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第6話_未知との遭遇 |
玄関のベルが鳴り、ルーファスはドアを開けた。 「ルーちゃんあーそぼ♪」 現れたのは今日も笑顔全快のビビ。 ルーファスはあからさまに嫌そうな顔をした。 「明日、追試があるから勉強しなきゃいけないんだ(昨日もロクに勉強できなかったし)」 「え~っ、勉強なんてしなくても結果は同じだよ」 「それってどういう意味?」 ビビはひとつ咳払いをして、ファウストのモノマネをした。 「赤点決定だ!」 「追試で赤点なんてシャレにならないから(今のモノマネぜんぜん似てないし)」 「いいじゃん、遊びに行こうよ!」 ビビに腕を引っ張られたルーファスが苦痛を浮かべる。 「うっ!」 決してビビが怪力だったというわけではない。 「どうしたのルーちゃん?」 「筋肉痛なんだ(運動した覚えなんてないのに)」 ローゼンクロイツが出てきた夢を見た後から、どういうわけか筋肉痛だった。 筋肉痛だって言ってるのに、それでもビビはルーファスを外に連れ出そうとする。 「筋肉痛くらいじゃ死なないから平気だよ」 「死ぬか死なないかって極端だし、追試の勉強があるって言ってるじゃないか」 「アタシいいこと考えちゃった!」 自慢げに鼻を鳴らすビビ。物凄くイヤな予感がする。 ルーファスは無言で玄関を閉めて、ビビを外に閉め出した。もちろんカギも掛けた。 これでビビが〝いいこと〟を言う前に防げた。 でも代わりにドアの向こうでビビが喚き出した。 「ひっどーい! ルーちゃんバカ、シネ!」 ドアを殴る蹴る。家ごと壊しそうな勢いだ。 ルーファスは聴こえないフリをしてソファに座った。 「あー聴こえない聴こえない」 両耳を塞ぐと、本当に聴こえなくなった。 「……あれ?(案外すぐに諦めた?)」 が、ルーファスの前に現れるピンクのツインテール。 「ちゃちゃ~ん、ビビちゃん登場!」 「うわっ!」 驚いたルーファスはソファごとひっくり返った。床に後頭部も打ってこれは痛い。 倒れたままのルーファスの真横に立つビビ。ミニスカからパンツが見え……。 「ルーちゃんのえっち!」 スカートを押さえたビビは手短な魔導書を投げた。もちろんルーファスの顔面にヒット。 「ぐわっ!」 これも痛い。 顔面強打、後頭部強打、筋肉痛も酷い。どういうわけかルーファスは日ごろから怪我が耐えない。 ソファを直すルーファスも辛そうだ。 やっとのことで直したソファに腰掛けるルーファス。目の前にはビビ。こうなったら、もう〝いいこと〟を聞くしかない。 どうやって家に侵入したか、それを聞かないのは、侵入されることがごく日常の出来事だからだ。どっかの誰かさん、具体的に言うとカーシャのせいで。 「でさあ、いいこと考えたってさっき言ってたけど……?」 「聞きたい? どうしてもって言うなら教えてあげてもいいかなぁ」 「じゃあ教えてくれなくていいよ」 と、ルーファスが言った瞬間、ビビは空のマグカップを握って振り上げた。無言の脅しだ。しかもビビちゃん満面の笑み。 ルーファスは顔を引きつらせた。 「お、教えてくださいお願いします(ってなんで頼んでるんだ)」 それは脅されてるからだ。 「では、発表します! アタシがルーちゃんの筋肉痛を直してあげる!(一度、人の身体をボキボキって鳴らしてみたかったんだよねー)」 整体っていうか、ビビがやったら粉骨。そもそも筋肉痛は整体じゃ治らない。 「丁重にお断りします。私はこれから勉強があるんだ、さっ、帰った帰った」 「ええ~っ、ルーちゃんガリ勉じゃないじゃん」 「今日はガリ勉なの(新年度早々追試を落とすなんて絶対ありえない)」 「だったらアタシが追試の勉強に付き合ってあげる!」 嫌な顔をしたままルーファスは無言になった。 ルーファス1人でもトラブルメーカーなのに、ビビがいたら何が起こるかわからない。 しかも、追試とは――召喚術の追試だ! 思い起こせばそれがビビとの出逢い(出遭い?)だった。まだビビがやって来て1ヶ月も経たないが、あ~んなことやこ~んなこと、いろいろなことがあった。 今回の追試は、実は再追試だったりする。ビビが召喚してしまったのが、1回目の追試だった。それを泣きの1回で、再追試が行なわれることになったのだ。ああ見えてファウストは実は甘い。 だから!! 絶対に今回の追試を落とすわけにはいかなかった。まあ1つくらい赤点を取ってもまだ後があるが、そんな気持ちだからルーファスは毎年進級時期になると、死にそうな苦労をするのだ。 なので、毎年新年度がはじまって1ヶ月くらいは気合が入っている。今年はその気合がどこまで続くことやら? ルーファスはビビの身体をクルッと180度回転させて、そのまま肩を押して玄関へ直行。 『えっ? なに?』みたいな顔をして、目をパチパチするビビ。そのまま玄関から出せれ、再び鍵を閉められた。 「ふぅ」 ひとまずため息を付くルーファス。が、すぐにビビが部屋の中から走ってきた。 「どうして外に出したの!」 ほっぺたを丸くして、ビビは頭から湯気を出していた。見るからにご立腹だ。 ルーファスはビビをナメクジみたいなじと~っとした眼差しで見た。 「だからぁ、勉強があるから……邪魔なの」 「がびーん!(邪魔!?)」 邪魔? じゃま? パジャマ!? たったひとことがビビの胸に突き刺さる。 「ルーちゃんのばか……ぐすん」 目じりに手を当てながらビビは走り去ってしまった。窓の外へ。 残されたルーファスは難しい顔をした。なにがなんだかサッパリなのだ。乙女心は複雑なのだ。 「…………(なんでバカって言われたんだろう?)」 まあ、とにかくこれで独りなれたわけだ。ルーファスはさっそく勉強……気配を感じて、ルーファスは振り向いた。 「……っ!(まだいたのか)」 窓枠に両手を乗せて、鼻から上を覗かせているビビ。その瞳は睨むような感じでルーファスを見ている。 ルーファスは深く頷いた。 うん、見なかったことにしよう♪ ルーファスの家の地下室はだだっ広い。敷居などはなく、壁際に棚が並べてある程度で、家具なども特にない。 この地下室はルーファスが越してくる前からある物で、どうやら前にこの家に住んでいたのは魔導師だったらしく、魔導の実験や実践をするために、この地下室を作ったらしい。 地下室の壁などは特別な鉱石で造られており、並大抵な攻撃では破壊もできない。ルーファスはここで何度も爆発事故を起こしているが、一度も壁が傷付いたことはなかった。 「よし、やるぞ!」 ルーファスは気合を入れた。その脇には魔導書が抱えられ、もう片方の手は水生ペンキを持っていた。 教科書や魔導書をいくら読んでも、実践ができなくては意味がない。その結論に至ったルーファスは、明日の追試試験と同等レベルの召喚を試みることにしたのだ。 果たしてルーファスは無事召喚を成功させることができるのか! と、いうわけでまずは下準備だ。 はじめにすることは、召喚術に必要なグッズを用意することだろう。 高度な召喚には、それなりの道具が必要である。道具は召喚によって異なり、代用品も使えるが、やはり正規の道具のほうが失敗は少ない。 クリスナイフ、魔鏡の類、メダル、骸骨、神木、特別な布、生贄などなど、挙げれば切がない。 魔法陣を描くための道具としては血を使ったりするが、クレヨンやペンキで代用するのが主流である。今日使うペンキは蛍光塗料入りのピンクだ。ホームセンターのバーゲンで特価だったらしい。 魔法陣を描く色も重要だが、まあぶっちゃけ成功するときはするし、失敗するときはするので、ルーファスは何色で描いても同じだろう。 召喚する相手の中には、決まった時間にしか応じない者もいるが、今日はフリータイムの相手を召喚することにした。 他にすることは、召喚に前に身体を清めたり、集中力を高めるなにかをしたりするが、ぶっちゃけルーファスはめんどくさかったので省いた。 その代わり、『お清めは体の中から♪』が謳い文句の、清涼飲料(聖水風味)を1瓶開けてガブ飲みした。ちなみにテレビ通販で1ケース12本入りを購入したらしい。 ルーファスはお香に火をつけた。前回の追試ではこのお香で躓いた。使ったお香が身体に合わなかったらしく、くしゃみをしてしまったのだ。今日はちゃんと選んだから万全だ。 魔導書を開いて呪文を唱えはじめる。そして、右手に持つ棒のようなものを翳した。 一字一句間違わず、詠むのが下手か上手いかではなく、気合が重要! 人生気合でなんとかなるものだ。 最後の1行を読む前に、ルーファスは大きく息を吸い込んだ。 「出でよ、契約の名のもとに!(完璧だ!)」 これほど自分自身でも『決まった!』というような、そんな清々しい召喚ははじめてだった。 なのに……様子が可笑しい。 スモークに写るシルエットが怪しい。 体の割りに頭がデカイシルエット……ま、まさかアフロヘアーのトイレのベンジョンソンさん!? ――ではなかった。 防御用の魔法陣を超えてルーファスに襲い掛かる触手! ヌメヌメ、ツルツル、グチョグチョだ! 「ぎゃぁぁぁっ!」 叫び声をあげるルーファス。 ルーファスは持っていたクリスナイフで触手を振り払おうとしたのだが……。 「持ってたのクリスナイフじゃないし、フライ返しだし!」 必死に触手をかわしたルーファスが次に見た物は? 「よく見たら聖布だと思ったの僕のパジャマだし!」 おまけに……。 「お香が蚊取り線香に替わってるし!!」 怪奇現象だ。 ルーファスは見てしまった。 1階に続く階段の影から、こちらを見るビビの姿を。ホラーだ。 召喚用の魔導具をビビが全部コッソリ取り替えていたのだ。 「なんてことをしてくれたんだビビ!」 「だって遊んでくれないんだもん」 なんて短絡的な犯行。無邪気でお茶目じゃ済まされないぞ! タコみたいな触手が部屋中をウネウネする。 必死なルーファスは筋肉痛も忘却して逃げる。ビビを抱きかかえて1階まで逃げた。 すぐ真後ろからは触手の先端が迫っている。足首をつかまれルーファスがコケたっ!! 抱かれていたビビが宙を飛ぶ。 転んだルーファスは積んでいた魔導書にダイブ! 本の山の中から引きずり出されるルーファス。もちろんルーファスを釣り上げたのはルアーじゃなくて、謎の触手。 ビビは異空間から大鎌を召喚した。 「ルーちゃん!」 ルーファスを助けようとビビが大鎌を大きく振り上げた。 だが……大鎌は見事に天井に刺さった!! 「ぬ、抜けないよぉ」 ビビは大鎌を抜こうと力を入れるが、まったく抜ける様子がない。 その間もルーファスは床を引きずられている。必死に床でクロールをして抵抗するルーファス。 ビビの目にマグカップが目に入った。 次の瞬間、ビビはマグカップを全力投球していた。 豪速でぶっ飛ぶマグカップは見事命中……ルーファスに。 「ぐわっ!」 鼻血ブー! 奇跡が起きた。 鼻血を浴びた触手がルーファスを解放して、逃げるように引き下がって行ったのだ。 やっぱり誰でも鼻血なんて浴びたくない! 万国共通なのだろう。 取っ手の取れたマグカップを見てルーファスが叫ぶ。 「僕の大事なマグカップが!!(母さんが魔導幼稚園に入園したときに買ってくれたものなのに!)」 10年以上前から愛用していた、年期の入ったマグカップだった。 ビビは大鎌を抜くのを諦めてルーファスの腕を引っ張った。 「早く!」 「ぼくの……マグカップが……」 「マグカップくらいアタシがプレゼントしてあげるから、早く逃げよ!」 「……マグカップ」 「ルーちゃんのばかっ、早く逃げるよ」 強引にビビはルーファスを家の外まで引っ張り出した。 家の外はものスッゴイ平和だった。小鳥の鳴き声すら聴こえてくる。 近隣の住人たちは今そこに迫る危機を知る由もなかった。 玄関をブチ破って触手が外の出ようとしている。 ビビはルーファスの袖に抱きついた。 「ルーちゃん……」 「いったいなにが……(僕はなにを召喚してしまったんだ?)」 ついに怪物はその全容を現そうとしていた。 な、ななななんと! 現れたのは……。 「タコだね」 ビビが呟いた。 それに対してルーファスは、 「いや、イカでしょ?」 と反論した。 見た目も色もタコに近い。けれど、脚の数が数え切れない。そして、長い触手に騙されるところだったが、背丈はルーファスと同じくらいしかない。 しかし、侮ることなかれ! 脚の長さは伸縮自在、吸盤つきで高性能? 謎の怪物の出現に、近隣の住人たちも気付きはじめたが、みんな家の中に閉じこもって見なかったことにした。カーテンまで閉めてしまっているが、ちゃっかりカーテンの隙間から外の様子を窺っている。 謎の怪物が触手をクネクネさせている。 『我々ハ、うちゅうじんダ』 「我々って1匹だけじゃん!」 ナイスなビビのツッコミ。 いや、そんなところにツッコミを入れる前に、もっといろいろあるような気が……。 ルーファスは真剣な顔をして、額から冷や汗を流した。 「いったいあの怪物……の名前は?」 怪物がどこから来てどのような存在なのか、そんなことを差し置いて、ルーファスにとっては名前のほうが重要だった。 そして、ルーファスは命名する。 「よし、奴の名前はイカタコだ!」 「え~っ、タッコーンがいいよぉ(ルーちゃんセンスな~い)」 「ならイカンタコがいいよ(真っ赤な感じが、怒ってる感じでイカンみたいな)」 「じゃあ、イカタッコン星人でいいじゃん?」 「よし、それで決まりだ。奴は今日からイカタッコン星人だ!」 勝手に命名された。しかもビミューなネーミング。 そんなどーでもいいような、どーでもよくないような、意外に重要な話をしている最中に、魔の触手はすぐ足元まで迫っていた。 「きゃっ!」 短く叫んだビビの身体が浮いた。その足首に巻きつく触手。ビビはそのまま逆さ釣りにされてしまった。 「頭に血がのぼるよぉ~」 逆さ釣りにされたことによって、顔がむくんでしまう。これが長時間続くととっても危険だ! 「大丈夫ビビ!」 真剣な顔をするルーファスの鼻から……赤い液体が……鼻血だ! ついさっき流した鼻血が、なんらかの原因でぶり返したのだ。 なんらかの原因とは……? ルーファスの泳ぐ視線の先を追ってみよう。その視線に点線を引いた先にあるものは、大股開きでパンツ全快のビビの姿。逆さ釣りにされてパンツ丸見えだった。 そんなことで鼻血を流すなんて、ルーちゃん免疫なさすぎ! しかし、触手に美少女の取り合わせは、ちょっとえっちぃかもしれない。 ルーファスは鼻血を袖で拭き、呪文を唱えた。 「ウィンドカッター!」 風の刃がビビの真横を掠めた。 「わおっ、アタシまで殺す気!」 「ご、ごめん(だってあんまりそっち見れないから狙いが定まらない)」 ヌルヌルの触手がビビを捕らえて放さない。 再びルーファスが鼻血をブー! その鼻血を浴びたイカタッコン星人が、どういうわけか暴れ出した。 やっぱりルーファスの鼻血が不潔だからか! イカタッコン星人が奇声をあげて暴れる隙に、ビビが逃げ出した。 上から落ちてくるビビをルーファスが見事キャッチ……背中で。 「ルーちゃんアタシのお尻の下でなにやってるの、早く逃げるよ!」 「いや……キャッチしようと思ったんだけど」 「運動神経ゼロなんだから、できないことに挑戦しないの」 「……はい(別に運動神経ゼロじゃないんだけど)」 2人がそんな会話をしていると、イカタッコン星人が再び襲い掛かって来ようとしていた。 こうなったらあれしかない! 逃げるが勝ち。スタコラサッサとルーファスとビビはトンズラした。 世の中、見なかったことにする、もしくはなにもなかったことにするのが1番である。 というわけで、ルーファスとビビがやって来たのは、カーシャの自宅だった。 「お前から尋ねて来るとは久しぶりだな(……しかもビビ同伴……もしや、いつの間にかルーファスとビビは親密な関係に……なんてな、ふふ)」 そう言いながらカーシャは空のカップを2つテーブルに置いた。セルフサービスだから自分で勝手に紅茶でもコーヒーでも淹れろよ、という暗黙の意思表示である。 ルーファスはビビの分のカップも持ってキッチンに向かった。 一方ビビは、驚いた顔をしながら部屋中を隈なく観察していた。 ピンクのテーブル、ピンクの椅子、ピンクの家具と小物、大量に飾ってあるぬいぐるみもピンクだ。目が痛いだけでなく、なぜか心も痛くなる光景だ。 カーシャは自分のことをなにか言いたそう見つめるビビに気づいた。 「なんだ?(なんだその珍獣でも見るような眼つきは)」 「カーシャってピンク好きなの?(……ちょっと意外)」 「悪いか?(喧嘩なら買うぞ)」 「ぜんぜん、アタシもピンク好きだし。ほら、アタシの髪の毛もピンクでしょ?」 ビビの髪の毛はピンクのツインテールである。 カーシャは目を伏せて黙り込み、しばらくしてボソッと呟いた。 「……最悪だ(こんな小娘と趣味が被るなど、生き恥以外のなにものでもない)」 「ひっどーい、最悪ってなにそれ!」 「いつかお前の髪を緑に染めてくれるわ(毒気が抜けてクリーンになれるぞ、ふふ)」 「ピンクはカーシャだけのものじゃないんだからね!」 小さな言い争いが大きな争いに発展する前に、2人の間に湯気の薫るカップを持ったルーファスが割って入った。 「はい、コーヒーと紅茶、好きなほう取ってね」 ウサギ柄とネコ柄のカップがテーブルに置かれると、2本の手が伸びてカップを2つ持っていった。紅茶をビビ、コーヒーをカーシャ、ルーファスの分がない! 「あのぉ、私の分がないんだけど?」 「そんなの自分で淹れればよいだろう」 バッサリ切り捨てたカーシャさん。 「(だから今、淹れた来たのに……カーシャが取るんだもん)」 その言葉をルーファスは心だけにとどめた。 またキッチンに向かおうとしたルーファスの背中をカーシャが呼び止めた。 「で、なんの用があって来たのだ?(意味もなく人の家に尋ねに来るはずがない。妾は意味なくルーファスの家に行くがな)」 ルーファスが振り返った。 「いや別に、せっかくの休日だし散歩ついでに遊びに来たって言うか」 「ビビと一緒にか?(まさかデートか!)」 「それどういう意味?」 「(妾の考えすぎか、デートで人のうちに遊びに行く戯けはいない……いや、ルーファスは無神経というか、うといからやるかもしれんな)別に意味はない」 「そう(……なんであんなこと聞いたんだろう?)」 首を傾げながらルーファスはキッチンに消えた。 ビビは近くにあったリモコンを手にとって、いつの間にか勝手にテレビを見ていた。 「なんかおもしろいテレビやってないかぁ」 次々とチャンネルが回され、画面にアニメが映された。それを見てビビは目を丸くした。 「プリティミューの再放送じゃん!」 プリティミューとは、ゴスロリ姿の主人公が世界の平和を守るため、悪の軍団ジョーカーと戦うアニメである。 チャンネルが突然変わった。 「人のうちで勝手にテレビを見るな」 カーシャだった。ビビからリモコンを奪って、適当なチャンネルに変えてしまった。 ビビはすぐにリモコンを取り戻そうと腕を伸ばした。 「テレビくらい見たっていいじゃん」 「テレビのチャンネル権は家の主にあるものだ」 「なにその権利」 「いいから勝手にテレビを見るなと言うておるだろう」 「ケチ!」 リモコンを奪い合って争いがはじまってしまった。今リモコンを持っているのはカーシャだ。 腕を上いっぱいに伸ばして高く上げられたリモコンに、飛びつこうとビビがジャンプする。 そんな光景を見ながらいつの間に戻って来たルーファスは思う。 「(テレビ本体でチャンネル回せばいいのに)」 2人の争いを止めに入らないのはルーファスの仕様だ。 ついにビビがリモコンを奪還した――と思ったらカーシャが奪い返す。チャンネルが次々と回される。 とある画面が映し出された瞬間、ついにルーファスが口を挟んだ。 「ストップ! 今の映像は……(見てはいけないものを見てしまったような)」 一斉にビビとカーシャの顔がルーファスに向けられた。 リモコンを握っていたカーシャが、ルーファスがストップをかけたチャンネルまで戻した。すると映し出された映像はニュース番組のようだった。 『王都アステアに突如現れた生物はその進路を徐々に……ぎゃ~っ!』 リポーターの男が謎の触手に巻き付かれてフレームアウトした。 なんか見たことのある触手だったが、ルーファスは見なかったことにした。 「やっぱりテレビは消したほうがいいよ、うん」 ルーファスがテレビ本体に手を伸ばそうとすると、その手首をカーシャによって掴まれた。 「待て、なんだ今のタコの足のような物は?(アステアと言っていたが、なにが起きているのだ?)」 プロ根性を見せるカメラマンは、その場から逃げることなくその映像を映し続けた。 町中で暴れまわる謎の生物。タコのような足で周りの家々を破壊するその姿。足の長さを含まない体長だけでも、2階建ての家に匹敵する高さだった。 のんびりと紅茶を飲みながらビビがひと言。 「なんか大きく育ってるねぇ」 最初に見たときよりも、だいぶ大きくなっているようだ。しかも、騒ぎが甚大になっていた。 自分が召喚しました――なんて口が裂けても言えない。 ルーファスは空になったカップを飲み続けた。 疑惑の眼差しでカーシャはビビを見た。 「あの怪物のことを知っているのか?」 「うん♪ ルーちゃんが召喚したの」 カーシャの視線を向けられる前にルーファスは逃亡しようとしていた。 「急用を思い出したから帰るね」 帰ろうとするルーファスの首根っこをカーシャが掴んだ。 「ちょっと待て、詳しい話を聞かせてもらおうではないか、ふふふ(面白いことになってきたぞ)」 慌ててルーファスが弁解をはじめる。 「ちょ、待ってよ。僕じゃないんだ、あの、その、ビビがさ、いけないんだよ。僕の召喚の邪魔するから」 「アタシなにも知らないも~ん、きゃは☆」 見事にしらばっくれた。こういうところが仔悪魔だ。見た目に可愛さに騙されるな! なんだか強引に話が進められ、気付けばルーファスはホウキの後部座席に乗せられていた。 ホウキを運転するカーシャにしがみついて、必死に振り落とされまいとするルーファス。 「カーシャもっとゆっくり!」 「悠長なことを言うな、現場が立ち入り禁止なる前に急ぐぞ!」 2人を乗せたホウキは王都アステア上空を低空飛行して、イカタッコン星人が視界に入るところまでやって来ていた。 ちなみにビビはホウキが2人乗りだったの置いていかれた。 ホウキはイカタッコン星人の上空をクルクル旋回した。 地上では治安部隊がイカタッコン星人をなだめようと、あれやこれやとテンテコ舞のようだ。 治安部隊がさっさと攻撃に出れないのは理由がある。それはイカタッコン星人にある一定の知性が見受けられたからだ。つまり、安易にイカタッコン星人に攻撃を加えてしまうと、文化圏を越えた国際問題に発展する場合があるのだ。 カーシャがホウキを地上に向けて運転しはじめた。 「よしルーファス、捕獲するぞ!」 「はぁ!?」 「うまく事が運べば賞金がもらえるかもしれん(そろそろ新しい魔導レンジに買い換えようと思っていたところだ)」 急降下するホウキに触手が襲い掛かってきた。 見事な運転でカーシャは触手の間を抜けた――が、ルーファスが振り落とされた。 「ぎゃ~っ!」 地面に向かって死のダイブ! 黒衣の影が地面を駆けルーファスの落下地点に立った。 謎の男が見事にルーファスをキャッチ! 「無事かねルーファス君?」 ルーファスをキャッチしたのはリューク国立病院の副院長――黒衣の魔導医ディーだった。今日はサングラスをかけている。 「どうしてディーがここに?(僕のこと抱きかかえながら、何気にお尻さわってくるし)」 「陽の下は苦手なのだが、負傷者が多数出たと聞いては来ないわけにはいかぬだろう」 ディーは触手の攻撃を軽やかにかわしながら、治安部隊が防御網を張る内側まで逃げ込んだ。 安全圏まで入ったというのに、ディーはルーファスを下ろそうとしなかった。 「あのさディー、下ろしてくれない?」 「駄目だ」 「なんで?」 「あんな高いところから落ちたのだ。軽い脳震盪を起こしているかも知れぬ、今すぐ病院で精密検査をしてもらうよ」 「やだ」 ルーファスは逃げるようにディーの身体から無理やり下りた。 なにかと理由をつけて入院させようとするのはいつものことだ。しかもルーファスに色目まで使ってくる変態だ! ディーと距離を置くルーファスの背後から、カーシャがヌッと顔を出した。 「なぜディーがここにいるのだ?」 「うわっ!(カーシャ!)」 驚いたルーファスが叫びながら飛び退いた。 嫌な顔もせずディーはまた同じことを答える。 「陽の下は苦手なのだが、負傷者が多数出たと聞いては来ないわけにはいかぬだろう」 と、言ってる間も、触手に引っぱたかれて男が空を飛んでいた。 イカタッコン星人はまるでハエ叩きのように触手を動かして、次々と治安部隊を空に飛ばしていく。 もう誰もイカタッコン星人を止めることはできないのか! 長い触手が逃げ遅れた近所の若妻に襲い掛かる! 男たちは散々ぶっ飛ばしたというのに、若妻はなぜか触手を巻かれて上空に釣り上げられた。 ヌメヌメでグチョングチョンの触手が若妻の太腿を這う。 カーシャがその光景を見てひと言。 「エロダコめ」 この瞬間、イカタッコン星人改めエロダコになった。 カーシャがルーファスに命令を下す。 「あの女を助けて恩を売って来い」 「助けるなんて無理だよ」 ここにディーが割って入った。 「そうだ、ルーファス君を戦いに赴かせるなど私が許さんよ(だが、怪我をさせて病院に連れて行くのもいいな)」 妄想をするディーの唇がいやらしく微笑んだ。エロイ人だ! そんな話をしているうちにも、若妻は触手の魔の手にあ~んなことやこ~んなことをされ、助けようとする治安部隊がハエのように叩かれていく。 やはりここはルーファスが行くしかないのか? しかし、へっぽこ魔導士ルーファスになにができるのだろうか? だがカーシャにとって、なにができるできないは関係ない。とにかくルーファスに行けと、ただそれだけだった。 カーシャがルーファスの身体を持ち上げ、人間ミサイル発射ッ!! 「ぎゃ~っ!」 投げられたルーファスがエロダコに一直線。その軌道に迷いはないが、ルーファスの心には迷いだらけ。なんの作戦もなしに敵に突っ込むなんて無謀すぎる。 「助けて!」 それがルーファスの最期の叫びだった。 触手が見事ルーファスを打ち返した、ホームラン! キラーン☆彡 ルーファスはお星様になった。 と、思いきや地上に落下。 すぐにカーシャが駆け寄った。 「大丈夫かルーファス? まだいけるな?」 返事はなかったが、カーシャは再びルーファスを持ち上げ、人間ミサイル発射! 気絶したままのルーファスは声も上げずに再びエロダコの元へ。 ルーファスは空中で目を覚ました。 目をパチパチさせながら、ルーファスは状況を把握しようとした。 眼の前まで迫る牛のような爆乳。成す術もなくルーファスは人妻に抱きつき、顔を爆乳に埋めていた。 次の瞬間、ルーファスの鼻から赤い噴水が放出された。 「ぐわーっ!」 鼻血ブー! 生温い鼻血をぶっ掛けられた触手が、人妻を解放して逃げていく。 またしてもルーファスの鼻血が触手を追い返したのだ。 人妻を偶然にも救出したルーファス。だが、触手から解放された人妻が地面に落下したとき、ルーファスはその下敷きになってしまっていた。しかも、ルーファスは気絶していた。 やっぱりルーファスはイケてない。 ルーファスが目を覚ますと、緊急用の医療道具で輸血されていた。 しかも、頭が乗せられているのはディーの膝の上だった。 思わずルーファスは飛び起きた。 「うわっ!」 「暴れないでくれたまえルーファス君、輸血中だ」 「輸血とかいいから、早くこの針抜いて!(気絶してる間に変なことされてないかなぁ、心配だ)」 「ルーファス君の頼みとあれば仕方ない」 本当に仕方なさそうにディーは輸血の針を抜き、その抜いた傷口を突然舐めた。思わず反射的にルーファスは腕を振った。 「やめてよ! それやらないでっていつも言ってるじゃん!」 舐められたルーファスの腕から傷が痕も残さず消えていた。ディーの唾液には治癒効果があるのだ。だが、ルーファスしてみれば、精神的に傷付く。 ルーファスは冷や汗を袖で拭いて、辺りを見回した。 病院のスタッフたちが怪我人たちをその場で手当てしている。慌しくはあるが、大騒ぎというほどではない。壊した家々を残してエロダコは姿を消していた。 「エロダコはどうなったの?」 ルーファスはディーに尋ねた。 「都の中心に向かっていると思われたが、急に進路を変えてシモーヌ川に向かったそうだ」 「カーシャは?」 「あの生物を追って行ったようだな」 ディーがなにか気配を感じて後ろを振り向いた。 こっちに誰かが走ってくる。 「やっと見つけたぁ!」 ツインテールをジタバタさせながら走ってきたのは、置いてけぼりをくらったビビだった。 「アタシのこと置いてくなんてヒドイよぉ(アタシが止める間もなくホウキに乗って行っちゃうんだもん)」 少し怒ったようすでビビは頬を膨らませた。 ルーファスは困った顔をして眉をハの字にした。 「いや、あの私がさ置いていったわけじゃなくて、カーシャが無理やり……ね?」 しどろもどろで弁解するルーファスだが、プンプンのビビは頬を膨らませたままだ。 「追いかけて来るの大変だったんだからぁ。アタシまだここの道とかあんまし覚えてないし、迷子になりそうになったんだからね!」 「だから私が悪いんじゃなくてカーシャがさ……(むしろ僕は被害者だ)」 「アタシが迷子になって変なオジサンに連れ去れてかれたら、どう責任取ってくれるのぉ?」 「いや、それは平気だと思うよ」 「どーゆー意味?」 「ビビだったら変なオジサンくらいコテンパンに出来ると思うから」 「ルーちゃんのばか!」 ビビのグーパンチがルーファスの頬にヒットした。 地面に倒れて死の境を彷徨うルーファス。きっとオジサンもこんな風にコテンパンにできる。ルーファスは身をもって実証したのだ。 気絶しかけたルーファスは身の危険を感じてすぐに立ち上がった。ディーの影がすぐそこまで迫っていたのだ。 ルーファスは手の平を胸の前に突き出してストップをかけた。 「大丈夫だから」 眼の前にはディーがいた。 「いや病院でレントゲンを取ったほうがいいだろう、頬骨が損傷しているかもしれん」 どうしてもルーファスを病院に連れて行きたいらしい。 しつこいディーをどうにかするには、これしかない! ルーファスは逃げた。 「さよならディー!」 とりあえず別れの挨拶はしたが目線は前。ディーの姿は完全にフレームの外だ。 「待ってよルーちゃん!(またアタシのこと置いてく気?)」 すぐにビビはルーファスを追って走り出した。 エロダコは王都アステアを東に向かって進行中。その大きさはいつの間にか、3階建ての家ほどの体に育っていた。きっと育ち盛りに違いない! 王都アステアの東には運河が流れている。エロダコはそっち方面に向かっているものの、その目的はよくわからない。 町中を爆進するエロダコの前に、兵士たちのバリケードが立ちはだかった。そのバリケードを率いているのは、白銀の軽鎧を着たブロンドの女魔導騎士エルザ。 エルザはルーファスも通っているクラウス魔導学院を首席で卒業したエリート中のエリート、最近また功績を上げて魔剣連隊の全権を任されるようになったらしい。 そんなお偉いさんのエルザだが、彼女は常に最前線での戦いを好み、なにか大きな事件を起こるたびに真っ先に王宮から現場に駆けつける。 今回エルザが出撃した理由は他にもある。それはエロダコが向かっている方向に問題があった。 王都の人口増加のため、川を挟んだ向こう側に新都市を建設中なのだ。基礎工事は終わり、川の近くには続々と建物が建ちはじめている。そんな場所でエロダコに暴れまわられたら、堪ったもんじゃない。 壊されてしまった建物は仕方がない。だが、これ以上被害を広めるわけにはいかなかった。 エルザは剣を抜いた。 「攻撃は必要最低限に止め生け捕りにしろ!」 先頭を切ってエロダコに立ち向かおうとしたエルザだったが、その足が不意に止められてしまった。 エルザの前に現れたのはホウキから下りてきたカーシャ。 「チッ……エルザか(騒ぎが大きくなって王宮から派遣されてきたか)」 「カーシャ先生?(女狐め、どうしてこんなところにいるのだ)」 2人の女の視線の間で火花がバチバチ散っていた。 実はこの2人、犬猿の仲なのだ。てゆーか、カーシャはいろんなところに敵作りすぎ。 生徒と教師の関係だった期間は長くなかったが、因縁はアステアで大人気のアイスクリームチェーン店のバニラよりも濃密だ。ちなみにオススメはバニラよりも、ペパーミントだ。 エルザの剣はカーシャに向けられていた。チャンスがあれば斬る気満々。 「部外者は早々に立ち去ってもらえませんか?(トラブルメーカーに居座られたら任務遂行に支障が出る)」 「退避命令に逆らった時の罰則はこの国にはない(エルザがいるとなれば、とことん邪魔してくれるわ)」 「公務執行妨害を適応しますが宜しいですか?」 「職権乱用で訴えてやる」 2人の間の火花はどんどん大きくなっていく。 エルザがカーシャを構っている間にも、部下たちが一生懸命エロダコに立ち向かっていく。だが、エロダコは強かった。 ウニョウニョした身体は魔法を弾き、剣を突き立てようしても滑ってしまうのだ。 まさか……エロダコ最強伝説!? 王都アステカは1匹のエロイタコのせいで、儚くも滅びてしまうのか……。やはり煩悩は活力の源、生物に偉大なパワーを授けてくれるものなのだ。実際、このエロダコが本当にエロイ思考を持っているかはわからないのだが――。 エロダコはカーシャが勝手に命名した名前だ。ちなみに過去を振り返ってみると、ビビはイカタッコン星人と名づけた。正式名称は未だ不明である。 三大魔導大国の精鋭たちが、次々と空を飛んでいく。そんなことも気付かずに、エルザはカーシャと言い争いを続けている。 「いい加減にしないと斬るぞ?」 ついにエルザが切っ先をカーシャの首元に突きつけた。 「ふふっ、斬れるものなら斬ってみろ。正当防衛を盾に返り討ちにしてくれるわ」 カーシャも鉄扇を構えて戦闘態勢に入った。 もうエロダコなんてそっちのけだ。 そんな状況下の中に遅れてルーファス&ビビが駆けつけた。 が、いきなりビビが触手に捕まった。早っ! 「きゃん! 助けてルーちゃん!」 「なんでいきなり捕まってるの!(だって今横に立ってたじゃん)」 逆さ釣りではなかったが、ルーファスの位置からビビのパンツ丸見え。けどパンチラくらいじゃ、さすがに鼻血は出ない。が、恥ずかしくてそっちの方向を見れない。 ルーファスは地面から目を離せなくなった。 「今助けるから待ってて!」 とは言ったが、エロダコを見ていなかったために、触手がすぐそこまで迫っていたことに気付いていなかった。 ビビが叫ぶ。 「ルーちゃん危ない!」 「えっ?」 振り向いた瞬間にルーファスは触手に叩かれて空を飛んでいた。 なんだか今日はいろいろと空をよく飛ぶ日である。特技に〝お星様になる〟を加えてもいいくらいだ。あと鼻血もついでに加えてもいいと思う。 ルーファスが石畳の上でへばっている間も、ビビはヌメヌメのゲチョゲチョでウニョウニョの触手に弄ばれていた。 タイツを破られ、上着を剥ぎ取られ、脇やお腹に触手が這う。 「きゃははは、やめっ……きゃは、あははは……くすぐったい……きゃん!」 ヌルヌルの触手が身体中を這う。これは立派な拷問だ。このままではビビが笑い死にしてしまう! なのにルーファスは地面に倒れたまま動かない。 なのにカーシャとエルザは言い争いの真っ最中だったり。 なのに精鋭の魔導騎士たちじゃエロダコに歯が立たないし。 「きゃははは、ちぬ……笑い……ちぬ……ぎゃははは」 ビビは笑いすぎて窒息しそうだ。笑顔で死ねるなんてラッキーだね、なんてジョーダンも言えない状態だ。 そしてついには、カーシャばかりに気を取られていたエルザまでもが、触手の餌食になってしまった。 それを見てカーシャがボソッと。 「ざまを見ろ、ふふっ」 なんて余裕ぶっこいていたのも束の間、カーシャも触手に巻かれて宙吊りにされてしまった。 「妾としたことが……笑えん、ふふっ……うふふふ……ぷぷぷっ」 笑えない状態に陥ってしまったが、そこら中から笑い声が響いてくる。漫才ショーなら大盛況だ。 誰もエロダコの暴虐を食い止めることはできないのか! そんなとき、空色ドレスの何者かがエロダコに喰らい付いた!! 「うん、なかなか美味しいよこれ(ふあふあ)」 触手を噛み切ったのはローゼンクロイツだった。てゆーか、よくそんなグロイ触手を食べれるますね! くすぐられながらカーシャが聞く。 「ふふふっ、なぜ……クリスちゃんが……ぷぷっ……ここに?」 「ふにゃ? なぜって魚介類好きのボクとしては、謎のタコに似た軟体動物がいると聞いては、見に来ないわけにいかないからね(ふにふに)」 ただの野次馬かよ! しかし、ローゼンクロイツはアステア王国でもハイクラスの魔導士だ。もしかしたらこの状況を打開してくれるかもしれない。 「やっぱり王道のタコヤキかな(ふあふあ)。それともタコのから揚げなんかも乙だよね(ふにふに)」 ぜんぜんみんなを助ける気ゼロ。その代わり喰う気満々。 触手がローゼンクロイツに襲い掛かる。それも確実に叩く気で襲ってきている。やっぱり〝女の子〟じゃないからだろうか。 羽毛が舞うように軽やかにローゼンクロイツは触手を避けた。さすがはローゼンクロイツ。空色ドレスでふあふあしているように見えて、実は運動神経抜群で勉強までできる嫌味な奴だ。 「タコヤキだと何個くらい焼けるかな(ふあふあ)」 考え事しているローゼンクロイツは避けるばかりで攻撃しようとしなかった。攻撃はメニューが決まってからだ。 ローゼンクロイツはエロダコの気を惹いている間に、この場には黒い医師が率いる白い医師団が来ていた。 ディーがルーファスに駆け寄る。 「大丈夫かねルーファス君?」 その声を聞いてゾッとしたルーファスが飛び起きた。 「はい、大丈夫です!」 今まで気絶していた人とは思えないハツラツぶりだ。 ディーはルーファスを舐め回すように見ている。 「かすり傷を負っているようだね。すぐに私が舐めて――」 「お断りします!(死んでも嫌だ)」 キッパリハッキリ言い切った。 本当に残念そうな顔をするディー。 「君が言うなら仕方あるまい(……しかし)」 そのままディーの視線はエロダコに向けられ、彼は話を続けた。 「ルーファス君を傷つけるなど、絶対に私が許さん(切り裂いて殺してやる!)」 サングラスの奥でディーの眼が紅く光った。 ディーの手にはいつの間にかメスが握られていた。しかも二刀流だ。 静かに地面を駆けてディーがエロダコに襲い掛かった。 音もなく静かに、輝線だけを走らせて、触手が次々とメスによって切り刻まれていく。 剣では歯が立たなかったというのに、なんというメス切れ味だろうか。その巧みの業、切り込む角度、そしてタイミング。心技一体のハーモニーが、触手切断を可能したのだ。 細切れにされていく触手の中でビビが解放され、カーシャやエルザも笑い地獄から解放された。 横から乱入してきたディーを見て、ローゼンクロイツがワザとらしい嫌な顔をした。 「このタコ、ボクの夕食だよ(ふに~)」 「喰うのは好きにしろ。ただし、こいつは私が殺す」 「料理は捌くところからやらなきゃいけないんだ(ふにふに)」 「この街で魚を捌かせたら私の右に出る者はおらんよ。私の華麗なメス捌きを魅せてやろう!」 ……まさか、この展開は? 魔導士ルーファス料理対決がはじまってしまうのかッ! ついに幕を開けた魔導士ルーファス料理対決。 そして、カーシャまでもがこの戦いに乱入してきた。 「食を制する者は世界を制す!」 カーシャの口から放たれた意味不明なひと言。 立ち尽くしながらも、呆れた眼を向ける仔悪魔ビビ。ばっかじゃないの、いつものやつがはじまりましたね。カーシャの思いつきに振り回されるほど、アタシは子供じゃない。 だが、薄笑いを浮かべて動じないカーシャ。 おまえたちはいつものように、黙って妾の言うことに従っていればいい。しょせんお前たちは遊び道具でしかないのだから。ビビたちを見つめるカーシャの眼は、そう語っているかのようだ。 だがこのあと、意外な人物の口から誰もが予想しえなかった言葉が! 呆れ顔のビビを嘲笑うかのように、次々と名乗りをあげる挑戦者たち。 魔導医ディーは呟く。 「……ククッ、望むところだ料理対決」 私を舐めるなよ、魚を捌かせたら王国一の腕前だ。悪魔の手を持つディーのメス捌きが今日も冴えるのか! 挑発的なカーシャの眼がローゼンクロイツに向けられる。 「魚介類マニアとして、この勝負、負けられないのではないか?」 「いいよ、この勝負受けて立つよ(ふあふあ)」 いいでしょう、ここはあんたの言葉に乗せられましょう。でもね、その代わりボクがやるのは真剣勝負。死人が出ても知りませんよ。そう言いたげなローゼンクロイツの不敵な笑み。 次にカーシャが目線を向けたのはエルザだ。 「いいのか? 王宮のエリート魔導騎士として、この状況を放って置く気か?」 「わかった。そういうことなら私もやろう」 しぶしぶ重い腰を上げる高級官僚エルザ。勘違いするな、私は王宮に仕える身として放っておけないだけ。見え透いた挑発に乗るほど馬鹿じゃない。 再びカーシャの視線がビビを見据える。 「もう一度聞こう、どうするビビ?」 「やるってば、やればいいんでしょ!」 みんながやるならアタシだって黙っていられない。けどね、本気になったアタシをあんたたちは止められるのかい? 乗り気じゃなかった仔悪魔ビビまでもが、闘志を剥き出しにして食って掛かる。 そしてこのあと、黙して語らなかったあの人物から信じられない言葉が! 「あ、あのさぁ……なんで料理対決なの?」 この状況を呆然と見ていたルーファスの的を得た正論! 大波乱を迎えた魔導士ルーファス料理対決、いったいどうなってしまうのかッ! 料理対決がはじまる寸前、ルーファスの言葉でエルザは我に返った。 「……危ない女狐の謀略に乗せられるところだった」 もう少しで任務も忘れて意味不明な展開になるところだった。 ルーファスの言葉ならちゃんと聞くディーも正気を取り戻していた。 「ルーファス君の言うとおりだ。料理対決など関係なくこの怪物を処理せねばらん」 2人がまともな思考を取り戻したというのに、桃色と空色はまだバカなことをやろうとしていた。 ビビは大鎌で触手をスライスしようと奮闘し、ローゼンクロイツは日傘に魔導を宿した光の剣で華麗な包丁(?)捌きを魅せる。 果たしてどんな料理ができあがるのか! それを見守っているのは、胸の谷間から緑茶のペットボトルを取り出して飲んでいるカーシャ。あんたの胸は四次元ポケットかっ! ローゼンクロイツによって捌かれていく触手。だが、まるで単細胞生物のなみの再生力で、次から次へと新たな触手に生え変わる。これじゃあ、食べても食べてもなくならない! そして、ついに料理が完成したらしい。 近くの民家から運び出したテーブルとイス、そこに座るのはルーファス。強引に審査員にされてしまった。 まず、運ばれてきたのはローゼンクロイツの料理。 ルーファスの前でフタを開けられた皿に乗っていたのは……お刺身だ! 切って皿に乗せただけ。いや、しかしシンプルなだけに、奥の深い料理なのだ。 ここでローゼンクロイツの口から衝撃のひと言が! 「よく考えてみたら、こんな場所で料理できるわけないよね(ふにふに)」 ――で、お刺身になったというわけだ。 キッチンもなにもない場所で、料理対決をするなど最初から無謀だったのだ。 ルーファスはナイフとフォークを握ったまま、皿の上の物体エックスと睨めっこをしまった。 この物体は生で食べていいものなのだろうか? 見た目はナマコをスライスしたみたいというか、真っ黒なゴムを輪切りにしたみたいというか、口の中に入れてはイケナイ雰囲気が漂っている。 が、ルーファスの真後ろではカーシャが無言のプレッシャーをかけている。 ルーファスは物体エックスをフォークで突き刺し、目を瞑って口の中に放り込んだ。 もぐもぐ。 一瞬にしてルーファスの顔を真っ青に変わった。 頬を丸くして、今にも××しそうなルーファスが物陰に駆け出した。 ――しばらくして、ゲッソリ頬の痩せたルーファスが帰って来た。雪山で遭難して食料も底を付き、数週間ぶりに発見されたかのような衰弱ぶりだ。 「まるで生ゴミを食べてるみたいだった……(あんなの食べたら廃人になるよ、実際なりかけたし)」 無表情の顔のままローゼンクロイツは首をかしげた。 「そうかな?(ふあふあ)。美味しいと思うんだけどなぁ(ふにふに)」 ローゼンクロイツは自分で捌いた刺身を指で摘んで、口の中にあむっと放り込んだ。 もぐもぐ、もぐもぐ。 「美味しいよ(ふあふあ)」 表情一つ変えないローゼンクロイツ。 ビビはローゼンクロイツの言葉を信じて、お刺身をつまみ食いした。 「う゛っ!」 ビビは顔を真っ青にして物陰に消えた。 やっぱりローゼンクロイツは首をかしげている。 「う~ん、味が薄いのかな?(ふにふに)」 そう言ってハンドバッグから取り出したのは、なんと七味唐辛子。常備持ち歩いてるのだろうか? フタを開け、中のフタも開け、一気にドサッと刺身に山盛り。七味唐辛子が1瓶丸ごとお刺身に振りかけられ……じゃなくて盛られた。 ローゼンクロイツにお皿ごと差し出されて、ルーファスは両手を胸の前に突き出し首を横に振った。 「いらないっていうか、食べ物じゃないから!(……ローゼンクロイツが味覚音痴だったの忘れてた)」 実はローゼンクロイツ、大の辛党で味音痴なのだ。ついでにしょっちゅう鼻炎らしい。 もはや七味唐辛子の塊を化したお刺身を食べながら、まだ首を傾げてローゼンクロイツはフェードアウトしていった。微かに『美味しいのになぁ』と呟く声が聴こえてくる。 さて、気を取り直して次はビビの料理だ。 再びテーブルに座らせれたルーファスの前に運ばれてくる料理。お皿にはフタがされてまだ中は見えない。 が、ガタガタっとフタが動いた。 思わず顔を引きつらせるルーファス。とっても嫌な予感がする。 ビビはニコニコ顔でフタを持ち上げた。 オープン・ザ・地獄への片道切符! フタを開けた瞬間、生きたまま触手がルーファスの顔に飛び掛った。 「ぎゃあ!(く、苦しい……)」 触手に付いた吸盤がルーファスの舌にへばりついた。しかも、触手はルーファスの咽喉の奥に入ろうとしている。このままでは窒息死は免れない! ルーファスが暴れまわるのを見て、ビビは凄まじい勘違いをした。 「ルーちゃんそんなに喜んで食べてくれて嬉しいっ♪」 「うがっ(違っ)、うががだばばば!(早く助けて……)」 「やっぱりアタシ料理の才能あるのかなぁ」 暴れ狂うルーファスの姿をビビのフィルターを通すと、歓喜の舞を踊っているように見えるらしい。 カーシャがビビの頭をパコーンと叩いた。 「アホか、ルーファスが死に掛けておるだろう」 すぐにカーシャはルーファスの口からはみ出す触手を掴み引っ張った。だが、触手はなかなか剥がれない。 「ビビ、手伝え!(舌まで引っこ抜きそうだな)」 「うん!(ルーちゃん死に掛けてたんだ……きゃは)」 今度はビビも手伝い、綱引きの要領で引っ張った。そしたら今度は、力が強すぎてルーファスが踏ん張りきれず、地面の上をズルズル身体ごと移動するだけだった。 「あがぐだずげで!(早く助けて!)」 泣きそうな顔を必死に訴えるルーファス。だが、ハッキリ言ってなにを言ってるのわからない。 ルーファスの口から伸びる触手を引っ張る光景は、なにも知らない人が見たら舌が伸びちゃった人みたいだ。そして、この光景はもう一つなにかの光景に似ていた。 引っ張っても引っ張っても取れないので、諦めてカーシャとビビは手を放してしまった。次の瞬間、触手がゴムのように収縮してルーファスの顔にバチン!! これぞ伝説の芸――ゴムパッチンだ! 顔を抑えて床に転がり回るルーファス。さそがし痛かったことだろう。 真っ赤に顔を腫らしてルーファスが立ち上がった。 「痛いじゃないか!!」 と、叫んだ口から触手が消えていた。地面を見ると取れた触手が痙攣している。 満足そうにカーシャが頷いた。 「うむ、計算どおりだ」 絶対にウソだ! たとえ偶然だとしても、これで一件落着だ。 めでたし、めでたし……じゃな~い! そうだ、料理対決なんてバカなことしていて、エロダコ本体のことを忘れていた。 辺りにエロダコの姿はなかった。 ルーファスは近くで騎士の手当てをしていた病院スタッフに尋ねた。 「あの、あのタコはどこに行きました?」 「シモーヌ川に向かって再び進みはじめましたよ」 料理対決なんかしてる間に、エロダコは再び町をぶっ壊しながら爆進していたのだ。 すでにカーシャはエロダコを追おうと走り出していた。 「ルーファス早く行くぞ!」 「早く行くぞって……(カーシャが料理対決なんかけしかけたんじゃんか)」 ビビもカーシャを追って走り出していた。少し遅れてルーファスも後を追った。 ついにエロダコは運河まで来てしまった。 物資を運ぶ作業がストップして、港は一時閉鎖に陥った。 魔導騎兵を引き連れてエルザが再びエロダコの前に立ちはだかった。 「全ての責任は私が取る、生け捕りは中止だ。総攻撃の体制を整えろ!」 魔力を増幅させる剣を魔導騎士たちが構えた。 各々の魔力が共鳴して、辺りにマナフレアが浮かびはじめた。大量のマナがこの場に集まってきている。 そして、魔導騎士の集めたマナが天に翳されたエルザの大剣に集められた。 「ギガサンダーソード!」 レイラが唱えられた瞬間、エルザの持つ剣が閃光を放ち、自分の身体の4、5倍はある雷光の剣に変化した。 歯を食いしばりながらエルザは、天を突くほどの雷光剣を振り下ろした。 稲妻が轟き閃光がエロダコを焼き斬った。 ギョギャァァァァッ!! ヒトとも獣とも付かない断末魔が木霊して、真っ二つにされたエロダコが燃え上がった。 辺りにタコを焼いたような匂いが立ち込める。お醤油が欲しくなる香りだ。 その匂いもすぐに焦げ臭い悪臭に変わって、エロダコは完全に灰となってしまった。 エルザは剣を鞘に閉まって前髪をかき上げた。その額には汗が滲んでいる。 魔導騎士が集めたマナを一点に集中して解き放つ。攻撃力は絶大だが、全てのマナを引き受けたときの負荷は想像を超える。心身ともにハイクラスの魔導騎士であるエルザだからこそできる技なのだ。 やっとこれで王都アステアにも平和が戻る……と思ったのも束の間、エルザは言い知れない殺気を感じた。 灰になったハズのエロダコが再生をはじめている。なんてこったい! アンビリバボーなタフさで、エロダコが元の姿――いや、それ以上の姿になろうとしていた。 触手の長さは数十メートルに及び、体長は15メートル以上の大きさ、頭はまるでアフロヘアーのようにパンパンだ。 エルザが叫ぶ。 「一時退避だ!」 触手が縦横無尽に暴れ周り、魔導騎士たちは散り散りに逃げ出した。 エルザが倉庫の物陰に身を潜めると、そこには先客がいた――ディーだ。 「厄介なことになったなエルザ大佐?」 「こんなところに隠れていないでさっさと退避しろ」 「隠れていたのではないよ、日陰で休憩していただけだ」 やっぱりディーは陽光の下が苦手らしい。 2人が隠れる倉庫の陰に、触手が獲物を探して現れた。 エルザの聖剣が触手を一刀両断した。 斬られた触手は緑色の液体をばら撒きながら逃げて行った。すぐにエルザは追おうとしたが、その腕をディーが掴んだ。 「待て」 「なにをする放せ!」 エルザは腕を振り払おうとしたが、それを許さないディー。 「灰から蘇る敵とどう戦うというのだね?」 「構うかそんなこと、全力を尽くすのみだ!」 「そんな猪突猛進な性格では、これ以上の出世は望めんな。さらに出世の道を歩みたいなら、頭を使いたまえ」 「……くっ(たしかに今の私にはあれを倒す術はない)」 生半可な攻撃では傷一つ負わせることはできず、傷を負わせてもすぐに再生する。そんな敵をどうやって倒すのか? ディーはこう助言をする。 「どんな生物にも弱点はある、それを探すことだな」 「そんな弱点いったい……?」 「私が研究中の細菌兵器があるのだが、使ってみるかね?」 「バカなことを言うな、水源の近くでそんな恐ろしい細菌をバラまけるか!」 「……残念だ(良い披見体が見つかったと思ったのだが)」 細菌兵器が万が一、近くの川に流れてしまったら、ここから下流はそりゃー大変なことになってしまう。 どこからか叫び声が聴こえた。女の子の叫び声だ。 エルザはすぐさま倉庫の影から飛び出した。 触手が蠢く中にビビの姿があった。どうやらまた懲りずに捕まったらしい。 ビビを助けようとルーファスが必死になって魔導を繰り出す。 「ウィンドカッター!」 風の刃が触手を切り刻む。だが、いくら切っても切がない。 エルザは聖剣に稲妻を宿して助太刀に入った。 「ルーファス大丈夫か!」 「ダメ余裕ない!」 ものすごく正直だった。 触手に捕まったビビはまたくすぐり地獄を味わされていた。 「きゃははは……ちぬぅ~……」 全身をくすぐられて身悶えるビビの姿を真下から見て、ルーファスは顔を一気に沸騰した。 鼻血ブー! 真っ赤な鮮血が触手にぶっ掛かった。すると、やっぱり触手はヒドク暴れてビビを解放した。 それを見ていたディーは呟く。 「もしかしたら、この生物にとってヒトの血は毒なのかもしれん(ヒトの血ほど甘美なものはないというのに)」 これまでの経由を見ても、エロダコが血を恐れていることは明らかだ。ただ単にルーファスの鼻血がばっちぃと思ってるだけかもしれないが。 しかし、これに賭けてみる価値はあるかもしれない。 エルザは即座に判断を下した。 「ディー、病院に連絡して至急輸血用の血液を持ってこさせろ!」 「断る」 ザ・断言!! 思わぬ答えにエルザは苛立った。 「どうしてだ、事は一刻を争うんだぞ!」 「輸血用の血液は常に不足している。そんな大事な血液を下賤な生物を殺すために使えるか」 「ここでこの怪物を殺さなくては、怪我人が出るかもしれないんだぞ!」 「なら、これを代わりに使え」 ディーはある物をエルザに投げた。それを受け取ったエルザは呆気に取られた。 トマトジュースだった。 「バカかっ、こんな物が代用品になるか、この藪医者めっ!(非常事態にこんなギャグをかますなんて、いったいどういう神経をしているのだ)」 そんなミニコントをしている間にも、エロダコは暴れ周りながら港の物資を破壊していく。 触手に破壊されそうな積荷を見てビビが叫ぶ。 「ラアマレ・ア・カピス!!」 ビビの大好きな果物の積荷が木っ端微塵に破壊され、ピンク色の果汁がそこら中に散らばった。 食べ物の恨みは怖い。 大鎌を構えたビビがエロダコの本体に立ち向かう。そして、捕まる。懲りないリピートだ。 「きゃーっ! ルーちゃん助けて!」 ルーファスに助けを呼ぶビビ。しかし、ビビを救ったのは別の人物だった。 切れ味鋭い鉄扇で触手を切り刻み、ビビの身体を抱きかかえてカーシャが地面に下りた。 あの利己主義で有名なカーシャが人助けをするなんて、明日は絶対にハリケーンと大雪と雷雨と地震がまとめてくる。 抱きかかえられながらビビはカーシャを見つめた。 「カーシャありがとぉ(まさかカーシャに助けられるなんて)」 「これは貸しだからな、絶対に返すのだぞ、ふふっ」 邪悪な笑みを浮かべるカーシャ。やっぱりこの人に慈善活動って言葉はない。 ビビを無事に救ったカーシャだったが、2人のすぐ背後にはエロダコの本体が! 『ハリセンボンのーます♪』くらいの勢いで触手が2人に襲い掛かる。 誰よりも早くルーファスが動いていた。だが、間に合いそうもない。 ビビとカーシャが眼の前で襲われる寸前、ルーファスの目に飛び込んできたモノは! なんと、カーシャがビビの上着を全て剥ぎ取ったぁぁぁっ!! おっぱいポロリン♪ 「キャーッ!」 鼻血ブッハーッ!! これまでにないほどの鼻血がルーファスの鼻から放たれた。それは止まることなく噴き続け、エロダコをペンキで塗りたくったように真っ赤に染めた。 鼻血ブッハー! 鼻血ブッハー!! 鼻血がブッハーっ!! 体内の血液を全部出す勢いでルーファスは鼻血を噴き続けた。 そして、驚くべきことに、鼻血を浴びたエロダコが見る見るうちに縮んでいくではないか! エロダコは子供ほどの大きさまで縮んでしまった。今がチャンスだ! エルザの手から光の鎖が飛ぶ。 「エナジーチェーン!」 鎖でグルグル巻きにされたエロダコは身動き一つできない。 やった、ついにエロダコを封じることに成功した! 鼻血を浴びたのはエロダコだけではなかった。 ビビは真っ赤になった身体から蒸気を昇らせていた。そして、渾身の力を込めて拳を握った。 「ルーちゃんのばかーっ!!」 グーパンチはルーファスの顔面ど真ん中にヒットして、力なくルーファスがぶっ飛んだ。しかし、鼻を殴られたというのに、もう一滴も血は流れなかった。 突然、空が眩い光で包まれた。 何事かと空を見上げたカーシャがいち早く発見した。 「UFOか?(そんなまさか……)」 円盤型の空飛ぶ物体が上空から地上近くまで下りてくる。まさしくこれは未確認飛行物体、略してUFOだ。 UFOは目が眩むほどの閃光を放った。 この場にいた全員が強く目を瞑った。これってまさかキャトル・ミューティレーションの前フリなのか? キャトル・ミューティレーションとは、強い光もしくはUFOを見た直後に気を失い、目が覚めたら身体のどこかに金属片を埋められているっていうアレだ。 だが、そんなことにはならなかった。 閃光が治まって、視界が元通りに戻ると……。 「エロダコがいない!」 ビビが叫んだ。 みんなで辺りを探し回ったが、やっぱりエロダコの姿はなかった。 あのUFOがエロダコを連れ去ったに違いなかった。 この事件は今夜のニュース番組でさっそく特集が組まれることになり、クラウス王国のみならず、近隣の国でも高視聴率を記録した。 ――そして、鼻血ブーで入院を余儀なくされたルーファスの元に、ローゼンクロイツがお土産を持って遊びに来た。 「鼻血で入院なんて聞いたことがないよ(ふあふあ)」 「悪かったね(出したくて出してるわけじゃないんだ)」 「体調のほうはどうだい?(ふにふに)」 「まだちょっと頭がボーっとしてるかな……」 ルーファスの鼻の穴から赤い液体がツーッと流れた。また鼻血だ。 ザ・おっぱい! ルーファスの脳裏にアノおっぱいが焼きついてしまっていた。思い出すたびに鼻血が出てしまう。やっぱり免疫なさすぎである。 ローゼンクロイツは思い出したように、ハンドバッグからお弁当箱を取り出した。 「お土産を持って来たよ(ふあふあ)」 「なにこれ?(お弁当箱って……なんか嫌な予感)」 お弁当箱を受け取ってフタを開けてみると、中に入っていたのはタコヤキだった。 「食えるかっ!」 あんな事件があったあとで、タコヤキを食べれるほどルーファスの神経は図太くない。 「美味しいから食べてみてよ、ほら、あ~ん(ふあふあ)」 ローゼンクロイツは爪楊枝でタコヤキを差して、それをルーファスの口に近づけた。 ここまでされたら食べるしかない。しぶしぶルーファスはタコヤキを一気に口の中に入れた。 もぐ……っ!? 「うぇっ!」 顔を真っ青にしてルーファスは気絶した。 それを見てローゼンクロイツは首をかしげた。 「おかしいなぁ、美味しいのに(ふにふに)」 ローゼンクロイツはタコヤキを口の中に放り込んだ。 実はこのタコヤキの原料は〝アノ触手〟だった。しかも、生地はホットケーキミックス、マヨネーズとソーズの代わりに、カスタードクリームとチョコのトッピング。 隠し味は……七味唐辛子だった。 「美味しいのになぁ(ふにふに)」 いつまでもその呟きが病室に木霊したのだった。 おしまい 魔導士ルーファス専用掲示板【別窓】 |
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