第10話_華の建国記念祭

《1》

 埋め立て処分場のような部屋で、なぜか古風で余裕な表情でティータイムをしているルーファス。
「…………」
 無言のままただ時間がゆっくりと流れる。
「…………」
 カップを揺らし、底に少し溜まっているティーを回す。
「…………」
 新たなティーを淹れて飲む。
「…………」
 だんだんと水っ腹になってきた。
「…………」
 時計を見たが、前に見てから3分と経っていない。
「…………」
 カップAからカップBに小さなスプーンでティーを移し替える。
「…………」
 途中で断念。
「…………」
 挙動不審になってくる。
「…………」
 部屋中を歩き回って、時折だれも見てないのにジャンプ。
「…………」
 それも飽きた。
「…………」
 もう限界だった。
「なんでみんなお祭りに誘ってくれないの~~~っ!!」
 だれにも誘われないルーファスであった。
 今日は建国記念祭当日。街は賑やかに活気づき、笑顔や笑い声が絶えない。そんな日に独り自宅に引きこもっているルーファス。
 もちろんルーファスはお祭りに行くたくないわけではない。むしろ行きたくてウズウズしている。
 でも、当日まで誰にも誘われなかった!
 しかし、自分から誘うのは気が引ける!
 なぜなら、断られたらショックだから!
 ぶっちゃけルーファスは根本的に友達が少ないのだ。
 そりゃ学校じゃクラスメートと話したりもするが、プライベートとなると引きこもりがちで、友達作りもうまくない。
 ちなみに去年はどうやって乗り切ったかというと、クラスメートが友達を誘ってる輪の中に『自分も自分も!』みたいな感じでうまく潜り込んだのだ。
 こういうのはだいたい前日までに約束を取り付けておくべきで、今年はそのタイミングが訪れなかった。
 建国記念祭は都市を上げてのお祭りで、参加しない方が珍しい。それでも参加する気のない人はいいだろう。でも参加したいのにできないルーファスみたいな者からしたら、完全に仲間はずれにされているようなものだ。
 だからと言って、独りでお祭りに行ってルーファスが楽しめるのか?
 ルーファスの性格から言って、独りで言った方が疎外感で絶望するだろう。
 決断を迫られるルーファス。
 行くのか行かないのか、どっちなんだーっ!?
「よしっ、行こう。お祭りに行けば友達グループと合流できるかもしれないし」
 規模の大きなお祭りなので、その可能性はかなり低いが。でもルーファスは腐れ縁というか、腐れ運みたいなものがあるので、案外知り合いにばったりなんてハプニングもあるかもしれない。
 ハプニングね、ハプニング!
 ここ重要なので3回も言いました。
 いざ戦場へ赴くつもりでルーファスは旅だったのだった!

 居住区からお祭りの雰囲気は漂ってくる。
 道行き人々がそういうオーラを出している。
 ファミリーやカップル、仮装なんかしているひとは確実にそうだろう。
 建国記念祭には会場という会場がない。なぜなら王都全体でなにかしら行われているからだ。
 1日で回るのは不可能で、参加したいイベントの時間帯が被るなんてことはよくある。
 とりあえずルーファスは腹ごしらえをしようと、匂い立つ屋台街までやってきた。
「う~ん、どれも美味しそうだなぁ。あっちでは早食い大会の受付もしてるんだ」
 あれも食べたい、これも食べたい、ここは迷うところだ。
 でもすぐお腹いっぱいになったりして、そんなに種類は食べられなかったり。
 ひとが並んでいる屋台はなんだか並びたくなって買ってみたら、そんなに美味しくなかったり。
 本業でやってる屋台より、自治会がやってる店のほうが安いとか、そんなこんながお祭りの屋台ではよくある話だ。
 ルーファスは目移りしていると、前方から見知った空色ドレスがふわふわ~っと通りかかってきた。
「ローゼンクロイツ!」
 まさか本当に友達に会えるとは!
 ローゼンクロイツは片手にフランクフルト、焼き鳥、ステーキ(串)、チョコバナナ、そしてわたあめの棒の部分を指の間にはさんで持ち、もう片手には焼きそば入りお好み焼きの上にタコ焼きを乗せたものを持っていた。
 これらは運んでいるだけならまだしも、見事にある食いをしていた。ちなみにお好み焼きなどは、串ものの串をフォークのように使って食べていた。
 ローゼンクロイツは口の周りに、青のりとケチャップを付けながら驚いた顔をした。
「あっ、ルーファス(ふに)」
「……1つ言ってもいいかな?」
「ところでルーファス(ふあふあ)」
「(僕の話はムシ!?)なに?」
「ちょっと手が離せないんだ(ふにふに)」
 だろうよ。明らかに持ちすぎだ。
 ローゼンクロイツは言葉を続ける。
「ボクのポケットから七味唐辛子を出してくれないかな?(ふあふあ)」
「いいよ」
 ちまたではローゼンクロイツが大の辛党で、いつも七味唐辛子を常備していることは有名だ。
「このポケット?」
 尋ねながらルーファスはポケットを探った。
 するとローゼンクロイツは無表情のまま口を開いた。
「いやん(ふにゃ)」
「え!?」
「……言ってみただけ(ふっ)」
 口元だけでローゼンクロイツがあざ笑った。
 すぐに七味唐辛子は見つかった。
 さらにローゼンクロイツはこんなお願いをしてきた。
「それかけてくれる?(ふにふに) もちろんボクにじゃないよ(ふあわあ)」
「わかってるよ。どれにかければいいの?」
「全部(ふに)」
 あえてルーファスはつっこまない。
 ローゼンクロイツが全部と言ったら全部なのだ。言われたとおりルーファスは、わたあめにもチョコバナナにもたっぷり七味唐辛子をかけた。
「やればできるじゃないかルーファス(ふにふに)」
「なにそれ誉め言葉?」
「なにが?(ふにゃ)」
「なんでもないよ」
 ローゼンクロイツとは会話が成立するときと、そうでないときがある。会話が成立しないレベルはいくつがあるが、まとめてちまたでは〝コスモタイム〟と呼ばれている。つまり小宇宙と一体化してチャネリングでもしているんだろうと、簡単にいうと〝イっちゃってる〟ということだ。
 友達作りが苦手なルーファスだが、ときおり意思疎通が困難なローゼンクロイツと友人なのだから、実は友達作りのプロなのかもしれない。逆にローゼンクロイツみたいなのと友達になれるから、ふつーの友達ができないとも考えられるが……。
 ローゼンクロイツは自分の用事が済んだので、ルーファスになにも言わずふわふわ~っと立ち去ろうとした。
 ここでローゼンクロイツを逃がしたらルーファスはまたひとりだ!
「ちょっと待ったローゼンクロイツ!」
「なに?(にゃ)」
 足を止めて振り返ってくれた。
「ローゼンクロイツもひとりだろ? いっしょに回ろうよ」
「目が回るよ(にゃふにゃふ)」
 すぐにルーファスは言い直す。
「お祭りをいっしょに楽しもうよ?」
「キミはいつもヒマかもれないけれど、他人がそうとは限らないよ(ふにふに)」
 ガーン!
 ルーファスショック!
 頼みの綱のローゼンクロイツに断られた。しかもヒマとか言われてしまった。
 人混みの中に消えていくローゼンクロイツ。
 その場に残されたルーファスはまた独りぼっちになったしまった。
「帰ろうかなぁ」
 心が折れそうだった。
 でも――。
「(なんか食べてから帰ろう)」
 この少しでも、少しでもいいからお祭りを体験しようという哀しくなる気持ち。
 ルーファスファイト♪
 そんなわけでルーファスは並ばなそうな出店を見つけて、長方形のカップ入りカルボナーラを購入した。
 そして買ってから気づくのだ。
「(……いつものデリバリーと変わらない)」
 どこか落ち着いて食べるとこを探して歩き出す。
 そしてまたも気づくのだ。
「(飲み物いっしょに買うの忘れた)」
 飲み物を探していると、こんな声が聞こえてきた。
「ちょっとそこのマヌケそうな顔のお兄たん……と思ったらルーたん♪」
 今日は屋台のお姉さんをやっていた魔導ショップ鴉帽子のマリアだった。
 お店の雰囲気はいつもと変わらない。なんだか毒々しい。
「なんのお店?」
 ルーファスが尋ねるとマリアは、
「お祭り特製ドリンクのマリア☆すぺしゃるを販売してるのぉ。ルーたん1本買って♪」
 と満面の笑み。
 ちょうど飲み物が欲しかったところだ。
「じゃあ1本もらおうかな」
「AからXまで種類があるけどどれにしますかぁ?」
「(大過ぎじゃない?)ど、どれにしようか迷うなぁ」
「ルーたんにおすすめわぁ、滋養強壮によく効くAAA[トリプルエー]ドリンクですよぉ」
「(AからXまでじゃなかったの?)……じゃあ、それもらおうかな」
「200ラウルになりま~す」
「高くない?」
 だいたい20ラウルくらいが缶ジュースの相場だ。
「キャンセル料は100ラウルになりま~す♪」
 にっこりマリアちゃん。
「分割払いの場合は10日で1割りの利息がつきますよぉ」
 堂々とぼったくっている。
 ルーファスは100ラウルコインを出してしまった。なんだか押していけない印鑑を押すような光景だ。
「ルーたんありがとぉ♪(うふふっ、ちょろいわ)」
 心の声恐るべし。
 ルーファスほどいいカモもそんなにいないだろう。いつもルーファスは押しに弱いのだ。
 ちょっと落ち着いた場所で食べようと歩き出したルーファス。
 飲食系以外の屋台にもクジや金魚すくいやカメすくいなどなど、アクション系の屋台も並んでいる。
 射的の屋台で見慣れた魔女を見つけた。
「あ、カーシャ」
「おう、へっぽこではないか」
 カーシャは目の前でボルトアクション(装填作業)をしたライフルをルーファスに向けた。
「ああ、あっ、危ないじゃないか!?」
「安心しろ、射的銃の弾丸は非対人魔弾なっておる(撃たれれば多少は痛いが、ふふっ)」
 ちょっと撃ってみようと思っているかもしれないカーシャであった。
 今からカーシャがやろうとしている射的は、動く的の得点に応じて賞品がもらえるものだ。
「どの賞品が欲しいの?」
 ルーファスが尋ねた。
「特大ぬいぐるみに決まっておるだろう。もちろんそこにある3種類を全部コンプリートさせてもらうぞ」
 宣言するカーシャを見つめニヤリとした店のオヤジ。
「(そうはさせるか射的荒しのカーシャ。今年こそは1つも取らせんぞ!)」
 じつはカーシャ、お祭りの射的が大の得意で大好きで、やる店やる店でことごとく狙った賞品をゲットしていく有名人なのだ。ここの店のオヤジも毎年の建国記念祭で全敗中だ。
 カーシャが的に狙いをつけて引き金を引く瞬間、店のオヤジが隠し持っていたボタンを押した。
 的が10倍速で動き出した!
 すでにカーシャが引き金を引いたあとだった。
 バキューン!
 スカッ♪
 ――外れた。
 無表情でボトルアクションをしたカーシャはライフルを店のオヤジに向けた。
「……汚いぞ」
「突然的の早さを変えちゃいけないなんてルールはねぇよ」
 たしかにこーゆー店は店主がルールだ。
 カーシャが笑った。
「ふふふっ、いいだろう受けて立とうではないか(妾を起こらせるとタダではおかんぞ)」
 早さが変わったとはいえ、動きは規則的だ。同じ場所で照準を合わせ、的が向こうから来たタイミングで撃てばいい。
 再び銃を構えるカーシャ。
 店のオヤジは不敵な面構えでニヤリとしていた。
 カーシャが引き金を引いたと同時に、またもオヤジがボタンを押した。
 的が規則性を無視してトリッキーな動きをした!
 バキューン!
 スカッ♪
 ――またも外れた。
「ふふふっ……」
 カーシャの低い笑い声が響き渡った。
 そして、ボトルアクションをしたカーシャはライフルをルーファスに向けた!
「気が散るわへっぽこ!!」
「えっ!? 僕のせい!?」
「貴様がいると妾の運気が下がるのだ。さっさと消えんと撃つぞ?」
 目がマジだ。カーシャの脅しはいつもだいたいマジだ。
 怯えた表情でルーファスは後退りをした。
「撃つって……非対人なん……だよねぇ?」
「接射すれば血ぐらい出るぞ」
「それって……かなり痛いんじゃ?」
「痛いぞ、ふふっ」
 ここで店のオヤジが笑った。
「自分の腕を棚に上げてひとに当たるとはぁ、情けねえなぁカーシャさんよお?」
「な、にぃ~! 妾に射撃の腕がないだと!?」
 完全に勝ち誇った顔をする店のオヤジ。毎年の敗北の恨みをついに果たせたのだ。
「決まった動きしかしねえ的にしか当たらねえようじゃ、実践じゃ役に立たねえぜ」
「これは実践じゃなくてゲームだろうが」
「これは俺とおまえさんのマジな勝負だ、お遊びなんかじゃねえよ!」
「言ったなオヤジ?」
「おう言ったぜ」
「サーベ大陸西部開拓時代、妾がなんと呼ばれておったか教えてやろう」
「西部開拓時代だと!?」
 ざっと500年以上前の話だ。
 カーシャが囁く。
「災難[カラミティ]・カーシャ」
 店のオヤジが噴き出して笑い出した。
「ぎゃははは、たまたま同じ名前だからってウソに決まってらぁ」
 周りにいた客やギャラリーも笑っている。
 カーシャは気にも留めなかった。
 悪寒を感じたルーファスは言われたとおり消えることにした。猛ダッシュで――。
「ギャァァァァァァァッ!!」
 ルーファスの耳に届いてきた男たちの悲鳴。
 今の時代もカーシャはカラミティだった。

《2》

 災難に遭わずに済んだルーファスは、すっかり忘れていた食事をとることにした。
 たまたま目の前で空いたベンチにルーファスは腰掛けた。
 嗚呼、なんて青く澄み渡った空なんだろう。
 ファミリーやカップルや友達同士がとっても楽しそうに行き交ってる。
「(あれ……なんだかみんなキラキラ光って見える……)」
 ルーファスは熱くなった目頭を抑えながら、飲み物でも飲んで落ち着こうとした。
 マリアから購入した妖しげなドリンク。
 グビッと♪
「ブハーッ!!(まずっ!?)」
 ちょっと口に含んだ瞬間に、あまりの不味さに噴き出してしまった。
 例えるなら納豆の臭いがする赤身のドリップを飲んでる感じだ。さらにバニラエッセンスの香りまで混ざっていて、非常に不快なハーモニーを奏でている。
 ルーファスは残りのドリンクを花壇に流した。
「滋養強壮って言ってたし、きっと綺麗な花が咲くと思うよ、うんうん」
 ドボドボドボ~。なんか液体がサラッとしてない。口当たりも最悪。
 口直しにルーファスはやけ食いをすることにした。
 美味しそうなカルボナーラをフォークで食べ……食べようと……食べようと?
「フォークもらうの忘れた!!」
 食器はセルフサービスだったのだ。
 が~ん……。
「(今からもらいに行くのもなぁ)」
 でもこのままじゃ食べられない。
 だが、そこに果敢にも挑戦するルーファスだった。
 フォークを使わずにカップを傾けて啜る。
 ――果敢というか無精だった。
「(出て……こ、な、い)」
 トントントンっとカップの底を軽く叩いてみる。
 グチャ!
 勢いよくカルボナーラが顔に降ってきた。
「…………」
 ソースでべっとり。
 最悪だ。
 しかも拭くものがない。
 さらに最悪だ。
 このまま顔をべったりしたままじゃいられない。
「(服で拭こうかな)」
 ダジャレではなくて、やむを得ない手段だ。
 そんなとき、女神がルーファスに手を差し伸べた。
「ハンカチ貸しましょうか?」
 白いワンピースにつばの大きな丸い帽子。清らかな水のような肌をした可憐な少女。ブロンドの髪も輝き星のきらめきのようだ。
 思わずルーファスは言葉に詰まる。
「あ、ありがとうございます(綺麗なひとだなぁ)」
 レースハンカチを借りて顔を拭くと、ハンカチがべっとり、顔もまだ不快感が残っている。
 すっかり汚くなってしまったハンカチを返すに返せないルーファス。
「ごめん、すごい汚れちゃったので洗って返したいと思うんですけど?」
「それは愛の告白ですか?」
「は?」
「ごめんなさい、結婚とかまだ考えていません。まずはデートからはじめましょう」
「は?」
 アレ……なんかのこの少女、ちょっとアレな人?
 少女はガシッとルーファスと腕を組んだ。
「さあ、デートを楽しみましょう」
「……いや、その、ハンカチを返そうと……」
「ハンカチなんて洗えば済むことです、お気になさらず」
「だから洗って返すって言っただけなんですけど」
「そんなにハンカチを洗いたいのなら、そこの水飲み場で洗いましょう。ハンカチを洗い終わったらデートをしてくださいますよね?」
 ……エロゲフラグだとしてもヒドイ。
 詐欺か、結婚詐欺じゃないのかルーファス?
 大丈夫か? 騙されてないかルーファス? お金を貸したり印鑑押したら最後だぞ?
 しかしそこはルーファスクオリティ。
 押されると弱い。
 ハンカチを洗って、食べられなくなったカルボナーラを処分して、すっかりデートの準備万端。
「では参りましょう」
 少女はルーファスの腕に自分の腕をからめながらグイグイっと。
「いやいやいやいや、そうじゃなくて。私たちまだ会ったばかりで名前も知らないわけだし」
「名乗ればデートをしてくださるなら名乗りましょう。ハナコとでも呼んでください」
「珍しい名前だね」
「はい、適当に考えた偽名ですから」
「…………」
 偽名って。明らかに怪しいだろ。
 またグイグイっとハナコはルーファスの腕を引っ張った。
「では参りましょう」
「いやいやいや、まだ私が名乗ってないんですけど?」
「名乗るのはあなたの自由です。勝手に名乗ってもらって結構ですよ」
「(君のトークのほうが自由だよ)ルーファスです」
「まあ素敵な名前!」
「(勝手に名乗れって言ったたわりには反応が大きい)」
「では参りましょうか」
「いやいやいや」
 またも腕を引っ張られるルーファス。
 そんな二人の押し問答を木陰から見つめていた桃髪の少女。
「(ル、ルーちゃんが女のひとといるなんて……しかも美人!?)」
 そんな視線を浴びているとはつゆ知らず、ルーファスはついに負けてしまった。
 腕組みをして、まるでカップルのように歩き出すふたり。
 こんなスキャンダルをクラスメートに見られたら、絶対に明日学校で茶化されるに違いない。というか、ビビも転入済みなので、クラスメートだったりする。
 ハナコは楽しそうに屋台を眺めている。
「わたくし射的がしたいです。バンと音がなったり、火花が出るようなものが好きなもので」
「射的は今ちょっと危険だから行かない方が……(カーシャまだいるのかな?)」
「危険な香り……素敵ですよね。ぜひ行きましょう!」
「どうしてもって言うなら別の会場で見つけようよ?」
「どうしてもというほどでもないのでやめにします」
 自由人だ。
 とってもルーファスは疲れていた。お祭りを楽しんでいるわけでもないに、なんか別の疲労が色濃く顔に出ている。
「……はぁ」
 溜息をついたルーファスにハナコが、
「もしかしてわたくしといっしょではつまらないですか?」
「えっ、そ、そんなことないよ!」
「べつにあなたが楽しくないのは自由です。わたくしは勝手に楽しんでいますから」
 フリーダムだ。
 ぐぅ~っとルーファスの腹の虫が鳴いた。
「そうだ、ごはん食べ損ねたんだった」
「あらあらお腹がお空きでいらっしゃるなら早く言ってくださればいいのに。ぜひあれに参加すればよろしいと思いますよ」
 ハナコが指差した先にある垂れ幕には、『マッハ大食い選手権』と書かれていた。
「そこまでお腹空いてるわけじゃないんだけどぉ~」
 なんてルーファスが言ってもムダだった。
 ハナコにグイグイっと引っ張られて、受付で名前を強引に書かされて、いざ出場へ!
 華麗に鮮やかにテンポよく事が進んでしまった。
 もはやルーファスは流されるプロだ!
 予選会場に集まっている参加者たち。参加費は無料ということもあり、ただ飯食らいも多い。そこで歴代予選突破者以外や推薦枠の参加者以外は、クジ引きというルールが設けられていた。
 こういうときだけ、逆方向の運が良いルーファスはもちろん予選参加権を獲得。
 Cグループの予選に出場することになり、ルーファスはその会場へハナコと足を運んだ。
 予選会場にはいかにもな人から、そうでもない人、ルーファスの知り合いまでいた。
 なぜかいつも学校で突っかかってくるオル&ロス兄弟。いつも二人でいるのに、今日はどっちかわからないけど1人しかいなかった。
「おうルーファスじゃねえか。まさかおまえも参加するのか?」
「成り行きで……。ところで髪の毛どうしたの?」
 オル&ロスといえば、レッドとブルーがトレードマーク。その色でどっちがどっちだか区別できるのだが、今日は髪の毛が黒髪なのだ。
「なんだよ、黒くしちゃいけねえのかよ?」
「に、似合ってると思うよ!」
「似合ってるわけねーだろ!」
「(褒めたのに怒られた)ご、ごめん」
 オル?ロス?はハナコに気づいたようだ。
「まさかおまえの彼女か?」
「ち、違うよ!」
 ルーファスが慌てて否定した横でハナコはさらっと。
「はい、婚約者です」
 衝撃の一言でオル?ロス?は凍り付いた。
 その隙にルーファスは慌てながらハナコをその場から連れ去った。
 オル?ロス?の姿が見えなくなったところで、どっちルーファスは溜息を吐いた。
「はぁ……寿命が縮まるかと思ったよ」
「そんなにわたくしと結婚できることがうれしいんですか?」
 疲れすぎてつっこむ気力もなかった。
 ルーファスがぐったりしていると、その肩をだれかがポンと叩いた。
「よっ、ルーファス!」
 その知りすぎてる女性を見てルーファスが凍り付く。
 ある意味、今は1番見られたくない相手だった。
 一族の証である赤系の髪色――カーマイン色の髪をなびかせているリファリス。
「その娘[コ]ルーファスの彼女かい?」
 家族に見られた!!
「はい、婚約者です」
 ぐおーーーっ、勝手に答えてるしハナコ!
 ルーファスはふたりの間に慌てて割って入った。
「違うから、今日知り合ったばかりのひとだから!」
 否定はちゃんとしたのに、リファリスは真剣な眼差しでルーファスを見つめ、
「愛に時間なんて関係ないよ、大切なのは本当の自分の気持ちさ。彼女さん、出来の悪い弟を頼んだよ」
 ハナコに顔を向けて肩をガシッとつかんだ。
「はい、お姉様」
 なんかふたりの間で成立している。
 もう否定するのもめんどうなのでルーファスは話題を変えることにした。
「ところでリファリス姉さんも出場するの?」
「タダ飯食えるって聞いたら参加しないわけにはいかないだろう? それに優勝賞品の中にビール1年分があるんだよ、1年分だよ、1年分?」
 酒と聞けばなんでも飛びつくリファリスであった。
 そんなこんなをしていると、スタッフが参加者を呼びに来た。
「みなさんCグループ予選が間もなくはじまります。会場に急いでください!」
 いつに予選がはじまってしまう。
 強引に参加させられてしまったが、ここまで来たらルーファスもやるしかない。
「……おなか痛くなってきた」
 緊張するとお腹が痛くなるルーファス。はじめからルーファスが勝てるとはだれも思ってないだろうが、やる前からこれなんて情けない。
 それでもルーファスは予選会場に立った。
 応援席にはハナコの姿があった。
「ルーファスさんがんばって!」
 と言われても、負ける気満々のルーファス。
 立ち食い形式で、テーブルの上には山盛りのカステラ。口の中の水分が吸われる食べ物の代名詞と言っても過言ではない。大会運営者は確実に参加者の命を狙っているとしか思えない。
 山盛りのカステラを見てルーファスの顔がやつれた。
 会場にはなにやらアナウンスが流れていた。
《なお、緊急の場合にはドクターが待機しておりますのご安心ください》
 そのドクターというのが、ルーファスの知り合いだったりした。
 黒衣の医師――リューク国立病院の副院長ディーだった。
 このディーという医師は、いつもルーファスのことをアレな目で見るアレなひとだったりする。今月入院したときもいろいろ大変だった。
「ほう、ルーファス君も出場するのか。ぜひ彼には倒れてもらいたいものだ」
 これは絶対に倒れられなくなった!
 ディーを見つけたせいで俄然ヤル気を失ったルーファス。
 ここで追加のアナウンスが流れる。
《なお、飲み物はコーラのみとさせていただきます》
 炭酸水……しかもコーラって、マジで参加者を殺す気だ。
 そして、ついに予選Cグループの戦いが幕を開けた!
 早くも試合放棄のルーファスはマイペースでカステラを食べ、コーラ飲み、ちょっと休憩!
 次の瞬間、会場からルーファスに猛烈なブーイングが浴びせられた。
 仕方がなくルーファスは大きく開けた口にカステラを放り込んだ。
「うっ!」
 そして見事にのどに詰まらせた!
 呼吸困難で青ざめていきながらルーファスは見た。
 こっちを見て妖しく微笑んでいるディーの姿を……。
 ここで倒れるわけにはいかない!!
 ルーファスはコーラを一気に流し込んだ。
「うぇ……ゲホゲホッ……」
 むせるむせるむせ返る。
 どうにかカステラを流し込んで一命を取り留めた。
 ルーファスが独り喜劇を演じているころ、ほかの参加者たちは激戦を繰り広げていた。
《おおっと、ゼッケン2番のクリスチャン・ローゼンクロイツ選手が現在1位!》
 同じグループにローゼンクロイツも参加していたのだ。
 そして、会場からはメガネっ子の追っかけが声援を贈っていた。
「ローゼンクロイツ様ぁ~っ!(あぁ、カステラを目に留まらぬ早さで食べる姿も神々しいです)」
 ローゼンクロイツのファンクラブも立ち上げているアインだった。
《2番手につけているのはゼッケン5番オル選手だ! ん、ここで審査員から物言いがつきました》
 オル?がマッチョなお兄さんたちに連れて行かれる。と思ったら、隠れていたもうひとりのオル?も連れて行かれた。
《なんとオル選手、双子で交互に食べていたことが発覚して失格だーっ!》
 やっぱり二人でオル&ロスなのだ。
《オル選手が失格になったことで2位つけたのはゼッケン3番リファリス・アルハザード選手。なんと今回の大会には姉弟で出場、しかし弟のゼッケン13番ルーファス・アルハザード選手は姉に大差を付けられてなんとビリだーっ!》
 アクシデントに見舞われたルーファスがビリだった。
 そして、実はこの予選にはアクシデントに見舞われてむせ返っているのがもうひとり。
 桃髪を揺らして死にそうになっているのはビビだった。コッソリ出場したのだがまったく目立たず。
 カステラ地獄に苦しむルーファス。
「(もう一生食べたくない)」
 そんなルーファスにハナコからエールが贈られる。
「ルーファスさん、負けたらわたくしが結婚して慰めてあげます!」
 応援というか求婚だった。
 ここで負けたら結婚させられる!
 ルーファスはカステラを口の中に詰めて詰めて詰める!
 やわらかかったカステラが口の中で岩のように硬くなる!!
「うっ……ぐ……(苦しい……)」
 ルーファスが白目を剥いた!
 バタン!
 ついにルーファスが倒れた。
 さらに遠くの席では桃髪の少女も倒れていた。
 妖しい副院長の眼がキラーンと輝く。
「ルーファス君、今私が診てあげよう!!」
 救護テントからディーが飛び出した。
 ビビスルー。

《3》

 青空に浮かんだように見える丸い帽子。
 ハナコがこちらを覗き込んでいる。
 気絶からやっと目を覚ましたルーファス。
「ううっ……ここどこ?」
 枕とは違う柔らかさを持っていて、とても心が安まるような温かさ……。
「膝枕!?」
 ルーファスは顔を隠して慌てて飛び起きた。
「大丈夫ですかルーファスさん?」
「だ、大丈夫です!」
 ベンチに座っているハナコの姿。ここで膝枕をされていたようだ。
 で、ここってどこ?
 賑わいを見せるお祭り会場が少し遠くに見える。木陰にあるベンチで休んでいたようだ。
「あれ……大食い大会は?」
「もう終わりましたよ。ローゼンクロイツという方が予選を突破して決勝戦でも大差を付けて優勝しました」
「私は気絶したんだよね? 医者に変なこと……」
「黒衣のお医者さんに貞操を奪われそうになっていましたが、どうにかわたくしが連れて逃げました」
「(……貞操って)あ、ありがとう」
 いったいディーはルーファスになにをしようとしたんだ?
 というか、ハナコはルーファスを連れてよく逃げられたものだ。
 ルーファスはぐったりしながらハナコの横に腰掛けた。
「はぁ……お祭りなんて来るんじゃなかった」
「わたくしはよかったですよ」
 やさしい顔をしていたハナコを見て、ルーファスはふっと笑みを溢した。
「そうだね」
「では次の場所に参りましょう」
「は?(なんかもう十分満喫したというか、疲れたんだけど)」
 断固としてベンチから立ちたくないルーファス。
 ハナコはガシッとルーファスの腕をつかんでグイグイっと引っ張った。
「まだまだお祭りはこれからですよ」
「そ、それはそうなんだけど……」
 二人がこんなやり取りをしていると、そこへある女性が現れた。
「まあ、ルーファス。そこにいるUFOハットのお嬢さんは彼女さんかしら?」
 ルーファスの母親ディーナだった。
 ……また家族に見られた。
「はい、婚約者です」
 またこのパターン!!
 慌ててルーファスが割って入った。
「違うから、今日初めて会ったひとだから!」
 否定はしてみたが、ちゃんとディーナに伝わっただろうか?
「今日初めて会ったのに結婚なんて、ルーファスも隅に置けないわね、うふっ」
 伝わってなかった。
 勘違いの修正がめんどくさいので、ルーファスは話題を変えることにした。
「ところで母さん、なにしてるの?」
「それがローザとはぐれてしまって困っていたところなの」
「(家族と会うなら、せめてローザにだけ会いたかった)そうなんだ、いっしょに探そうか?」
「そんな悪いわ、彼女とのデートを邪魔しちゃ。それじゃあまたねルーファス、ファイト♪」
 両手にこぶしを握って応援された。
 恥ずかしさのあまりルーファス大ダメージ。
 もうルーファスは一刻も自宅に早く帰りたかった。
 王都を挙げてのお祭りで規模も大きいのに、なんで知り合いに高確率で会うのだろうか?
 ルーファスは変な方向に運が良いらしい。
「それでは参りましょう、次はお父様にご挨拶ですね」
 突然なにを言い出すんだこのハナコは。
「どういうこと?」
「結婚をするのであれば、ご家族全員に会うのが筋かと」
「会わなくていいから、それよりお祭りはどうするの?」
「あっ、そうですね。今はお祭りのほうが大事でした。ではなにか楽しいことを探しに参りましょう」
「…………(しまった)」
 父親との面会は避けたが、代わりにやっぱりお祭りからは逃げられなかった。
 再びお祭り会場に戻ったハナコはさっそく楽しいことを見つけたようだ。
「ルーファスさんあれを見てください。のど自慢大会ですって」
「……まさか」
「ぜひ出場してください。わたくし歌も大好きですから」
「自分が出ればいいんじゃ?」
「大変です、早くしないと受付が終了してしまいます!」
 ぜんぜんルーファスの話を聞いてなかった。
 そんなわけで強制的にエントリーさせられたルーファス。
「……最悪だ、歌とか苦手なんだけど」
 考えただけでお腹が痛くなったきた。
「大丈夫ですよルーファスさん。歌は魂さえこもっていればみんなに伝わります」
「そういうものかなぁ」
「そういうものです」
「ジャイアントゴーダっていう歌手は魂で歌ってるけど、ひどい音痴って話だよ。話に聞くと、その歌声は生きとし生けるものを震え上がらせて、発する音波はガラスをも砕き、戦場でその歌を聞いた敵の兵士たちは絶叫しながら死んでいったとか」
「あ、予選がはじまりましたよ」
 ぜんぜんルーファスの話を聞いていなかった。
 老若男女が出場するのど自慢大会では、歌のバリエーションも豊富だ。
 流行りの曲からムード歌謡まで、楽しそうだったり、真剣そうに歌っている。
 そんな出場者たちのヤル気を見て、どんどんヤル気が失われていくルーファス。
「やだなぁ、みんなの前で歌うなんて恥ずかしいよ」
 お腹が不穏な音が立てている。
 ここでルーファスはある重大なことに気づいた。
「そういえばなにを歌えばいいの?」
 勝手にエントリーを進めたのはハナコで、その際に曲目も勝手に決められていた。
「それはイントロがかかってからのお楽しみです」
「いやいやいやいや、歌えない曲だったりすると困るし、少しは練習しておきたいんだけど?」
「大丈夫ですよ、歌は魂ですから」
 ぎゅるるる~っとルーファスのお腹は激しく不穏な音を鳴らした。
 出たくもない歌自慢に出ることになり、曲目も本番までヒミツという嬉しくないサプライズ付き。ルーファスは今にも即倒しそうだった。
 そんなルーファスの耳に聞き覚えのある歌声が届いた。
 舞台裏からそっと会場を覗くと、そこには一族の証である赤系の髪色――ローズ色の髪をなびかせて歌っているローザの姿があった、
 澄み渡る清らかな歌声。ローザが歌っているのは聖歌だった。
 老人たちがローザに向かって拝んでいる。
「ローザ姉さん、また歌がうまくなってるなぁ」
 感心するルーファスの顔をハナコが見た。
「あの方もルーファスさんのお姉さんなのですか?」
「私は3人姉弟なんだ。長女のリファリス姉さん、次女のローザ姉さん、そして私が3番目」
「わたくしとしたことが、お姉様となる方をもうひとり知らなかったなんて、今すぐご挨拶して参ります」
 舞台に飛びだそうとしたハナコの腕をルーファスはつかんだ。
「今歌ってる最中だから、あとにしようよね、あとにさ?」
「ご挨拶はなにかと早めに済ませておいた方が印象もよくなりますし」
「予選の邪魔した方が印象悪くなると思うけど」
「ルーファスさんがそこまでおっしゃるなら、今回は特別に妥協して差し上げましょう」
 なんか知らないけど上から目線。
 それにしてもローザの歌声はすばらしく、心が洗われる気分だ。もしもこの場所に犯罪者がいたら、自首しそうなくらい心に染みいる歌だ。
「じつは俺、さっき爺さんからサイフをすったんだ。だれか捕まえてくれよ!」
「実はオレも、オレオレ詐欺のリーダーなんだ!」
「俺なんて今から人殺しをしようと思ってたところなんだ」
「なんだよみんなそんなことぐらいで、俺なんて前科100犯の大悪党だぜ。早く捕まえてくれよ!!」
 なんかいっぱい釣れた。
「す、すごいよローザ姉さん」
 ルーファスは姉の才能に感嘆した。
 そして、姉弟の中でなんの才能もない自分を思ってネガティブになった。
「姉さんたちはあんなにすごいのに、僕なんか僕なんか……生まれてきてごめんさい」
 ルーファスの両手をハナコの温かい手がぎゅっとつかんだ。
「凡人であるほうがよっぽど珍しいと思いますから、ルーファスさんも誇りを持って生きてください」
 ぜんぜん励まされてないし、ルーファスは凡人というよりへっぽこだ。ハプニング吸引体質で、平凡とはほど遠い。
 今だって変な押し掛け女房に憑かれてるし!!
 ローザが歌い終わると、感動のあまり会場は静まり返った。
 ハッと我に返った審査員が100点満点の鐘を鳴らした。本戦出場が決定した。
 次に参加者もルーファスの知り合いだった。
「あ、パラケルスス先生」
「お知り合いの方ですか?」
 ハナコが尋ねた。
「うん、私が通っている魔導学院の先生なんだ」
「まあルーファスさん、魔導学院の生徒さんなのですか?」
「いちようクラウス魔導学院に通ってるんだけど」
「あ、綺麗なちょうちょが飛んでますよ!」
 スルーされた。
 この都市には多くのクラウス魔導学院の生徒が住んでるとはいえ、名門である学院名前を出せばそれなりにみんな食い付いてくる話題なのに……。さらに『まさかルーファスが!?』みたいな感じで、みんなけっこう驚いてくれる話題なのに……。
「僕の話ってそんなにつまらないかな……」
 すっかり落ち込んでしまった。
 そんなルーファスをほっといて、予選は進んでいく。
 パラケルススが渋い歌声で歌い出した。
 歌詞の内容はおおよそ、酒に肴に義理人情、男女の色恋沙汰の舞台は港町。
 こぶしを回す上級スキルを駆使して歌われているのは演歌だ!
 演歌と言えば魂の歌。
 また老人たちが拝みだした。
 歌が単純に上手い下手という要素のほかに、魔力を持っている者はそれが歌に反映されることがある。今ある魔導の原型は詩による言霊であり、歌と魔導は古くから密接な関係にあるのだ。
 会場から声があがる。
「おやじとおふくろを温泉に連れて行ってやろう」
「そういえば、このごろ両親にありがとうって言ってないな」
「昔別れた妻とやり直そう」
「やっぱりわたし、あのひとを追って旅に出るわ!」
 なんかいっぱい釣れた。
 そんな感じでパラケルススも予選を突破したのだった。
 予選は進んでいき、そろそろルーファスの出番も近付いてきた。
 ハナコが笑顔でルーファスにある物を手渡す。
「ルーファスさん、急いで衣装を用意しましたから来てください」
「え?(いつの間に)」
「きっと似合うと思います」
「あ、ありがとう……」
 衣装を着て歌うなんて本格的だ。下手な歌を披露すると、赤っ恥をかいてしまう。
 でもせっかく用意してもらったものを断れないルーファス。
 出番も近いので急いで着替えることにした。
 舞台裏の影で人に見つからないうちに着替えようとしていると、たまたま誰かが通りかかってきた。
「ルーたんこんなところ会うなんて偶然ですねぇ~」
 現れたのはマリアだった。
「あれマリアさんこんなところで?」
「一稼ぎも終わったからのど自慢を観に来たんですぅ」
「そうなんだ」
「もしかしてルーたんも出場するんですかぁ?」
「まあ成り行きで……緊張してお腹は痛くなるしのどはカラカラだし」
「歌う前にのどがカラカラなんていけませんですぅ。これでも飲んでください、特別定価50ラウルですよぉ♪」
 あからさまにルーファスはイヤそうな顔をした。
 ぼられるという感覚はなく、ただただあの不味さが蘇ってきたのだ。
「前に買ったドリンク……言いづらいんですけど、ちょっと私の口には合わなくて」
「ごめんなさぁい、口に合わないドリンクなんか勧めてしまって、ぐすん」
 まん丸な瞳で涙ぐむマリア。
 慌てるルーファス。
「ごめんなさい、きっと僕の口に合わなかっただけで、本当は美味しかったんです」
「そんなフォローしてくれなくてもいいですぅ、ぐすん。不味かったからもう二度とマリアからドリンク買ってくれないんですね、ぐすんぐすん」
「買います買います!」
「600ラウルですぅ、ぐすん」
「……え?」
 微妙な値上がり。
 ルーファスが若干渋ったのを見てマリアはさらに泣きはじめた。
「ルーたんひどいですぅ、買ってくれるって言ったのに言ったのにぃ~」
「買います買います買わせていただきます!」
「700ラウルですぅ」
「……買います。700ラウルでいいんだよね(また値上がりした)」
 ルーファスはサイフから700ラウルを出して渡した。
 今まで泣いていたのがウソのように、というかウソだけど、ニッコリ笑顔のマリアちゃん。
「毎度アリですぅ♪(ちょろいわルーファス)」
 やっぱり心の声がダークだ。
 さっそく買ったドリンクをグビグビっと飲んでみた。
 鼻を抜けるフルーティーな香。甘さもほどよく、さわやかなくらいの酸味もほどよい。
 ルーファスは一気に飲み干した。
 ちょうどそこへのど自慢のスタッフがやって来た。
「ルーファス・アルハザードさ~ん! もう出番なので急いでくださ~い!」
「はいはい、ずぐっ……に(あれっ、のどの調子が……)」
 なんだかのどのつまりを感じながらも、今はとりあえす急いで着替えて舞台に向かうことにした。
 ついにルーファスの出番がやって来た。
 舞台袖から出てきたルーファスを見て観客たちは……失笑。
 腕にそうめんの滝みたいなのがついた純白の衣装。パンタロンの丈があっておらず、『殿中でござる!』みたいな場面に出てきそうな、裾を廊下にズルズル引きずる着物状態だ。
 この姿を舞台裏からこっそり見ていたビビも幻滅せずにはいられなかった。
「ルーちゃん……ダサい」
 じつはビビものど自慢と聞いてコッソリ予選に参加しようとしていたのだ。
「(早食いではダメだったけど、歌ではイイとこ見せるんだから!)」
 意気込んでいるビビちゃんであった。
 舞台上ではルーファスが緊張と恥ずかしさで泡を吐く寸前だった。
「(早く終わって……このままだと僕の人生が終わる)」
 なかなか流れないイントロ。
 変な衣装で壇上に立たされ、羞恥&放置プレイだ。
 しかも、客席にはローザとディーナの姿が……。
 そしてようやくイントロが流れはじめた。
 ルーファスは眼を剥いた。
「(この曲って……)」
 考えているうちにイントロが終わってしまう!
「(こうなったらめいいっぱい歌ってやる!)」
 大きく息を吸いこんだルーファスは、歌い出しと共に大声を響かせた。
「おーれはジャイア~ント、鬼軍曹♪」
 ホゲ~!
 ルーファスの声とは似ても似つかない地の底に棲む悪魔の呻き声。
 この世の終わりを知らせる悲鳴。
 次々と倒れる観客たち。
 揺れる地面、砕ける壁、天を漂う雲が割れた。
 そして轟く雷鳴。
 ルーファスの歌声、天変地異のごとし!
 もともとルーファスはこんなに歌が下手なわけではない。マリアからもらったドリンクのせいだ。
 救護隊によって運ばれていく人々。
 未曾有の大惨事の中、もっと早く倒れていたのは――ほかならぬルーファスだった。
 自分で歌って自分で気絶したのだ。

《4》

 青空に浮かんだように見える丸い帽子。
 ハナコがこちらを覗き込んでいる。
 気絶からやっと目を覚ましたルーファス。
「ううっ……ここどこ?」
 枕とは違う柔らかさを持っていて、とても心が安まるような温かさ……。
「膝枕!?」
 ルーファスは顔を隠して慌てて飛び起きた。
「大丈夫ですかルーファスさん?」
「だ、大丈夫です!(さっきと同じパターンだ)」
 どうやらまたベンチで膝枕をされていたらしい。
 とりあえず目を覚ます前の記憶は舞台に上がったあたりから途切れている。
 気絶する前から緊張で記憶が飛んでいたのだ。
「のど自慢大会はどうなったの?」
 ルーファスが尋ねると、
「セットが壊れ、運営者も病院に運ばれたことから一時中止になりました」
「ぼ、ぼくのせい?」
「はい、そのとおりです。怒った観客が暴動を起こしてルーファスさんを襲おうとしましたが、どうにかわたくしがお連れて逃げて参りました」
「あ、ありがとう」
 逃げ切ったのはいいが、今度のことが心配だ。
 ぐったりしたルーファス。
「もう十分すぎるくらいお祭りを満喫したし……帰ろうかな?」
「さあ参りましょう」
 華麗にスルー。
 祭りが終わるまで解放されないかもしれない。
 会場に戻り、今度はなにをやらされるのかとドッキドキのルーファス。ハナコがなにを見つけないのを祈るばかりだ。
「ルーファスさん、あれを見てください!」
 見つけてしまったか……。
 ハナコが指差す垂れ幕を見てルーファスはゾッとした。
「あれは無理だから、絶対に僕なんかじゃ無理だから勘弁してよぉ!」
「そんなことありません。やる気があればなんでもできます。夢はきっと叶うんです」
「べつに夢じゃないし」
「それに噂によると魔導学院に通っていらっしゃるとか」
「噂じゃなくて私自身が君に言ったんだけど」
「魔導学院の生徒さんならきっと良い成績を残せるでしょう!」
「だから無理だってあんなの!」
 ルーファスがビシッと指差した垂れ幕には、『天下一魔闘会~アステア王杯~』の文字が。
 魔導な盛んなアステア王国では、魔導の腕を競い合う大会が多く開かれている。その中でも天下一魔闘会とは、魔導だけはなく肉体も駆使した、魔導+武闘の格闘技大会なのだ。

「花火と喧嘩は王都の華と言われていますから、きっと楽しめると思いますよ」
「そんな言葉あったっけ?」
「今考えました」
「そ、そうなんだ……でもとにかく少年漫画みたいなバトルは私にはムリだよ」
 たしかにバトルマンガにルーファスは向かないだろう。
 そんなバトルマンガによくある展開がルーファスを待ち受けているのだ。
 もやしっ子のルーファスがそんな大会に出場したら……。
「殺されるよ。ルール上は殺人とかダメってなってるけど、魔法を食らった痛いし、殴られたら痛いし」
「それでも男ですか、軟弱者!」
 バッシーン!
 ハナコの平手打ちがルーファスの頬に炸裂。
 ルーファス気絶。
 軟弱すぎるルーファスだった。

「それでは予選、第3回戦――はじめ!」
 レフリーの声でルーファスはパッと目が覚めた。
 気づいたらリングの上。
 目の前にはよく知ってる先輩の姿。
「すまないなルーファス。たが私はここで負けるわけにはいかない(今年こそはクラウス様の前で優勝してみせる!)」
 クラウスの護衛任務などをしているエリート中のエリート魔剣士エルザだった。
 今日はルール上、剣こそ装備していないが、普通にやってルーファスが勝てる相手ではなかった。
「えっ、えええ~っ!?(なんでエルザさんと戦うハメになってるの!?)」
 しかもリング脇にはカーシャの姿まであった。
「負けたら承知せんぞルーファス!」
 エルザとカーシャは仲が悪い。そんなことにまで巻き込まれてしまったルーファス。
 さらにハナコからエールが飛ぶ。
「負けても勝っても結婚しましょうね!」
 もう雁字搦[ガンジガラ]めで逃げられない感じだ。
 ルール上は負けを認めるか、ダウンするか、リングから落ちると負けになる。
 ここでもし負けを宣言したら、きっとカーシャに殺られる。
 言い訳をするためにも、善戦をしなくてはいけなかった。
 かと言ってルーファスはひとに攻撃を仕掛けるようなマネはしたくなかった。
 そこで取った行動は、やっぱり逃げる!
「エルザさん攻撃しないでくださぁ~い!」
「逃げるくらいなら負けを認めろルーファス!」
 ルーファスはチラッとカーシャを見た。
「(ルーファス、負けたらヌッコロスぞ……ふふふっ)」
 口に出さなくてもカーシャの声はちゃんとルーファスに伝わった。
 エルザが魔法を繰り出そうとしていた。
「すまんなルーファス、できる限り痛くはしないつもりだ」
「痛いのイヤです」
「ピコ・エアボール!」
 空気の塊がドッジボールのようにエルザから投げられた。
 ルーファスは昔からドッジボールで逃げるのだけは得意だった。
「うわっ!?」
 叫びながら紙一重でエアボールをかわした。
「まだまだゆくぞルーファス! ピコ・エアボール3連発!」
 バレーのレシーブのようにバシン、バシン、バシンっとエアボールを飛ばした。
「痛いのイヤです!」
 ルーファスは必死に1発目をかわし、2発目もかわしたが、3発目は逃げたその場所に飛んできた。
「ぐわっ!」
 腹を殴られたような衝撃。
 ルーファスの身体がリングサイドギリギリまで吹っ飛んだ。
 かかとがリングからはみ出し落ちそうになる。
「おっととととと……落ち……ない!」
 ルーファスはどうにか踏ん張った。
 さっきのエルザの攻撃は最初の2発が誘導だったのだ。わざと相手に逃げ道をつくることにより、逃げ場を絞り込んだのだ。
 エルザが構えた。
「食らえルーファス!」
 リングサイドでもう一度エアボールを食らったら、確実にリングアウトだ!
「エルザさんのヒミツ言いますよ!!」
 咄嗟にルーファスの口を突いて出た。
 思わずエルザの動きが止まった。
「なにを言う気なのだルーファス?」
「エルザさんの初恋の相手も知ってますし、どうやってフラられたかも知ってますし、はじめてのチューの相手とその場所も僕は知ってるんですよ!!」
「ひ、卑怯だぞルーファス!」
 慌て出すエルザ。
 そのようすを見ていたカーシャはルーファスに親指を立てて見せた。
「グッジョブだルーファス(ぜひ妾もエルザの弱みをつかみたいものだ)」
 まさかの卑怯な戦法にエルザは葛藤した。
「(こんなところで負けるわけには……)」
 しかし、エルザの目にチラッと入ったその姿。
「(クラウス様!?)」
 クラウスが予選の視察に来ていたのだ。
 エルザは戦意を失った。
「私の負けだ。ルーファスに勝ちを譲る。しかしルーファス、今後の試合で無様な戦いを見せたら承知せんぞ!」
「は、はい!」
 なんか勝ってしまった。
 しかもスゴイプレッシャーを掛けられた。
 勝ったのにちっとも嬉しくない。
 ルーファスが試合を終えて戻ってくると、別のリングではファウストとセイメイが激突していた。
 魔導学院の教師対決だ!
 黒魔術を得意とするファウストと東方魔導の使い手セイメイ。
 ファウストは間合いを取る。
「クククッ、まさか同じ学院の教師と第1予選から当たるとは」
「ファウストちゃんと手合わせするのははじめてねぇん!」
「イースタンマジックとは初めて戦う。じつに興味深い」
 セイメイの操る魔導は一地域でのみ発達した魔導。元を辿れば同じでも、派生や進化の過程が違えば、主流の魔導では対抗手段を取るのがなかなか難しいのだ。
 直接的な武器の使用は認められていないが、魔導具の使用は3つまで認められている。これが切り札となる。
 魔導具マニアのファウストがなにを出してくるか見物だ。
 ルーファスが食い入るように見ていると、その後ろからだれかが近付いてきた。
「やあルーファス」
「クラウスじゃないか、こんなとこ来て平気なの?」
「主催者ということになっているから、予選の見学くらい平気だろう。ところでエルザに勝ったそうじゃないか?」
「まあ、勝ったというかなんというか」
「ちょうど来たときには勝負はついていたみたいで、どんな負け方をしたか知らないけど、君に負けたせいで酷く落ち込んでね。修行の旅に出るとか言い出して留めるのに一苦労したよ」
「ごめん」
「ルーファスが謝ることじゃないさ。その調子で優勝目指して頑張ってくれよ、応援してるよ」
 そう言ってクラウスは去ってしまった。
 なんか変なプレッシャーをかけられてしまった。
 ぎゅるる~。
 ルーファスのお腹が不穏な音を立てた。
 休憩もままならないうちに、ルーファスの予選第2回戦がはじまろうとしていた。
 呼ばれてリングに上がったルーファス。
 もうひとりリングに上がったのは黒い翼を持った女。
 ルーファスはツバを飲んだ。
「……今度こそ死ぬかも」
 大会のルール上、殺しは御法度なのでたぶん平気。事故死はあるかもしれないけど。
 ルーファスの対戦相手はエセルドレーダという悪魔だった。
 浅黒の肌に銀の長い髪、金色の瞳が獲物を捕らえ、漆黒の翼でどこまでも追い詰める。
 ボンテージ姿はどこか女王の風格を魅せている。
 しかし、この悪魔は女王ではなく、ある人物の仲魔である。
 その人物こそが、世界で3本の指に入ると謳われる魔導士アレイスター・クロウリー。クラウス魔導学院の学院長その人だ。
 エセルドレーダはクロウリーの秘書であり、その主の力を考えれば当然彼女の実力も計り知れない。
 もうルーファスは心に決めていた。
 レフリーが合図する。
「――はじめ!」
 その次の瞬間にはルーファスは口を開いていた。
「僕の負けを……ボギャッ!」
 ルーファスが言い終わる前に、エセルドレーダは目に留まらぬ早さで、ボディに10発、アッパーを1発、浮き上がった身体に空かさず回し蹴りで1発。
 鼻血が噴き出た方向と左右対称にルーファスがぶっ飛んだ。
 華麗なKO。
 無様なリングアウト。
 そして、大会最速の勝利記録と、同時に敗北記録を樹立したのだった。

 夜は深く染まり、月と星がきらめきながら歌う。
 王都アステアの横を流れるシーマス運河も静かな調べを奏でていた。
 目を覚ましたルーファスはすぐに気づいた。
「またか……」
 気を失って、またハナコに膝枕されていた。
 今度はベンチではなく、運河のほとりの芝生だ。
 今日はとてもルーファスにとって疲れた1日だった。それももうすぐ終わる。建国記念祭はじきに幕を閉じようとしていた。
 ただ一部の人間たちは2次会3次会と称して朝まで飲むつもりだろが。
 膝枕からルーファスは逃げようとしなかった。
 心地良くて溜まっていた疲れが取れていくような気がする。
 微かに聞こえてくる祭りの音が、なぜだか寂しさを募らせる。
 何度も来るんじゃなかった、何度も帰ろうと思ったのに、今はそれをルーファスは懐かしく感じていた。
「お祭り楽しかったよ、君といっしょに回れて」
「わたくしも楽しかったです」
「でも終わっちゃうんだね」
「家に帰るまでがお祭りです」
「それを言うなら遠足じゃ?」
「お祭りも遠足も思い出を家まで持ち帰るのは同じですよ」
「そうだね、思い出はちゃんと忘れず持ち帰らなきゃね」
 なんだか雰囲気バリアをつくっちゃってるお二人さん。
 そんな二人の間に猛ダッシュで割って入ってきた仔悪魔がいた。
「ルーちゃんやっと見つけたよーっ!」
 ピンクのツインテールをジタバタさせながらビビが駆け寄ってきた。
 ビビはお二人さんの前にビシッと立った。
「ルーちゃんこのひとだれ?」
 じと~っとした眼でビビはルーファスを見つめた。
 答えたのはもちろん! 
「もちろん婚約者です」
 ハナコだった。
「ええぇ~~~っ!?」
 思わず叫び声をあげたビビ。
 ビビちゃんショック!
 慌ててルーファスは否定する。
「今日初めて会ったばかりで結婚なんてとんでもないよ。もちろん付き合ってもないんだし」
「じゃそれなに?」
 ビビはお二人さんを指差して言葉を続ける。
「どう見ても膝枕だよねぇ? ホントのホントはどーゆー関係なわけ?」
 再びじと~っとした視線。
 慌ててルーファスは飛び起きた。
「誤解だって! 気を失って気づいたらこうなってただけで、不可抗力だよ!」
「ホントかなぁ~? じゃなんで早く起きないわけ?」
 またもじと~っとした視線。
 ハナコも立ち上がった。
「それでは参りましょうか?」
「「は?」」
 ルーファスとビビの声が重なった。
 またお祭りで大変な目に遭わされるのだろうか?
 いや違った。
 もっと衝撃的なことが起ころうとしていた。
 ハナコの唇がルーファスの頬に触れた。
 チュッ♪
「今日は本当に楽しかったです。これがわたくしからのお礼です」
 キスがお礼なのか!?
 ビビちゃん固まる。
 しかし、本当のお礼はこれからだった。
 な、なんと、突然ハナコがスカートをめくり上げたのだ。
 しかもノーパン!!
 いや、ルーファスが驚いたのはそんな些細なことではなかった。
「ちんこーーーー!?」
 思いっきり口に出してしまった。
 良かった、口に出したのがビビじゃなくて。
 まさかのハプニング発生。
 すっかり少女だと思い込んでいたら、雄しべがついていのだ。
「ルーファスさんがくれたお汁の力、その力で華を咲かせて見せましょう」
 汁ってなに汁って?
 ルーファス汁?
 そして、さらに衝撃的なことが起ころうとしていた。
 ハナコを雄しべを空に向けた。
「玉屋~~~っ!」
 それって股間についてる……ではなかった。
 ハナコの股間から発射された二つの玉が夜空に大きな華を咲かせた。
 煌めく花火。
 それは魔力の煌めきだった。
 大輪の華が散ったとき、ハナコの姿もどこかに消えてしまっていた。
 呆然と立ち尽くすルーファス。
「…………」
 眼に焼き付いた光景は一生忘れることはないだろう。
 ハナコの花火。
 しばらくしてビビが現実世界に復帰した。
「ル、ルーちゃん……今のって?」
「私に聞かないでよ……それにしても、だれだったんだろう、あの子?」
「変態だったのは間違いないと思うけどぉ」
 最後の最後にだいぶ変態だったことは間違いない。
 気を取り直してビビは笑顔でルーファスの顔を覗き込んだ。
「ねえルーちゃん!」
「なに?」
「来年のお祭りは二人でいっぱい楽しもうね♪」
「え?」
「そんじゃまた明日学校でねぇ~。ばいば~い♪」
 ビビはスキップをしながら去ってしまった。
「僕も帰ろう」
 家路につくルーファス。
 ちょうと建国記念祭も終わりを迎えた時刻だった。
 また来年、きっと楽しい思い出がルーファスを待っていることだろう。

 おしまい


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