第13話_真夏の王

《1》

 波打ち際の岩場で微かな声が聞こえる。
 必死に押し殺そうとそている喘ぎ声。
「あっ……あン……こんなとこで……だめだってば……あうン」
 ビキニを着た少女は後ろから抱きつかれ、水着ごと胸をまさぐられている。
 男のほうも若い。学生のカップルかもしれない。
 静かな波の音。
 ほかに人はいないようだが、少女は恥ずかしさで胸が苦しかった。
「お願いだから……ああっ……家に帰ってから……だめぇン」
 悶える少女は腰が退けてしまい、ツンと尻が後ろに突き出してしまう。その尻の割れ目あたりに、ちょうど硬いモノが当たっている。
 遠くから子供の声が聞こえてきた。
 少女はビクンと躰を振るわせた。
「だれか来ちゃうってば……だから……あっ、ああっ……あう」
「大丈夫だよ、お前が声出さなきゃバレないって」
 そう言いながら男は水着の上から少女の乳首を指で弾いた。
「あっ!」
 少し大きな声が響いてしまった。
「いじわるぅ」
 少女は少し顔をムスっとして見せてみせたが、口元は笑みを浮かべてまんざらでもなさそうだ。
 子供たちの声が遠ざかっていく。
 ほっとして力を抜いた少女の躰がすぐにビクンと震えた。男が水着の中に手を入れて乳首を触ってきたのだ。
 水着によって寄せて上げられていた胸が揉まれながら変形する。水が入っているように柔らかな胸だ。
「ああン……あう……脱がせちゃだめだってば……」
「水着付けたままじゃ揉みづらいだろ」
 胸が揉まれながら、だんだんと水着がずれてきた。
 尖った乳首を水着の縁が押し上げている状態だ。
 少女の乳首が何度も指先で弾かれた。
「だめぇ……乳首そんなにしちゃいやぁン」
「おまえ乳首大好きだもんな」
「そんなこと……ない……あっ」
「でもこっちのほうがもっと好きなんだろ」
 男の指が少女の股へと伸びる。
 食い込んでスジになった水着が指でなぞられる。
 そして、グイグイと中指がスジに埋められた。
「あうっ」
 さらにそこから指を曲げて、クイクイと指先がアレを刺激する。
「あっ、あっ、もっとやさしく……してぇン」
「水着の上からでもコリコリしてんのがわかるぜ」
「うそ……そんな……大きくないもん……」
「興奮していつもより大きくなってるんじゃねぇか?」
 ニタニタと笑う男。少女を責めることに歓喜している。
 そして、少女は責められて感じている。
「あはう……んっ……水着そんなくいこませちゃ……だめぇン」
「もう我慢できねぇ」
 男は腰を振りながら硬くなったブツを少女の尻に擦り合わせている。
 少女の硬いモノを感じて至福の笑みを浮かべている。
 男は水着を下ろしてブツを取り出した。
 ビクンと竿のように弾んだブツ。
「挿入れるぞ」
「こんなとこで……最後まではだめ……だって……だっ……あっ……あっ」
 水着のパンツの股間部分だけがズラされる。
 少女は自分の股間にある男の手を必死で押さえた。
「だめって……いっ……そんなことしたら伸びちゃう……うっ……てば」
 股間の部分が無理矢理ズラされ、秘裂にブツがあてがわれた。
 すでに少女のアソコはグショグショだ。
 ブツが狙いを定め――。
 一気に突いた!
「あああっン!!」
 波の音よりも高く響き渡った少女の喘ぎ声。
 ズブズブと腰が振られる。
「あン、あン、あン!」
 獣のように後ろから疲れ喘ぎ声が止まらない。
 さらに肉芽まで弄られている。
「気持ちいいよ……クリもっと触って……あうっ」
「いつもより締まりがいいな。外でやるのがそんなに好きか?」
「そんなこと、あっ……ない……ああっ」
「こんなに感じてるのにか?」
 男は口を大きく開けてキスを誘ってきた。
 少女は男の唇にしゃぶりついた。
 舌と舌が絡まり、唾液が交換される。
「ンっ……ンふ……ンっンっ……」
 口を塞がれた少女の鼻から漏れる熱い息。
 少女の躰に力が入り、足はつま先立ちをしてしまっている。
 離された口と口の間に唾液の橋が架かった。
 とろんとした表情で少女は男を見つめている。
 ガラガラ。
 小石が崩れ落ちるような音がした。
 少女は驚いて眼を丸くした。
「だれか……来たんじゃないの?」
「知るかよんなこと。だいじょぶだって、陰になってるか見えないって」
「こんなとこ見られたら……」
「ホントは見られること期待してんじゃねぇか?」
「そんなこと……きゃあああああっ!」
 グボッ!
 男の頭蓋骨にめり込んだ金属バット。
 挿入していたブツがスポンッと抜けて、男は力なく崩れ落ちた。
 眼を剥いた少女の先にいた人影。
 少女が最期に見た太陽を背に立つその頭は……。
 グシャッ!
 振り下ろされた金属バッド。
 血しぶきが岩肌に迸った。
 それは海水浴場で起こる凄惨な事件の幕開けだった。

 砂浜に飛び出した白いビキニ姿の華艶は、大きく手を広げてジャンプした。
「ひゃっほー! ついに今年もやって参りました待望の海!」
 そのあとを少し遅れてやって来たのは、花のアクアセントをあしらった水色のビキニの碧流だ。
「華艶はしゃぎすぎ」
 そのあとにもうひとり、Tシャツにロングスカートを穿いた蘭香。日傘も装備だ。
「本当にちょっとはしゃぎすぎよ華艶」
 ブスっとした顔で華艶は二人を見た。
「だって海だよ、海、マジで海なんだもん。でもね……悲しいお知らせがあるの」
 碧流が首を傾げた。
「なに?」
「白いビキニにこんがり肌にしたいのに……あたしまったく焼けないの!」
 それは華艶の驚異的な自然治癒力のせいだ。肌がダメージを受け手もすぐに治ってしまう。そんなこともあって、一部では華艶の美肌が羨ましがられていたりする。
 ガックリ肩を落とした華艶だったが、気分を改めビシッと蘭香を指差した。
「てゆか、そこの日傘!」
「日傘女とは失礼な言い方ね」
 眼鏡の奥で蘭香はきつい目をした。
 華艶は蘭香に近付くと、そのTシャツをつかんで引っ張った。
「海なのにこの格好ってどういうこと、まったく泳ぐ気ないわけ!?」
「ないわね」
 短くバッサリと言われた。
 だが華艶も引かない。
「去年もいっしょに来たとき海まったく入ってなかったよねぇ、ねぇ、ねぇねぇ!」
「だってこんな汚い海で泳げるわけないでしょう。海水浴場からちょっと離れた波打ち際に行ってごらんなさい。本当に汚いんだから」
「この潔癖女!」
「はいはい」
 軽くあしらわれた。
 しかし、まだまだ華艶は引かない!
「知ってるんだかんね!」
「なにを?」
「これ!」
 バサッと華艶は蘭香のスカートをめくった。
「きゃっ、なにするの!?」
 舞い上がったスカートの下に穿かれていたのは下着ではなく水着。
 さらに華艶は指摘する。
「Tシャツから透けてるし、み・ず・ぎ!」
「濡れると困るからよ」
 と、ツンと顔をそっぽに向けた蘭香。
 華艶の目がキラーンと光り、さらに口元が笑みを浮かべた。
「だったら実力行使するまで……碧流手伝って!」
 なんと華艶は蘭香に飛び掛かり、そのまま砂浜に押し倒した。
「きゃっ、なにするの華艶!?」
「げっへへ、脱がせるに決まってるじゃん!」
 無理矢理Tシャツを脱がせる。
 ノリのいい碧流も手伝って、スカートを脱がそうとする。
 ジタバタする蘭香。
 海水浴客の視線を集めてしまっている3人。
 まるでキャットファイト……もしくはレズ3P。
 そして、ついに蘭香は水着姿にさせられてしまった。少し頬が紅いのは怒っているのか、それとも恥ずかしがっているのだろうか?
 立ち上がった蘭香の水着は白のワンピースタイプだ。
「あとで覚えておきなさい」
 と蘭香は二人を脅したが、再び服を着る気はないらしい。やっぱり本当は水着姿になりたかったのかもしれない。
 そこへ華艶から止めの一撃。
「蘭香ったら顔紅くしちゃって、かわいい~♪」
「ちょっと激しく抵抗したから体が熱くなっただけよ!」
「どうだかねぇ」
 華艶と碧流は互いに顔を合わせて笑い合った。
 からかわれた蘭香はプイッとそっぽを向いてしまった。
 そんな蘭香の腕を碧流が引いた。
「早く海に入りましょ蘭香センパイ!」
「だから海には入らないって……言ってるでしょー!」
 もう片腕を華艶がつかんだ。
「そんなこと言わずに、入ったら気持ちいいよ。だってこんなに陽がサンサンと輝いてるのに!」
「だから海には入らないって……わたしはほかにやることがあるの!!」
 大声を出した蘭香の腕を華艶と碧流は同時に放した。そして、二人揃って『はっ?』みたいな顔をして蘭香を見つめた。
 蘭香は眼鏡を直すと同時に気も取り直した。
「あなたたちには悪いけれど、わたしにはやることがあるの。絶対にこれだけは譲れないから」
 華艶は『あーそーですかー』みたいな顔をしていた。
「絶対に譲れないなんて、ちょっと熱すぎじゃない? もしかして太陽にのぼせちゃった?」
 さらに碧流がノっかった。
「なら海に入ろう!」
 さらに華艶は続く。
「そして、海に入ったあとはビール!」
 と、言った瞬間、蘭香に頭を引っぱたかれた。
「未成年でしょう!」
「いったー……ホント優等生なんだから。じゃ、かき氷で我慢しとく」
「海水浴で冷えた体にかき氷はお腹を壊すパターンよ」
「そんなにお腹弱くないし。でも碧流はよくお腹壊してるよね?」
「あたしだって平気だよ、こんなに熱いのにお腹壊すわけないよぉ」
 碧流は自信満々に言った。
 お腹の弱い人は、お腹の弱さを甘く見てはいけない。大丈夫だと思って冷たい物を食べたらパターンはよくある話だ。
 再び華艶は碧流から蘭香に顔を戻した。
「で、蘭香の絶対に譲れない熱い使命ってなに?」
「使命ってわけでもないけれど、浅瀬を散策してみたいのよね」
「滑って大怪我が多発するっていう岩肌がゴツゴツしているあの浅瀬?」
「そうやってネガティブイメージで洗脳しようとするのやめないさよ。浅瀬って魅力がいっぱいなのよ。小さな海の生き物たちを観察するにはもってこいの場所なんだから」
 ちょっと蘭香の目が輝いている。
 そして、碧流の瞳もいつの間にかキラキラしていた。
「楽しそう!」
 まさかの謀反に華艶は碧流の真横で驚いた。
「えっ、碧流裏切る気!」
「海水浴なら去年もその前もやったから、たまにはそんなのもいいと思うよ?」
 いつの間にか2対1の少数派に追いやられてしまった華艶。
「ええ~っ、泳いだほうが楽しいし。海に来て泳がないなんて、川辺にやって来たのにバーベキューしないくらいアウトローだし」
 たとえが微妙だ。
 蘭香は碧流の腕に抱きついた。
「だったら二人で行くから、華艶は独りで楽しく競泳で世界新を狙ってみたらいいわ」
 孤立一歩手前まで追いやられた華艶。
「ひどっ、蘭香ひどっ! 行くってば、行けばいいんでしょ!」
「そんな上から目線なら来なくてもいいのよ」
 グサッと蘭香はさらなる一撃を華艶に加えた。なかなかの手練れだ。
 ついに華艶は敗北を認めた。
「ごめんってば、お願いだから独りにしないでぇ~」
 グスンと泣きそうな顔をする華艶の頭を碧流がなでた。
「よちよち華艶ちゃん、泣かないでぇ。きゃはは、ほんっと華艶ったらカワイイんだから」
「泣いてないし」
 今度は華艶がからかわれてプイっと顔をそっぽに向ける番だった。
 結局、こんな感じのやり取りがあって、3人で浅瀬の散策をすることになった。
 ゴツゴツとした岩肌がビーチサンダルに伝わり、少し歩きづらさを感じる。
 さっそく華艶が愚痴をこぼす。
「ねぇ、やっぱりつまんないってー」
 蘭香の鋭い視線が華艶に向けられる。
「来たばっかりでまだなにも探してないでしょう。わたしは絶対にアレを見つけたいのよ」
「なにアレって?」
 華艶は首を傾げて尋ねた。
 眼鏡の奥で蘭香の眼が輝いたような気がする。きっと太陽が反射しただけだろう。
「わたしがなにを探しに来たのか……嗚呼、二人に聞かせてあげるわ」
 ちょっと熱くなりはじめた蘭香を碧流が冷却してみる。
「聞きたくないとか言ってみる」
 語尾に(笑)みたいなものが付きそうな感じだ。
 だが蘭香はまったく碧流の言葉が耳に入っていないようすだった。
「じつは……ネットをやっていてある素敵な生物と出逢ってしまったの。あのお姿を見たとき、わたしの心はときめいたわ。その名も――」
 そこへ碧流が割って入った。
「もしかしてスカシカシパン?」
「…………」
 思わず蘭香は凍った。きっと正解だったのだ。
 華艶だけピンと来てないようだ。
「なにカシカシパンって?」
 しかも間違っている。
 気を取り直して蘭香が答える。
「棘皮動物ウニ綱タコノマクラ目カシパン亜目スカシカシパン科に属するウニの一種よ!」
「はっ? なにその呪文」
 ポカーンと華艶はしてしまった。
 現在、華艶の頭脳は呪文の解析をしている。
 そして導き出した答えとは!
「食べれるの?」
 あきれ顔で蘭香が答える。
「食べられないわよ」
「ウニなのに?」
「ウニなのに」
「食べれないの?」
「そう、食べられないのよ」
「パンなのに?」
「名前にパンが入っていてもよ」
「つまんないのー!」
 という結論に達した。
 二人がそんなトークをしていると、すでに近くに碧流の姿はなく、ひとりで浅瀬の散策をはじめていた。
 器用に碧流は岩から岩へと飛び移る。
 飛び越した水溜まりには小さな生物たちがいた。
 蘭香はやっと碧流がいないことに気づいたようだ。
「あら、碧流は?」
「ん? ひとりでどっか行っちゃったんじゃない?」
 二人で辺りを見回した、そのときだった!
「きゃぁーっ!」
 碧流の叫び声。
 慌てて華艶が駆け出した。
「どうしたの碧流!」
 碧流は岩陰を指差して眼を見開いている。
 駆けつけた華艶が見たもの――。
 最後に追いついてきた蘭香は息を呑んだ。
 撲殺された男女の屍体。
 見事に頭が割られていた。

《2》

 ひとりだったら見ないフリをするところの華艶だったが、ほかの二人――とくに蘭香がいるのでそういうわけにもいかなかった。
「警察を呼びましょう」
 と、いち早く言ったのは蘭香だ。
 うんざりした顔をしているのは碧流だ。
「警察かぁ。あの一件以来苦手なんだけど……碧流センパイは大丈夫なんですかぁ?」
 あの一件とは今年の4月に起きた事件のことだ。碧流と蘭香は容疑者として扱われ、華艶の活躍がなければ無実の罪を着せられるところだった。
「でも呼ばないで逃げたら、誤解を招いて状況を悪くするかもしれないでしょう?」
 と、蘭香は碧流を諭した。
 碧流は渋々うなずいて見せた。
 そして、華艶もうなずいて賛成した。
「で、ケータイないけどどうする?」
 間を置かず蘭香が提案する。今思い付いたと言うより、決まっていたのだろう。
「碧流、海の家か、ライフセーバーを探して誰かに知らせて来てくれないかしら?」
「うん、任せて」
 すぐに碧流は浜辺へと向かって行った。
 屍体と残された二人。屍体の二人だ。
 溜め息をついた華艶。
「あ~あ、夏休みの思い出の1ページが……絵日記の宿題なくてよかった」
「屍体を前にしてよくそんな冗談言えるわね」
「まあ、馴れてますから」
「わたしは馴れたくないわ。屍体なんて……しかもこんな凄惨な……」
 血みどろの男女の屍体が折り重なっている。割られた頭がグロテスクで、脳みそまで飛び出して……。
「うっ」
 蘭香は口元を押さえた。
「だいじょぶ?」
「ごめんなさい……ちょっと風に当たってくるわ」
「あたし一人で見てるから、無理しないでね」
「ありがとう華艶」
 蘭香もこの場から立ち去って、少し離れた場所でしゃがみ込んでしまった。
 友人たちが近くにいた手前、自重していた華艶が動き出す。
 じっくりと屍体を観察する。
「カップルかな? 水着の乱れは争ったわけじゃなくて、えっちの最中だったのかな?」
 そう判断した理由は、少女の水着のブラが外れるならまだしも、男まで下半身を丸出しにしていたからだ。
「頭蓋骨ちょー陥没。重たい鈍器か、怪力で殴られたか……それにしてもグッチャグチャに割れちゃって、痛そ」
 死んでいるので痛いもなにもない。
「えっちの最中に何者かに撲殺されたカップル。犯人の目的は……えっちしたくて堪らない童貞のカップル狩り?」
 それにしてもこの殺し方は――殺し方というより問題は傷だ。見事に割られている頭を見る限り、常人の力とは思えない仕業だ。
 屍体をさらに観察しようと華艶が顔を近づけた。
「ん?」
 なにかに気づいた。
 傷口の中で何かが蠢いた。
 息を呑む華艶。
「ちょ……」
 それは1つ……いや、1匹ではなかった。
 傷口からフナムシのような生物が大量の噴き出してきた。
「ちょ、待った!」
 噴き出しているのは傷口からだけではない。口からも、そして眼を食い破ってそこからも!
 華艶はダッシュで逃げた。
「蘭香ーッ!!」
 呼ばれて蘭香が立ち上がった。
「どうしたの華艶?」
「ムシ、虫、蟲ーーーッ!」
「え?」
 蘭香は見てしまった。
 さざ波のように大群を成して迫ってくる蟲を――。
「きゃーーーっ! わたしこういう虫が大の苦手なのよ!!」
「あたしだってこんなの嫌いだってば!」
 二人とも屍体なんてどうでもよかった。
 とにかく二人の頭にあることは逃げること。
 必死に逃げる二人の前方から、小走りで駆け寄ってくる数人の影。その先頭は碧流だった。
「あれっ、ふたりとも?」
 きょとんとする碧流の真横を華艶と蘭香は構わず通り越した。
 そして、碧流たちご一行も見てしまった。
 大波のように押し寄せてくる蟲の大群。
 蟲の数は確実に増えている。地面が動いてるように見えるレベルにまで達していた。
 碧流たちも来た道を引き返して逃げる。
 このまま逃げ続ければビーチだ。そこでは多くの海水浴客で賑わっている。もしも蟲の大群が現れたら大パニックになってしまう。
 すでに蘭香は個人的に大パニックだった。
「もうやだやだ蕁麻疹が出そう! 華艶なんとかして!」
「なんであたし!?」
「あなたはやればできる子よ!」
「ちょっとけなされてる気がするんですけどー」
 愚痴りながらも華艶は立ち止まり振り返った。その横を碧流たちが通り過ぎる。
 夏の日差しよりも熱い炎が華艶に宿る。
「三日月炎舞!」
 手に炎を宿した華艶が三日月を描くように回転したと同時に、同じ形をした炎が宙を薙ぐように翔た。
 焼かれた蟲は飛び上がりながら、甲高い奇声があげた。
 炎の刃は蟲の第一陣を燃やし尽くす。だが、第二、第三の軍勢が押し寄せてくる。
「どうにかなるのかな、コレ」
 蟲の数はまったく減ったように見えない。
 しかし、蟲はすぐそこまで迫っている。
「三日月炎舞ダブル……やっぱトリプル!」
 三連続で三日月型の炎の刃が繰り出された。
「う……目が回った」
 その甲斐もあって炎は蟲の約半分を焼き尽くした。
 突如、蟲たちが散るように動き出した。
 同じ進行方向に進んでいたからまとめて対処できたが、バラバラに向かって来られたら厄介なことになる。
 しかし、蟲たちは華艶の元にやって来なかった。
 徐々に姿を消しはじめた蟲たち。
「逃げた?」
 どこかに隠れてようすを伺って奇襲をするつもりかもしれない。
 たかが虫と侮ってはいけない。ただの虫だったと思えない以上は、その知能についても未知数だ。
 華艶は動かない。
 さざ波が聞こえてくる。
 蟲は現れない。
「……もぉし~らない!」
 一件落着することにした。
 急いで華艶は蘭香と碧流の元へ向かった。
 ビーチの少し手前あたりで、二人はライフセーバーたちと華艶を待っていた。
 華艶を確認した碧流がいきなり抱きついてきた。
「よくぞ生きて帰った華艶ちゅあ~ん!」
「死亡フラグとか勝手に立てないでよ、蟲なんかに殺されたくないし」
 そして、抱きつかれている華艶は密かに思った。
 ――自分より碧流のほうが胸が大きい。
 軽いショックを受けた華艶だった。
 蘭香は華艶が戻ってきても心配そうな顔をしていた。
「それでもう大丈夫なの?」
「さあ、逃げられちゃったから。近付かなきゃだいじょぶじゃない?」
 だがここで問題発生!
 ライフセーバーが言い放ったのだ。
「それで遺体はどこに? 本当にあったんですか? 道案内してくれませんか?」
 三人娘は凍り付いた。
 そして、笑顔の碧流と蘭香は無言で華艶に眼差しを贈った。
 無言のプレッシャーに華艶は負けた。
「行きますよ、行けばいいんでしょ。はいはい、あたしが道案内して差し上げますよーだ」
 こういうわけで華艶は再びあの場所に行くことになってしまった。
 ライフセーバーは申し訳なさそうな顔をしている。
「君たちを疑っているわけではないんだけど、遺体を見ないことには警察に連絡するのも……」
 三人娘の幼気なウソの可能性があると言いたいらしい。
 ほかの者はこの場に残して、二人で現場に向かうことにした。
 道すがらライフセーバーは世間話を振ってきた。
「君たちどこから来たの?」
「カミハラからです」
「学生さんでしょ、どこの学校に通ってるの?」
「神女です」
「へぇ、神女って神原女学園だろ? 俺高校のとき男子校でさ、あのとき恋愛とかぜんぜんできなくて、憧れてるんだよなぁ。今でも女子高生の彼女とかいたらなぁって」
 華艶はちょっと遠い目をした。
 ――これってナンパされてるのか?
「そーなんですかー」
 軽く流して置いた。
 華艶は完全に防御モードを発動させているが、男はそういうのを気にしないというか、気づいてもいない場合が多い。
「女子校なら女の子いっぱいいるだろ、だれか紹介してくれないかな。君とかどう、彼氏いるの?」
「あははー、彼氏はませんけど好きな人がいるんでー。周りは彼氏持ちばかりでー」
 思いっきりウソをついてやった。
「さっきの二人の子も彼氏いるの? 水色の水着の子とかけっこうタイプなんだけどなぁ」
「碧流はイケメンの彼氏がいますよー。細身で身長が高くて、なんだっけかな、社長の息子でお金持ちって言ってたかなぁ」
 ウソですが。碧流は常時彼氏募集中だ。
 話をしているうちに、あの浅瀬までやって来ていた。
 打ち寄せる小さな波が弾ける音が聞こえる。
 何事もなかったように静まり返っている。
 蟲たちの姿も気配もどこにもない。
「こっちのほうの岩陰にカップルの屍体があったんですけど」
 華艶はその岩陰まで案内をしたのだが――なかったのだ。
 跡形もなく屍体が消えていた。
「あれ、ここじゃなくてこっちかな?」
 別の場所も調べたがやはりない。
 屍体が消えた。それも2体も消えてしまった。まさか蟲に食い尽くされた?
「ウソついちゃいけないなぁ」
 と、ライフセーバーは笑った。
「ウソじゃないんですけど。だって3人とも見てるんですよ?」
「そうやってライフセーバーの俺たちを逆ナンパするつもりだったの?」
「はっ!? なにその斜め解釈!」
「わかってるって、君もこの鍛えられたボディが好きなんだろ。大胸筋とか触ってごらん、ピクピク動かしてあげるよ」
 ひと気のない岩陰で変態と二人っきり。
 華艶ピンチ!
 相手は変態だが人間だ。炎を使ったり、ボッコボコにしたらマズイ。
 ここは逃げるしかないと判断した。
 だが、駆け出そうとした瞬間に腕が掴まれてしまった。
「ちょ!」
「こんな場所めったにだれも来ないから、いいだろ……ここで」
「ここで?」
 華艶の眼はライフセーバーの股間に釘付けになった。
 ぴっちぴちのビキニパンツを押し上げる大砲。発射準備はすでに整っていた。
「あたしはそーゆーつもりでこんな場所に誘ったわけではなくてー」」
「いいから早く脱がせてくれよ。痛くて仕方ないんだ」
「小さくすればいいと思います!」
「なら一発抜いちゃってくれよ。口でいいからさ」
 正当防衛はどこまで認められるのか華艶は懸命に考えた。
 まだ物的証拠がない。ここで男の股間を蹴り上げようものなら、逆に訴えられる可能性もある。
 さらに華艶はもっと最悪なパターンを考えていた。
 事故で相手を燃やしてしまう可能性。
 どうしようか戸惑っている華艶の顔に男の唇が近付いてきた。
「うぐっ!」
 逃げ損ねた。
 華艶の唇が奪われた。しかも、いきなり舌を入れてきた。
 唇を犯されながら華艶は思った。
 ――こいつニンニク喰ってやがる!
 どんだけ普段からヤル気まんまんなのだろうか。
 ディープキスのあとは、ビキニパンツに手が伸びてきた。
 気が早い。いきなり脱がすつもりだ。
 男の鼻息が華艶の股間に当たる。
「俺は磯の匂いよりも、こっちの匂いのほうが好きなんだ。早く君の海草を見せてくれ」
「わかったから、ゴムつけよう。ゴムがないないなら取りに行かなきゃ。ということは、ここじゃできないってことでしょう、ねっ!」
「ゴムならちゃ~んといつも持ってるぜ」
 なんと男はビキニパンチの中からコンドームを取り出した。
「四次元ポケットかっ!」
 思わず華艶はツッこんでしまった。
 相手はかなりの変態だ。予想以上の変態だった。ここまで変態ならボッコボコにしても平気だろうか?
 いや、ダメだ。さっき神女に通ってるとウッカリ口を滑らされてしまった。強引にポジティブ斜め解釈をする男だ、あとが怖い。
 男はビキニパンツを脱いだ。
 バチン!
 と、大砲がバネのように跳ねて、男の割れた腹筋に当たって音を立てた。
 ゴム装着。準備万端だ。
 ちょっぴり華艶の気持ちは揺らいでいた。
「そんなに太くて大きいの……」
 躰が汗ばみ、疼いてきてしまった。
 しかし、このまま流されたら取り返しのつかないことになる。
「やっぱ今日はダメ!」
 拒否した瞬間、パンツが勢いよく下ろされた。
 男がニヤっとする。
「パイパンか」
「違うんだって、普段は違うんだけど、今日水着着るじゃん? だから昨日お風呂で剃ってたらついついやり過ぎちゃって……ってなに言わせるの!」
 華艶の膝蹴りが炸裂した。
 膝は見事に男の顎に入った。
 筋肉質な男が少しよろめいた。手加減したとはいえ、倒れずに耐えたのだ。
「今の蹴りいいよ。君を一目見たときから、その鍛えられた体で痛めつけて欲しいと思ってたんだ」
 マゾだったのかっ!
 しかも、男の大砲はさっきよりもビンビンだ。
 もうここまで来たらヤルしかない。
「じゃあお望みどおり、ボッコボコに痛めつけてあげる」
 相手がやって欲しいと言っているのだから手加減は無用だ。
 鍛えにくいのは脇腹や首などだが、マジでヤルなら股間攻めだろう。
 割ってヤルつもりで華艶は蹴り上げようとした。
 グシャッ!
 しかし、先に割れたのは男の頭だった。
 脳漿と血が飛び散る。
 華艶は唖然とした。
 太陽の光を背に浴びて立つ人影。
 手に持っているのは血の付いた金属バット。
「ウソ……でしょ?」
 華艶は信じられなかった。
 なんと、そこに立っていたのは――スイカ野郎!

《3》

 真夏の海。
 突如、華艶の前に姿を見せた謎の殺人鬼。
 その姿はどう見ても――。
「スイカ野郎!」
 華艶は素っ頓狂な声をあげた。
 どう見てもそこに立っていたのはスイカ野郎だった。
 首から下は水着姿の男。
 首から上はスイカだった。
 例えるならハロウィンの目と口をくり貫いたカボチャのランタン。そのスイカバージョンだ。
「人間……なの?」
 華艶の素朴な疑問。
「我は腐った〈スイカの王〉!」
 逆光を浴びて〈スイカの王〉は金属バットを構えて決めポーズ。
 人間かどうかは重要点だ。
 ヤっちゃった場合、人間外だった場合は殺人罪には問われない。
 しかし、すでに〈スイカの王〉は目の前でひとり殺している。
「正当防衛……認められるかな?」
 華艶は構えた。
 が、その意気込みが一気に抜けてしまった。
 華艶の視線は〈スイカの王〉の股間に注がれていた。
「……こいつもか」
 ビンビンだった。
 〈スイカの王〉は太いバットを2本持っていたのだ。
 バットの先端からは血が滴り落ちている。
「コロしてやる……コロしてやる……」
 〈スイカの王〉が迫ってくる。
「殺されなきゃいけない理由がわかんないんだけど?」
「海でセックスしやがるカップルどもは天誅を加えてブッコロしてヤる!」
「べつにえっちしようとしたんじゃなくれ、レイプされそうになってただけんだけど……」
 それでもダメなようだ。
 〈スイカの王〉がバットを振り上げて飛び掛かってきた。
「天誅!」
 この一撃の威力は目の前で見ている。一発でも喰らったら骨まで粉砕されてしまう。
 華艶は急いで飛び退いた。
 だが、着地した足場が悪い。岩場に足を取られてバランスを崩してしまった。
「あっ!」
 小さく声をあげた華艶の頭上には金属バットが迫っている。
「炎翔破!」
 ついに炎が繰り出された。
 炎の玉は〈スイカの王〉の胸を焼いた。
 その反動で攻撃の矛先はズレて、金属バットは激しく岩肌を打っ叩いた。
「効いてない?」
 矛先はズラせたが、あの一撃は衰えを知らない。
 さらにスイカのマスク?のせいで表情が読めない。
 再び体勢を立て直した〈スイカの王〉は、金属バットを遠くへ向けてホームラン予告のポーズを決めた。違う、バットの遥か先にはカップルがいたのだ。
「天誅!」
 しまった、まだカップルたちは〈スイカの王〉に気づいてない!
「逃げて!」
 華艶の叫びはカップルまで届いた。
 逃げろと突然言われて即座に反応できる者は少ないだろう。それも目の前に現れたのが、スイカ野郎だったら、理解の範疇を超えて呆然としてしまう。
 カップル、〈スイカの王〉、華艶はちょうど直線で三点に結ぶことができる。ここで華艶が炎を繰り出した場合、下手したら〈スイカの王〉の背中を押してしまう結果になる。
 だが、ここで手をこまねいている余裕はない!
「炎翔破!」
 咄嗟に繰り出した炎だったが、いつも投げ方が違う。
 炎の玉はカーブを描いて飛ばされたのだ。このまま〈スイカの王〉の側面を狙う気だ。
 狙いは……外れた。
 カーブの弱点は狙いを外しやすいことだ。
 もう駄目だ、金属バットが振り下ろされてしまう!
 華艶は一か八かで叫ぶ。
「あっちでカップルがえっちしてる!!」
 ピタッと〈スイカの王〉の動きが止まった。
 その隙に華艶が駆ける。
「火炎蹴り!」
 足に炎を宿し火炎は回し蹴りを放った。
 背中に蹴りを喰らった〈スイカの王〉が地面に手を付いた。
 今のうちにカップルを逃がさなくては!
「だいじょぶ? あいつ殺人鬼だから早く逃げて、できれば警察呼んでくれると助かるんだけど!」
 焦りながら華艶はカップルに逃げるように促したが、カップルは唖然としたまま動かない。その視線が注がれていたのは華艶の股間だった。
 パイパン!
 華艶もその視線で気づいた。
「ぎゃーっ、パンツが!」
 ビキニパンツはかろうじて片方の足首に引っかかっていた。
 すぐさまパンツをはき直した華艶だったが、その真後ろでは〈スイカの王〉が――。
「危ない!」
 カップルの女が叫んだ。
 振り返った華艶。
 躱す余裕などなかった。
 咄嗟に出してしまった手。
 金属バットと手がぶつかった瞬間、骨が粉砕され、ヒビは肩にまで達した。
「イイイイッターッ!!」
 腕一本を犠牲にして攻撃を防いだが、その激痛に耐えきれずに華艶は次の行動を忘れた。目の前では〈スイカの王〉が金属バットを振り上げている。
 これまで幾度も死線を越えてきた華艶。
 生き延びた要因は本能という名のセンスだ。
「後ろにえっちしてるカップルがいる!!」
 格闘センスではなく、嘘でもなんでもついて生き延びるセンス。
 〈スイカの王〉はまんまと騙され後ろを向いた。
 華艶は格闘センスも持ち合わせていた。咄嗟に出して負傷したのは利き腕ではなかったのだ。
「火拳![ヒケン]」
 拳に炎を宿しそのまま殴りかかる技。炎に拳の打撃がプラスされる技だ。
 華艶の拳がスイカ頭にヒットした瞬間、大爆発が起きた!
 飛び散るスイカ。
 赤い物体は肉片なのかスイカなのか……そこにもう頭はなかった。
 首から上が消失したまま立っている〈スイカの王〉。
 もはや、スイカはなくなったので〈王〉……というか、はじめから王だったかどうかも怪しいので、〈カオナシ(仮称)〉とでもしておこうか?
「あたし……ヤッちゃった?」
 まさか一撃で頭部が大爆発するとは思ってもみなかった。いくら華艶でも人間の頭を一撃で爆発させることはできない。
 ――となると?
「本当にスイカだったのかな?」
 〈カオナシ〉は立ったまま微動だにしない。普通だったら頭を失って生きているはずがない。
 華艶は周りを見回した。
 いつの間にかカップルも逃げてしまったようだ。
「うん、放置しよう!」
 事件などなかったことにした。
 華艶はなにも見てないし、なにもしてない。
「ケーサツが尋ねてきたら、そのとき対処するってことで」
 足早にこの場から逃げ出した華艶。
 華艶が去ったのち、しばらくして〈カオナシ〉が動き出した。
 動いたと言っても手足が動いたと言うより、躰の内で何かが這うように蠢きだしたのだ。
 次の瞬間、失われた首から大量の蟲が噴き出した。
 まるで黒い噴水。
 瞬く間に地面はあの蟲で覆い尽くされたのだった。

 華艶がビーチに向かって歩いていると、蘭香と碧流の姿があった。蘭香は心配そうな顔をしている。
「どうだった?」
「えっ、なにが?」
 知らないフリを炸裂させた。
 碧流はライフセーバーがいないことに気づいたようだ。
「あれっ、ひとり?」
「なに言ってんの、はじめからあたし1人だったし、あはは」
 強引な誤魔化しだ。
 蘭香のじと~っとした視線が華艶に突き刺さる。
「正直に言いなさい華艶」
「え~っと、まあなんていうか、変態殺人鬼と出くわしちゃって、新たな犠牲者が出ちゃったみたいな……」
「まさかっ、そんな……」
「ご想像どおりなんだけど、あたしたちが殺したわけじゃないし、知らないフリしてたほうが厄介事に巻き込まれなくて済むかなぁって」
「そういうわけにはいかないでしょう」
「って言われても、じつはカップルの屍体が消えちゃっててさ。屍体があったなんて証言したら、逆に不審がられちゃうというかなんというか」
 話を聞いて蘭香は納得していないようだ。
 けれど、碧流は大きくうなずいていた。
「うんうん、警察なんて信用できないもんね。あたしは華艶に賛成!」
「碧流までなんてこと言うの!」
 声をあげた蘭香。
 華艶がなだめようとする。
「まあまあ、警察の事情聴取なんかに付き合ってたら、せっかく海に来たのが台無しになっちゃうし。あたしたちまだ海にも入ってないんだよ。時には見て見ぬフリも大切だよ、うんうん」
「そうそう華艶のいうとおりだよ。まだかき氷だって食べてないよ」
 華艶と碧流が同調して、蘭香が少数派になってしまった。
 しばらく無言で考える蘭香。
「……そうね。海で遊んでから警察に連絡しましょう」
「連絡するんかい!」
 碧流が手の甲でビシッ蘭香の腕を叩いた。
 この決断が蘭香の最大の譲歩だったのだろう。
 しかし、蘭香には気がかりなことがある。
「それで殺人鬼はどうなったの?」
「たぶんもうだいじょぶだと思うけどぉ……」
 不安げな言い方をした華艶。
 普通なら頭が爆発して生きているはずがない。けれど、そのあとに起こった出来事。それを華艶は知らない。
 蟲だ。
 あの蟲はいったい?
 しかし、華艶はもうすっかり過去のことにして、海を満喫するため波打ち際に向かって駆けていた。
「2人とも早く!」
 華艶は海に入って沖へ沖へと出た。
 もう足が地面につかない。
 ちょっとひと泳ぎしようとした華艶だったが、腕を振り上げた瞬間――ボギッ!
「ううっ!」
 〈不死鳥〉の華艶と言えど、粉砕された腕はまだ完治していなかった。
 本人にとって不意打ちだったため、立ち泳ぎも忘れて溺れる華艶。
「う……ぷっ……助けて!」
 そのようすを砂浜から見ていた蘭香と碧流。
 すぐに蘭香は海に飛び込もうとしたが、碧流は苦笑いを浮かべていた。
「あはは、じつはあたしカナヅチなんだ」
「え?」
 少し驚いた蘭香。
 そんなことをしているうちにも華艶は死相を浮かべている。
 急いで蘭香は海に飛び込み華艶のもとへ向かった。
「ちょっと落ち着きなさい華艶!」
「溺れるぅ!」
「あんたが暴れるとわたしまで巻き添えになるでしょう!」
「あっ……足つった」
「えぇ~~~っ!」
 いっそのこと気絶させちゃったほうが救助は楽だが、華艶はしぶといので逆に気絶させるまでが大変だろう。
「おっ、治った」
 足のつりはすぐに治るが、まだ腕は駄目だ。けれど、華艶は足が治ると同時に、落ち着きも取り戻していた。
 どうにか2人は波打ち際に向かって泳ぎはじめた。
 その途中で1つの浮き輪を使っているカップルの横を通り過ぎた。
 ボソッと華艶がつぶやく。
「助けてくれればいいのに」
 華艶たちの姿が遠くなってから、カップルの女のほうが囁いた。
「助けなくてよかったの?」
「こんな状態じゃ助けにいけないだろ」
 こんな状態とは?
 浮き輪の中に女が入り、男は後ろから抱きつくような形で、浮き輪の外側から掴まっている。そして、海の中では二人は深く連結していた。
 近くで華艶が溺れたせいで中断していたが、男は再び腰を動かしはじめた。
 海に揺られながら、ゆったりと出し入れされる。
「やン……まだするの……?」
「もう少し、出すまでやらせろよ」
「あン!」
 水着がずらされ大振りな胸が晒された。胸は浮き輪の上に乗ってしまい、外から丸見えだ。
「いやっ……おっぱい見られちゃう……ほら、だんだん海岸に流されてるし、ひといっぱいいるよ」
「だったらもっと海の中に潜ればいいだろ」
「そういう問題じゃ……あうっ」
 男の先端が女の奥に当たった。
 だが、男は突然腰を引いてそのまま抜いてしまった。
「やりづらいから体勢変えようぜ。浮き輪に座る感じで、ここに足乗っけてみ」
 女は男の指示どおりの体勢に変えた。浮き輪を使ったM字開脚だ。
 浮き輪を使った楽な体勢だが、今はおっぱい丸出しで卑猥なポーズにしか見えない。
 しかし、男は難しい顔をして首を傾げた。
「どうやって挿入れたらいいんだ?」
「自分でやらせておいて、もぉ!」
「そのままオナニーして見せろよ」
「ええっ!?」
「いいから早く」
「……うん」
 女は浮き輪に浮きながら、自らの股間に手を伸ばした。
 広い海の真ん中で脚を広げ、アソコまで広げてしまっている。
「あっ……ああっ……ン……」
 奥の奥まで太陽の日差しに照らされる。
 だが男はそれでは満足しないようだ。
「ダメだな、やっぱ見てるだけじゃ満足できねぇよ」
「自分でやらせておいて……さっきから……」
「やっぱ俺が浮き輪の中に入って、お前が上に乗れよ」
「ええっ、沈んじゃうって」
 今度は男が座るようにして浮き輪の中に入った。そして、女は浮き輪に膝を乗せて騎乗位の体勢になった。
 波に揺られてバランスが悪いが、大きな浮き輪だったので沈んだり、反動で転覆したりはしなかった。逆にバランスを取ろうと女が動くために、それが不規則に肉棒を刺激してきて男に快感をもたらした。女の方も直線的ではなく、角度を付けて肉棒がいろんな場所に当って快感を得ていた。
「あン……気持ち……いいっ」
「俺も……これなら出せそうだ……」
 波と共に女の豊満な胸も揺れていた。
 日差しを浴びて輝く女の喘ぎ顔。
 男はその表情を見てさらに感情が高まった。
 しかし、すべてをぶち壊す出来事が起きたのだ。
 女が叫ぶ。
「あれ見て!」
 あれと言われても男は体勢が変えられず、女が指差した真後ろを見ることができなかった。
「なんだよぉ」
 男はとても不機嫌そうだ。
「サメ……あれ絶対にサメだよ!」
「サメなんかいるわけねぇだろ」
 だが、女の瞳には水面下を移動するサメの背びれらしき物が映っていた。
 水飛沫が上がった!
 海の中から高くジャンプした巨大な影。
 まさしくそれはサメだった。
 だが女が驚き声を失った光景は――。
「天誅!」
 サメに跨った〈スイカの王〉が金属バッドを振り下ろした。
 グゴォッ!
 男の脳天を割れた。
 ジャンプしたサメが再び海に戻るとき、波で浮き輪が大きく揺れて転覆してしまった。そのとき女は海に放り出されてしまった。恐怖とパニックで泳ぎを忘れて溺れる。
 再び水面からサメと共に〈スイカの王〉が飛び出してきた。
「この淫乱女ガァッ!」
 溺れている女にも容赦はなかった。
 グシャリ!
 頭を潰され女が海に沈んだ。
 朱く染まる海。
 この騒ぎに遠くにいた人々もサメの存在に気づきはじめた。
 パニックの波が襲う。
 楽しく賑わっていたビーチは一瞬にして、惨劇の舞台となったのだ。

《4》

「天誅じゃ、天誅を受けるがイイ!」
 〈スイカの王〉は男女のペアを次々と襲いだした。
 サメのスピードに人間では敵わない。
 またひとり頭を割られ、海が血に染まる。
 この事態に華艶たちも気づいていた。
「変態殺人鬼まだ生きてたの!」
 蘭香も驚いた。
「あれが!?」
 そして碧流は、
「怪人スイカ割り男!」
 勝手にネーミングしていた。
 華艶は波打ち際に向かって走り出す。海からは逆に人々が押し寄せてくる。華艶は人混みを掻き分けて膝まで海に浸かった。
「この変態スイカ野郎!」
 挑発した華艶。
 ここは別の者に任せることもできたが、華艶と言えど責任を感じていたのだ。仕留め損なったせいで新たな犠牲者が出てしまった。
 〈スイカの王〉はサメに乗ってグングン華艶に近付いてくる。
「いつかの女、血祭りにあげてくれるわ!」
 水面からサメが高くジャンプした。
 大きく振られた金属バットを華艶は紙一重で躱した。
 そのまま〈スイカの王〉を乗せたサメは――砂浜に落ちた。
 身動きが取れなくなったサメ。
 唖然とする華艶。
「バ、バカなのアイツーっ!?」
 きっとバカだ。
 やむを得ず〈スイカの王〉はサメから下りて砂浜に仁王立ちした。
 燦々と照らされた〈スイカの王〉の股間はビンビンだった。
 なんといきなりのすっぽんぽん!
 いや、スイカを被り物として数えるならば、かろうじて全裸ではない。
 だが華艶が驚いたのはそこではなかった。
「おかしい……前と雰囲気が違うような……どこかで?」
 前に会ったときよりも、躰が大きくなっているような気がする。筋肉が多くなっている。大砲もさらに大きくなっている。
 ハッと華艶は気づいた。
「あの勘違いライフセーバー!」
 どこかで見覚えのあった躰は、まさしくあの撲殺されたライフセーバーの物だったのだ。
「呪いの仮面!」
 華艶は叫んだ。
 仮面というよりスイカだが、どうやらこのスイカは屍体に乗り移るらしい。
 そうなって来ると厄介だ。本体はどこにあるのかということになる。あのときスイカは破壊したが、またこうして復活したところ見ると、スイカも本体ではない。
「……遠隔操作?」
 つぶやいた華艶。その可能性はある。
 ここで〈スイカの王〉を倒しても復活する可能性がある。それでも無意味ではない。ここでの犠牲は食い止めなくてはならない。
「炎翔破!」
 狙ったのは頭部のスイカ。
 華艶の投げた炎は見事スイカにヒットした。だが〈スイカの王〉はたじろぎせず、水分を含んだ物体は多少の炎ではびくともしない。
「やっぱダメか」
 スイカ頭は衝撃が有効であることは前に戦いで証明済みだ。
「火拳!」
 拳に炎を宿して華艶は〈スイカの王〉に突撃した。
 目の前に金属バットが振り下ろされる。
 即座に華艶はしゃがんで躱し、そこから回し蹴りで相手の脚を取ろうとした。
「火炎蹴り!」
 だがジャンプで躱された。
 さらに〈スイカの王〉はジャンプと同時に金属バットを振り下ろそうとしていた。
 飛び退いて避けようとした華艶だったが、砂を蹴ったときに足が取られてバランスを崩してしまった。
「ヤバッ!」
 金属バットが華艶のふくらはぎに叩き落とされた。
「くあッ!」
 肉が断絶され、脛の骨まで逝った。
 ここで怯んだら次の攻撃でやられる!
「灼熱砂塵!」
 華艶は灼熱に熱した砂を巻き上げ〈スイカの王〉に投げつけた。
 灼熱の砂の霧が〈スイカの王〉の全身を焦がす。
 炎は物体ではないため燃え移らなければすぐに消えるが、熱した砂ならば肉を焼きながら溶けた皮に張り付く。
 華艶は止めを刺す。
「火拳!」
 強烈な拳を喰らったスイカが爆発した。
 頭部を失いゆっくりと倒れる〈スイカの王〉。
 これで終わりか?
 いや――。
 辺りに漂う焼けた肉の臭い。
 爛れ落ちた肉の間から、身をうねらせながら何かが這い出してくる。
 ぼとり――と、一匹が墜ちた。
 華艶の全身を駆け巡る鳥肌。
「……蟲」
 焼けた蟲が悶えながら次々と〈スイカの王〉の躰から墜ちる。
「むしむししむーっ!!」
 絶叫しながら華艶は逃亡した。
 〈スイカの王〉から一気に噴き出す蟲の大群。
 遠くで見守っていた蘭香も失神寸前。
 碧流も全身がかゆくてたまらない。
 この事態に逃げずに遠くから見守っていた海水浴客も逃げ出した。
 だが、蟲は広がりを見せることはなかった。
 砂浜に打ち上げられていた男の屍体に寄生しはじめたのだ!
 群れが屍体の口から体内に侵入していく。
 青ざめる華艶。
「もうお昼ごはん食べたくない」
 大量の蟲を体内に収めた屍体がむくっと立ち上がった。
 そして、なんと屍体の頭部が大爆発を起こした。
 飛び散った血と骨や肉片、脳みそ。
 最後はどこからか跳んできたスイカが、爆発した頭の代わりに首の上に乗る。
 またも〈スイカの王〉は新たな肉体を手に入れ復活したのだ。
 やはりスイカ頭を破壊しても蘇る。
 華艶は唇を噛みしめた。
「く~っ、ダメか。もしかして蟲が本体? だとしたら全部燃やし尽くしちゃえば……てゆか、なんでスイカ?」
 大いなる素朴な疑問だ。スイカである必然性がわからない。
 〈スイカの王〉は低く笑い出した。
「フフフッ……よくゾ訊いてくれた」
「べつに訊いたわけじゃないけど」
「そこまで知りたいなら教えてヤろう」
「べつに知りたくないです」
 冷たくあしらったが、〈スイカの王〉はシカトして話をはじめる。
「そう……あれは今日みたいな夏の暑い日だった」
「思い出話とかする気? 聞きたくないんだけど」
 なら今のうちに攻撃を仕掛けちゃえばいいが、すっかり〈スイカの王〉のペースだった。
「オレは生前スイカ割りが大好きで、食べのも好きだった」
「ってことは、人間が悪霊になったってこと?」
 華艶の質問はスルー。
「その日も意気揚々と砂浜でスイカ割りを楽しもうとした、独りで」
「ともだちいなかったんだー。てゆかさ、あれって目隠して、ほかに人に場所教えてもらってやるんじゃないの?」
 やっぱり華艶の質問はスルー。
「目隠しをしたオレはスイカを探してフラフラと歩き出した。そのとき事件は起きた」
「まさか間違って人の頭を割っちゃったとか?」
「柄の悪そうな若者の中にツっこんじまったんダ」
 ちょっと噛み合ったような気もするが、華艶の質問に答えたわけではなく、自分の話を進めてスルー。
「それで?」
「オレはボッコボコにされた。男ドモがオレのことをムシケラのように見る目。近くにいた連れの女ドモも笑ってヤがった。そして、男のひとりがイったんダ」
「なんて?」
 興味津々の華艶は身を乗り出して訊いた。
「コノ童貞ヤロウ! テメェみたいなヤツが海に独りで来てスイカ割りなんてしてんじゃネェよ、人様の邪魔なんだよデブ!」
「えっ、当時はデブだったの!!」
 そこに華艶は食い付いた。
「そして、オレはその五年後に死んだ」
「そのときの怪我が原因で?」
「交通事故で」
「……へぇ」
 だんだん華艶は話がどーでもよくなってきた。
 しかし、まだ〈スイカの王〉の話は続いていた。
「オレは死んでも死にきれなかった。この世からアベックを根絶やしにするまで、オレは戦い続ける!」
「そこまで強い怨念を持って悪霊になるってことは……もしかして本当に童貞だったの!?」
「童貞っていうナーッ!」
 図星だったらしい。それはたしかに死んでも死にきれなかったわけだ。
 童貞というのは禁句だったらしく、闘志を漲らせた〈スイカの王〉が華艶に襲い掛かってきた。
 片脚を潰されている華艶は動きが鈍い。
 生きている足で砂を蹴り上げて無我夢中で飛び退いた。
 標的を外した金属バットが地面に叩き落とされ、大量の砂が舞い上がった。
 一瞬、視界が失われた。
 その隙に華艶は必死に逃げていた。だが不自由な足がいうことを利かず、砂に足を取られて転倒してしまった。
 追い詰められた華艶。
 〈スイカの王〉は股間をビンビンにさせながら近付いてくる。
「よくも童貞って言いヤがったナ」
「べつに童貞は羞じるべきじゃないと思う! だって、ほら、そのっ、大事にしてるってことだもんね! たしか……ええっと、一生童貞で終わるひとって3割くらいいるって聞いたことがあるから……って3割もいるわけないじゃんね、ぷっ」
「ウォォォォォォッ! 今笑いヤガったナ、全国の童貞を敵に回したゾォォォォッ!!」
 フォローするつもりが逆に怒らせてしまった。
「オレは今ココで童貞を捨てるゾォォォォォッ!」
「……えっ」
 華艶は嫌な予感がした。
 今、ここ、で。
 〈スイカの王〉の目の前にいる女子は華艶だけ。
「ちょっ、それはないでしょ!」
「ヤラセローッ!!」
「今まで大事に取っておいたんだから、スキなひととヤればいいでしょーーーっ!!」
「オマエのコトがスキダーーーッ!」
「だれでもいいんかいっ、炎翔破!!」
 いつもより特大の炎翔破を放った。
 目の前で炎を喰らった〈スイカの王〉は体を焦がしながら吹っ飛んだ。
 砂浜に仰向けになって倒れた〈スイカの王〉。
 倒れても――その股間の大砲は天を向いていた。
 まだまだ〈スイカの王〉は俄然ヤル気だ!
 華艶は片足を引きずりながら砂浜を這う。
 その姿を見て蘭香と碧流が助けに来た。
 蘭香が華艶を起き上がらせた。
「早く逃げましょう!」
 碧流も手を貸そうとしたが、その動きは止まり視線は〈スイカの王〉に向けられた。
「ヤバイ、あいつ立ち上がったよ!」
 ついでにアソコもさっきより勃っている。
「3人まとめてヤってヤル!」
 標的にされてしまった蘭香と碧流は青ざめて息を呑んだ。
「「えっ?」」
 二人同時につぶやいた。
 友人まで危険に晒すわけにはいかない。華艶が叫ぶ。
「いいからあたしを置いて逃げて!」
「そんなことできわけないでしょう!」
 必死に訴える蘭香に碧流も続く。
「華艶と友達になっちゃったのが運の尽きってことで、あはは」
 ここで華艶は真剣な眼差しで。
「でも、あんな童貞にヤられるのイヤでしょう?」
 それは破壊力抜群の言葉だった。
 碧流はニコっと笑った。
「うん、あたし華艶のこと信じてる!」
「そうね、わたしも華艶を信じるわ……がんばって!」
 二人は逃げた。華艶を置いて逃げた。
「ちょっ、マジで置いてく気~っ! 置いてけって言ったのあたしだけど、この薄情者!」
 華艶の声に二人は途中で立ち止まり振り返り、親指を立てて微笑んだ。
 ――グッドラック!
「幸運なんて祈らなくていいから戻ってきて~っ!!」
 だがもう二人は華艶の声が届かないところまで走って逃げていた。
 こんなことをしている間に、〈スイカの王〉が股間のバットを華艶に突き立てようしていた。
 ビキニパンツに手がかけられた。
「いやっ、それ以上やったらヌッコロス!」
 華艶は無事な足で〈スイカの王〉を蹴りまくる。だがビクともしない。
 抵抗も虚しくパンツが脱がされてしまった。
 〈スイカの王〉の瞳が輝いた。
「ヌォォォォォ、パイパン!」
「だから~、それは今日は水着だから、えっと処理してたら全部……ってもういい加減にしろ!」
 炎を宿した足で〈スイカの王〉の胸板を蹴飛ばした。必殺技を叫ぶ余裕もなかった。
 その蹴りもビクともしない。
 華艶は両手首を押さえられて、覆い被さるように乗られて身動きが封じられた。
「いやっ、この童貞!」
「オレは童貞を捨てるゾォォォォォッ!」
 秘裂に股間バットの先端が当たった。
 ヌフッ、ヌフッ。
 先端は秘裂を何度も擦った。挿入前の前戯を楽しんでいるのではない。
「入らないゾォォォォォッ!」
「童貞が手を添えないで挿入れとうなんて100年早いのよ!」
 ましてや濡れてもなく、閉じている秘裂だ。そう簡単には華艶もヤられはしない。
 〈スイカの王〉は華艶のアドバイスを聞いて、自らの股間バットを握り締め、もう片手で華艶の秘裂を器用に開いた。
「ひと突きにしてやる!!」
 だが、なかなか挿入して来ない。
 〈スイカの王〉は震えていた。
 感動に打ちひしがれていたのだ。
「ついにオレは……オレは……」
 泣き出した〈スイカの王〉。目から落ちる涙は――蟲だった。
 ぼとぼとっと華艶の躰に墜ちてくる蟲。
「ぎゃあああっ、蟲とかありえないし!」
 〈スイカの王〉の躰に詰まっているのは蟲。
 肉体の中で蠢いている蟲。
 そんなヤツに華艶は犯されようとしているのだ。
 しかし、このとき華艶の両手は自由になっていた。〈スイカの王〉が童貞喪失に集中してくれたおかげだ。
「火拳!」
 華艶の拳はスイカ頭を打ち砕く!
 ここで華艶はある致命的なミスを犯していた。
 爆発したスイカ頭と共に蟲が飛び散った。
 そして、失った首から噴き出してきた大量の――蟲。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
 叫んだ華艶だったがすぐに口を閉じた。蟲が口の中に入ってきてしまう。
 華艶の躰が蟲まみれになる。逃げようにも屍体が覆い被さっていて、邪魔で重くて動けない。
 蟲は華艶の秘所を目指していた。
 それは童貞喪失の執念か!
 蟲が屍体を抜け出した今しかチャンスはないと華艶は思った。
「灼熱竜巻砂塵!」
 爆風と共に炎が渦を巻いて、辺りの砂を巻き上げた。
 業火と灼熱の砂が蟲を焼き殺しながら舞い上げる。
 すべてを灰に――。
 一匹たりとも残さない。蟲を根絶やしにするまで炎は灯火を絶やさない。
 それは日差しよりも熱く、夏の日に輝く不死鳥。
 炎と砂塵が鎮まり、灰が風に飛ばされた。
 ぐったりと燃え尽きた華艶。
「もうやだ……」
 これで終わったかに思えたのだが……。
 どこからともなく不気味な声が響き渡ってきた。
「我は腐った〈スイカの王〉。この世にアベックがいる限り、何度でも蘇ってヤる!!」
 どっと華艶は溜め息を落とした。
「来シーズンが心配だわ……」
 来年はこのビーチに来るのはやめようと思った華艶だった。

 真夏の王(完)


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