえながら華艶は部屋の中に入った。 締め切られたカーテン。 薄明かりの中でその部屋はとても不気味に見えた。 魔法陣の書かれた布や血まみれの短剣、得体の知れない骨まであった。他にも魔術に関係しそうな物で溢れている。この場にいるだけで呪われてしまいそうだ。 「蘭香!!」 華艶が叫んだ。 ベッドの柵に手錠で繋がれていた蘭香の姿。酷くやつれた表情で目をつぶったまま息をしているのかもわからない。 「蘭香! だいじょうぶ蘭香!!」 華艶は蘭香の体を抱きかかえた。 脈はある。微かに息もしている。生きている。 「蘭香?」 「……うう……う……」 「蘭香?」 「……か……えん?」 蘭香が目を覚ました。 喜びのあまり華艶は泣きそうな顔をした。 「よかった……蘭香……本当に……うぐっ……」 「ありがとう華艶。助けに来てくれたのね」 「当たり前じゃん……だって……だってぇ……うえ~ん」 「あははっ、華艶が泣くとこはじめて見た」 「泣いてなんか……ううっ……ぐぅ……」 蘭香はそっと華艶を抱きしめた。 「本当にありがとう華艶。もう事件は解決したの?」 「……うん、もう全部」 「碧流も釈放されたの?」 「あいる?」 木之下碧流――始業式の事件で逮捕された生徒だ。 「わたし見ていたの。事件の直後、碧流が警察に連行されるところ。そのあと黒崎さんに話を聞いたわ、自分が碧流をはめてやったって」 「あ、始業式の事件の容疑者ね。その子とどういう関係なの?」 「中学時代からの後輩なの。警察に連れて行かれたときも、絶対にあの子は無実だって信じてた。だから華艶……なにかあったらあの子の力にもなってあげてね」 3つの事件。蘭香が関わっていない1つ目の事件は、蘭香が無実イコール碧流も無実になるとは限らない。 黒崎カオリの捜査が進めば、1つ目の事件も解決するかもしれない。警察が捜査を誤れば、またそのとき華艶の力が必用になるだろう。 しかし、今は――。 「とりあえずケーサツ呼ぼっか。今度は証拠もあるし、ちゃんと蘭香の容疑も晴らせると思うし……それにしても、なんかすっごい疲れた」 華艶は蘭香の胸を借りてほっと溜息を漏らした。 鈴宮蘭香の容疑は無事に晴れた。 警察も実名での指名手配は早まったと陳謝したが、一度報道されたことは蘭香によって苦難となる。報道各社は蘭香の無実を報道したが、そのことを知らない者は蘭香を連続殺人犯と思い込むこともあるだろう。 混乱を招いたとして蘭香は自ら生徒会長の座を辞任したが、蘭香を擁護する声も大きく再任運動も起きている。 放課後の教室、華艶と蘭香は二人っきりで残っていた。 「急に呼びだしてごめんね、華艶」 「大事な話ってなに?」 「事件のこと……聞いて欲しくて」 蘭香が釈放されたということは、黒崎サオリの犯行が認められたと言うこと。まだ捜査は続けられているらしいが、事件はいちようの解決を見せていた。だが一般にも事件の詳細は発表されておらず、華艶も事件に関わったとは言え詳細までは知らなかった。 椅子に座りながら碧流は静かに話しはじめる。 「始業式の事件のあと、碧流が連行されるところを見たって言ったの覚えてる?」 「うん、覚えてるよ。まだ拘留されてるみたいだけど近いうちに出れるってね」 「そのすぐあとに、知らないアドレスからメールが来て、碧流のことで話があるって理科室に呼び出されたの。今思えば黒崎さんだったんだけど、あのときはいきなり変な臭いを嗅いで気絶してしまって」 蘭香から来た呼び出しメールが偽物だと疑っていたときから、華艶は蘭香と別れてから放課後までの間に、蘭香の身になにかあったのではないかと推測していた。 「目が覚めたら……」 言いかけて蘭香は黙り込んでしまった。 華艶はなにも言わず、じっと蘭香が話しはじめるのを待った。 しかし、蘭香は時間が経つと共に苦痛を顔に浮かべ、ついには泣き出してしまったのだ。 ここで華艶は声を掛けずには居られなかった。 「だいじょぶ蘭香?」 「……大丈夫……少し待って……落ち着いたら話を続けるから」 蘭香は涙を拭いて呼吸を整えはじめた。 今度こそ華艶は待ち続けた。 そして、だいぶ時間が掛かったが、蘭香は静かな面持ちで話を再開した。 「わたし犯されたの……警備員に」 「…………」 華艶は息を呑んだ。そして、 「この野郎ヌッコロス!!」 さらにそして、 「……あ、もう死んでた」 警備員の詰所に乗り込んだときのことを華艶は思い出した。 あのときは意味のわからなかった話が、今繋がろうとしていた。 警備員の大山はたわ言のように『お高くとまった眼鏡の女』『俺がヤッったのはもっと華奢な』と、鬼教官らしからぬ容姿を言っていた。 蘭香は華艶を見つめ続けながら話を続けようとした。 「目が覚めたらどこかの教室にして、いきなり警備員に襲われて、後ろから犯されて何度もお尻を叩かれて……あんな形で処女を失うなんて、こんなことなら早く彼氏を見つけて済ませて置くんだったわ」 蘭香は笑って見せたが、無理をしているのはわかった。 華艶は自分のことのように苦しそうな顔をして、唇を強く噛みしめて沈黙した。 今は沈黙のほうが蘭香には辛かった。 「警備員に犯されたわたしは必死になって抵抗して、どうにか相手を殴って少し逃げられたとき、目の前に床に刺さっているナイフに気づいたの。そのときわたしは混乱していたし、殺したいほど相手を憎んでいた。だから躊躇うことなくナイフを抜いたの……そしてより残酷な現実に引き戻された。わたしの身体中に血が掛かって、前の前にはじめて女の子の姿が現れて……そのあとは記憶が……微かに華艶の姿があったような……」 警備員の大山は鬼教官とヤッていたつもりだったが、それは幻術にかけられたウソの記憶だったのだ。そして、蘭香も幻術にかけられていた。 さらに蘭香は休むことなく話を続ける。 「それから先も記憶が曖昧で、警察に捕まったことは覚えてるんだけど、尋問の記憶も目眩のように回って、記憶がはっきりとしたのは留置場で恐ろしい何かが現れたとき。それがいったい何かわからない、とても恐ろしくて、その影にわたしを連れ去れたの。そのあとはずっと黒崎さんの部屋で監禁されて」 「カラオケボックスには行ってないの?」 「部屋から一歩も出してもらえなかったわ」 カラオケボックスの事件。ただひとり蘭香の犯行だと主張したサオリの証言は嘘だったのだ。 華艶はとてもほっとした。このとき、事件から解放された気分なったのだ。 ただ1つ、気になっていることがある。それを尋ねるべきか華艶は迷ったが、思ってしまったことを黙っていられる性格でもなかった。 「ごめん、答えたくなかった答えなくてもいんだけどさ」 「なに?」 「黒崎カオリが蘭香を事件に巻き込んだ動機。蘭香が元彼を奪ったとかなんとか……でも、蘭香彼氏いないよね?」 「彼女の勘違いなのに信じてもらえなかった。あの人とは付き合っていないし友達でもなくて、ただ一方的にわたしが言い寄られていただけなのに……」 「だよねー、蘭香って彼氏いない歴イコール年齢だもんね!」 「……華艶だって彼氏がいたって話を聞いたことないけどぉ?」 「……まあ、それはそれとして。蘭香の無実が証明されたんだからよかったじゃん。今夜は飲んで飲んで飲みまくるぞー!」 「お酒は駄目よ」 「チッ……相変わらず硬いんだからー」 ぶすっとふくれっ面をした華艶を見て蘭香は笑ってしまった。 それに釣られても華艶も大笑いした。 二人はお互いを見つめながら心から笑い続けた。 今日からまた普通の学園生活がはじまる。 遅刻せずにちゃんと登校してきてしまった華艶は、かったるそーな顔をして席に着いていた。 なるべくギリギリに学校に登校、もしくは遅刻してるのが日課の華艶としては、チャイム15分前というのは異例の早さだ。 というのも理由がある。 朝起きてケータイをチェックすると、ずいぶん前にケータイへメール着信があったのだ。 蘭香からの呼び出しメール。まだ生徒も登校してないような朝早く、学園に来るように書かれていた。 慌てて自宅を飛び出したが今に至る。蘭香には会わせるかもなく、謝罪メールを送ったが返信はなかった。 再び今朝のメールを見ながら華艶は重い表情をする。 ほかにも気分が重いことがある。 まだクラスに馴染めない。 留年のせいもあるが、事件のせいでまだ生徒たちがギクシャクしている。 そんな空気をぶち壊す勢いで、とある生徒がスカートを揺らしながら華艶の元に駆け寄ってきた。 「神様仏様火斑先輩おはようございます!!」 きょとんとする華艶の両手をガッシリ握って少女は話を続ける。 「マジでありがとうございます。先輩のおかげで無事に釈放されました。これから火斑先輩の舎弟として恩を返そうと思います!」 「……あ、木之下碧流か。てゆか、先輩ってやめて欲しいんだけど、同級生なんだし気軽に接してもらったほうが浮かなくて済むし」 「じゃあ華艶今度あたしのおごりで遊びに行こ」 「……切り替え早すぎ」 これが華艶と碧流のはじめての出逢いだった。 気軽にって言った途端、この後も碧流はどんどん土足で華艶のプライベートに干渉してきた。 朝のホームルーム中も話しかけられ、1時間目の全校集会に向かう廊下でも付き纏われた。 碧流のおしゃべりは留まることを知らなかった。 「昔からツイてないとこあって、やってもないことで怒られたりとかよくあったんだけど、まさか殺人の容疑で捕まっちゃうなんて人生最悪の経験。取り調べはきついし、独房じゃケータイも使えないし」 「たしかにあたしも何度か留置場に入れられたことあるけど、ケータイ使えないのはマジきつい」 「華艶もブタ箱に入れられたことあるの!?」 「あそこブタ箱ではないし。それにあんたの場合は学校裏サイトなんかに悪口書いてたから、罰が当たったんでしょ、自業自得」 華艶がよく留置場にお世話になるのも自業自得だ。 潤んだ瞳で碧流は華艶を見つめた。 「碧流かなしいぃ~。友達の華艶に悪い女だと思われるなんて」 「まだ友達になった覚えはないけど」 「友達だとも思われてないの? さらにショックだなぁ。ちょっと聞いて、サオリの犯行動機警察でも聞いたんだけど、あたしそんな変な掲示板に書き込んだことなんし、アクセスもしたことないんだよ? あたしのケータイのアクセス記録調べてもらえばはっきりするのに!」 「ほかのケータイでアクセスしてたってこともありえるけどね」 「そこまで疑う~っ!?」 たぶん碧流はやってないだろうな、と華艶は内心では思っていた。 そうなると碧流は本当にツイてない少女だ。今回の事件では完全に巻き込まれた形になる。 全校集会は講堂ではなく校庭で行われた。講堂は封鎖こそなっていないものの、やはり生徒たちは入りたがらない。講堂の建て替えの話も案として検討されているというウワサも流れてきた。 集会の内容は碧流が晴れて釈放されたことから、まず事件について学園長から説明があった。加えて亡くなった生徒に冥福を――。黒崎カオリについてはあまり多く語られず、報道の取材などには応じないようにと念を押された。 講堂の建て替えについても本当にやるらしい。 今回の事件はあまり大きく報道されることはなかった。帝都の凶悪事件は目まぐるしく日々起きていることもあるが、最大の理由は帝都の三大グループ企業である、姫野財閥ことクローバーグループが圧力を掛けたからだと言われている。 話は変わり、次の話題は生徒会選挙実施についてだった。まずは理事長から説明があり、続いて蘭香にマイクが交替された。 キーン。 なにやら蘭香がはじめたようだが、ハウリングが酷くて聞き取れない。生徒たちは不快な顔をして耳を塞いだ。 蘭香本人は気づいてないのか――いや、そんなはずはないだろう、なぜか話し続けている。 そして、やっと蘭香の声が聞こえたのだが――。 《皆殺しにしてあげる》 全校生徒が凍り付く。 さらに一部の生徒には戦慄が走った。 華艶もまた、自分の耳を疑い、ある少女の悪魔に魅入られた笑みを思い出した。 たった今蘭香が発した声は蘭香のものではなく、死んだはずの黒崎サオリの声だったのだ。 その声に気づいた生徒たちは戦慄によって混乱した。 壇上の上に立つ蘭香が隠し持っていた短剣を取り出し、なんと自らの腹に突き刺した! 恐ろしく、至福の笑みを浮かべながら蘭香が倒れた。 そこら中から悲鳴があがった。当初それは黒崎カオリの声と、蘭香の取った行動によるものだった。 しかし、徐々に別の悲鳴が沸き上がったのだ。 生ぬるい風が生徒たちの間を駆け抜けた。 何百もの生徒たちの肉体が何千もの触手に弄ばれる。 恥辱の嵐が吹き荒れ、淫獄乱舞の絶景が広がった。 濃厚な少女の香りが熱気と共に立ち籠める。 叫び声。 その叫びはやがて恐怖から狂喜と快楽の喘ぎと変わり、次々と少女たちは自ら股を開きはじめた。 赤黒かった触手たちはその色をだんだんと白濁色へ変えていた。触手は少女たちの蜜を吸収しているのだ。 そして、触手の先端が泡だった汁を一斉に拭きだした。 自分たちの愛液に溺れる少女たち。 毒々しさを増していく触手。 誰も逃げられない。 触手によって2つの穴を掴まれ、股間に鎖を繋がれているような状況だった。 形も大きさも違ういくつもの乳房が揺れる。 その中でももっとも過酷に責められていたのは華艶だった。 「ああっ……だめ……黒崎サオリ……なんで……いやあああっン!!」 乳房をぎゅうぎゅうに搾られ、乳輪ごと乳首が勃起してしまう。 「いやっ……やめて……」 華艶の尻を舐めていた触手が菊門をこじ開けてきた。 「ヒィィィィッ!!」 触手は直腸に出し入れされるだけではなく、もっと深くまで侵入しようとしていた。 華艶は声も出せず藻掻き苦しんだ。 触手が逆流してくる。 S字結腸を通り抜ける太い触手がうねる。 まだまだ昇り続ける触手は小腸まで犯して腸詰めを作り、便意が止まらない。 徐々に腹が膨れていく。 まるで妊娠の経過を早送りで見ているようだ。 しかし、中に詰まっているのは胎児ではなく触手。 腹が気持ち悪く蠢き、流動が目にも見えてしまうのだ。 ごぼごぼと腹が音を鳴らす。 胃液が昇ってくる感覚から一気に! 「グエェッ!」 汚らしい嗚咽と同時に触手が華艶の口から吐き出された。 華艶は口から触手を引き抜こうと掴むが、尻から伸び続けている触手を通す助けをしているに過ぎなかった。 だんだんと華艶の顔から血の気が失せていく。 呼吸をしていない。 のどいっぱいに詰められた触手で息すらできないのだ。 痙攣した華艶が白目を剥く。 刹那、腹から爆発した。 辺りに飛び散る華艶のどす黒い血の雨。 華艶は死んだ。 ……黒崎カオリの夢の中で。 帝都病院の除霊ルームで蘭香に取り憑いた悪霊――黒崎カオリとの切り離しに成功し、さらに隔離処理も済んでいた。 魔法陣の上に浮かぶガス状の物体。その中には黒崎カオリの顔らしきものがあった。 華艶はその場に立ち会い、警察の事情聴取に協力していた。 「自らの能力を反射させられるなんていい気味」 幻術でカオリの見ている映像はスクリーンに映し出されていた。 その中では未だに狂喜が繰り広げられている。 警察はもう少し落ち着いたあと、霊魂への事情聴取を行う予定だ。けれど、霊というのはあまり安定しておらず、言動にも怪しいことが多いので証拠としてはまだ認められていない。なおかつ、警察検察関係による降霊術は、なぜか帝都政府に禁止されている。今回はあくまで表向き除霊ということになっている。 数時間前、蘭香は全校集会の最中、マイクを握って話しはじめようとした瞬間、気を失って倒れてしまったのだ。 嫌な予感のした華艶は病院に同行し、精密検査をしてとくに霊波などを調べてくれるように頼み込んだのだ。 その結果、蘭香の中で眠る黒崎カオリの霊体を見つけ出した。 そして、警察への連絡が済まされ今に至る。 なぜ華艶が霊波の検査を頼んだのか? それは今朝来ていたメールにあった。 見たばっかりのときは慌てて見過ごしていたが、教室で改めてみたときに気づいたのだ。 蘭香からのメールには待ち合わせの時刻が表記されていた。 『今日のAM6時に学園の3年A組に必ず来て』 どこかで見たようなメールだった。 文章の形もあのメールに似ていて、さらに蘭香のクセである24時間表記ではなかった。 気を失っていた蘭香がゆっくりと目を覚ました。 すぐに華艶は蘭香を抱きしめた。 「だいじょぶ蘭香?」 「……ううっ……あれ……わたし?」 「ちょっと悪い虫に憑かれてただけだよ。でも今度こそ全部終わったから……どこか遊びに行こうか?」 蘭香は自分の置かれている状況を把握しようと周りを見渡した。 そして、何事にも触れず部屋の外へと歩き出す。 「どこに行く華艶?」 「蘭香の好きなとこでいいよ」 「そう。ところで華艶?」 「なに?」 「今気づいたんだけど、いつの間にかわたしこと名前で呼んでくれてるわよね?」 「そんなことないよ元生徒会長」 「わざとらしいからやめてよ」 蘭香は笑った。 それに釣られても華艶も大笑いした。 二人は笑いながら部屋をあとにしたのだった。 学園の魔術師(完) 華艶乱舞専用掲示板【別窓】 |
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