第13話_パンツに願いを

《1》

 運命の日。
 珍しく凜とした表情をしているルーファス。
 その前には薄ら笑いを浮かべるファウスト。
 しんと静まり返った召喚実習室。
 ルーファスが息を呑んだ音が響いた。
 そして、ファウストが重々しく口を開く。
「わかっているな?」
 強烈なプレッシャーを含んだ声だった。
 ルーファスの顔から滝のような汗が流れた。
「や、やっぱり今日はやめにしませんか?」
「ならば即、赤点決定だ!」
「……ですよねぇー(ぐすん)」
 温情に温情を重ねて、どうにか追試を受けられることになった。
 これまでの失敗を考えれば、とっくに愛想を尽かされ、不合格にされているところだ。
 そこをなんとか、不慮の事故ということで、追試に追試を重ねてきたが、さすがにそろそろ次はない。ファウストがそういうプレッシャーを放っているのだ。
 ここでルーファスの召喚戦歴を振り返ってみよう。
 9月4日シルフ――普通に召喚失敗で、追試が決定。
 9月7日ハリュク――呼んでもないビビを呼びだしてしまう。
 9月22日ガイア――練習中に未知との遭遇をしてしまい王都を巻き込んだ事件に発展。
 9月23日ノーム――呼んでもないビビの母親を呼び出してしまう。
 10月2日ノーム――呼んでもないユーリを呼びだしてしまう。
 ユーリとは諸事情から地元を飛び出した女装ッ娘なのだが、ルーファスは未だにユーリが男ということを知らなかったりする。現在ユーリはカーシャの偽装工作によって、クラウス魔導学院に編入手続きをしている最中だ。詳しくはマ界少年ユーリを読んでね!
 そして、本日10月4日シルフ。発端となった召喚試験から1ヶ月。ルーファスにとっては、怒濤の流れで過ぎ去る早いような、内容が濃いために遅いような1ヶ月だった。
 ファウストが1枚の契約書をルーファスの顔面に突き付けた。
「ここにサインするのだ!」
「……え?(これってファウスト先生お得意の悪魔の契約書じゃ)」
「今回の追試はいかなる理由があろうとも、失敗は許さん。言い訳ができぬように、ここにサインするのだッ!!」
 ファウストの気合いに押され、物怖じしたルーファスは契約内容をよく読まないでサインしてしまった。
 満足そうに微笑んだファウストは、すぐに契約書をしまってしまった。
 サインをしてしまって、時間が経ってからルーファスはじわじわと恐怖が湧いてきた。
「……しまった(とんでもない契約書にサインしちゃったよぉ。カーシャとのやり取りを見てれば、取り立ての厳しさは知ってたのに)」
「では召喚の準備に取りかかるのだ」
「いや……心の準備が……」
「何度目の追試だと思っているのだ。心の準備など無用だろう!」
「は、はい! 今すぐに取りかかります!」
 焦って準備をはじめるルーファス。この焦りが失敗に繋がらなければいいが……。
 召喚の成功率を高めるための魔導具を並べ、魔力が注入されている召喚用の水性ペンキのバケツに巨大な筆を浸けた。
「用意できましたファウスト先生!」
「うむ、準備だけは上達しているようだな」
「魔法陣もテキストを見なくてもバッチリ描けます!」
「自慢できるほど難しい魔法陣ではないぞ。初歩の初歩の魔法陣だ。あんなもの、空で描けて当たり前だ」
「ですよねぇー」
 一気にルーファストーンダウン。
 どんどん自信が失われていく。
「なんかもう召喚術とか一生成功する気がしないんですけど」
「召喚士[サモナー]に弱気は禁物だ。召喚相手によって、こちらの態度を変えることは、契約成立の大きな要素である。無償の契約となれば、なおさらこちらの態度が重要なことを忘れるな。力に従う者には威圧や武力で接する必要がある」
「武力とか威圧とか苦手なんですけど」
「ならば、はじめから友好的な相手を召喚するのだな」
 呼び出したい相手をちゃんと呼び出せるなら、これまでの失敗だってなかった。
 なかなか魔法陣を描き始めないルーファス。ペンキが乾いてしまいそうだ。
 ファウストが痺れを切らせる。
「早くしろ」
「トイレ行っちゃダメですか?」
「却下だ」
「追試内容をレポート提出とか変更できませんか?」
「却下だ」
「そこをなんとか……」
「ならんな。召喚を成功させる以外は認めん」
 だが、ここでファウストは悪魔の笑みを浮かべて続ける。
「しかし、私とて悪魔ではない。サービスしてやろう」
「どんな?」
「どんなモノを召喚しようと、使役できたら合格にしてやろう。もしも魔王級を使役できたら、A++をやってもいいぞ、クククッ」
 また不慮の事故で予期せぬ相手を召喚してしまっても、とにかくその相手と召喚しろというのは、ある意味難易度が上がっているような気がする。最悪、生き物ですらないものを呼びだしてしまったら、使役とか契約以前の問題だ。
 けれど、呼び出す相手によったら好条件で物事が運ぶかもしれない。
 ルーファスは思った。
「(人なつっこい犬でもオッケーなのかな?)」
 オッケーだとしても、犬を呼び出す魔法陣を知らなきゃダメだ。もちろんルーファスは知らない。そもそも、今回の試験では、召喚するものは固定されている。
 固定されているのにも関わらず、違うものばっかり呼び出してるから、追試に追試なのだ。
 ルーファスは意を決して魔法陣を描きはじめた。
「よし、どんなものでドンと来い!」
 固定されているのに、なにが飛び出すかわからない気満々だった。
 魔法陣を書き終え、ルーファスが詠唱をはじめようとしたとき、実習室のドアが開いた。
「こちらが召喚実習室になります」
 部屋に入ってきたのは事務員の女性と、そのあとに続いて来たユーリだった。
 事務員はファウストと目が合って慌てた。
「使用中でしたか、失礼しました。編入生に校内を案内していたところでして」
「まだ準備中だ構わん。せっかくだから、見学して行くがいい」
 ルーファスが目を丸くした。
「はっ?」
 ただでさえ失敗確立が高いのに、見学者なんかいたら、ルーファスは緊張でさらに失敗してしまう。
 活発そうでボーイッシュってゆーか、じつはボーイなユーリが瞳をキラキラさせた。
「見学させてもらえるなんて嬉しいです!(オーデンブルグ家の家訓――とりあえず人の好意は笑顔で受けとけ!)」
 ぶっちゃけ見学自体はどーでもいいと思ってるユーリだった。
 慌てるルーファス。
「見学なんてダメダメ、ダメ! ファウスト先生、もしものことがあったら大変ですよ!」
「失敗しなければいい話だ、ククッ」
 その笑いは成功すると思ってない感じだ。
 さらにユーリも白けた眼でルーファスを見ている。
「(あの人そーとー使えないし、失敗確実っぽいなぁ。事故に巻き込まれないようにしなきゃ。あっ、軽く巻き込まれて損害賠償請求するっていうのも手かも)がんばってルーファス!」
 心のこもってない応援だった。
 ルーファスはプレッシャーで押しつぶされそうだった。自分に集まる視線から逃れられない。その視線の1つが『早くしろよ』という感じで睨んでいる。
 ビビるルーファス。
「(怖いよユーリ。なんか僕にだけキツイ気がするなんだけど……気のせい?)」
 きっとそれは気のせいじゃない。
 ユーリは事務員に眼を向けられた途端、スマイルを浮かべた。もちろん営業スマイル。
 犬は群れの中で格付けをする。それはあくまで本能によるものだが、ユーリは打算でそれを行っている。そーゆー子なのです、ユーリちゃんは。詳しくはマ界少年ユーリを読んでね!
 追い詰められたルーファスは、前へ進むしかなかった。
 もうすでに魔法陣は描き終わっている。
「じゃあ呼び出しますから、行きますよ、行くからね、行っちゃうよ?」
「早くしろルーファス!」
 踏ん切りの付かないルーファスにファウストの叱咤が飛んだ。
 急かされたルーファスは勢い任せに召喚した。
「出でよイ――」
 まだ最後まで言葉を発していないというのに、魔法陣が輝き何かが空間の歪みから飛び出してきた。
「「大当たり!」」
 と声を合わせながら現れたぷかぷか浮いた2つのシルエット。
 召喚されたのはピエロのような衣装を着たちっこい少年少女だった。
 唖然とするルーファス。
「……失敗した」
 また予定外のものを召喚してしまったのだ。
 だが失敗は失敗でも、不合格と決まったわけではない。
 ファウストが口を開く。
「使役できたら合格だ」
 そうだ、まだチャンスはあるのだ!
 ルーファスはさっそく契約交渉をしようとした。
「ともだちになってください!」
 友好による契約交渉だった。
 ピンク衣装の少女がイヤそうな顔をした。
「キモイ~」
 ブルー衣装の少年が笑った。
「ぷぷっ、ダッセーメガネ」
 メガネデビューしたばかりのルーファス。レンズはグルグル渦巻く分厚いもので、メガネによるイメチェンのマイナス効果を引き出してしまっている。
 ルーファスはめげずにがんばる。
「ともだちになってください!」
 ……し~ん。
 友好による交渉は無理そうだ。
 ルーファスは気負いを入れてがんばる。
「こ、この野郎、私の言うことを聞いてくださいコンチキショー!」
 たぶん威圧したつもりなのだろうが、ぜんぜんなってない。
 少女は少年と顔を見合わせた。
「変な奴に呼び出されちゃったけどどーするーリリ?」
「決まりなんだからしかたねぇーだろ。さっさとゲームしようぜルル」
 少女のほうがリリ。
 少年のほうがルル。
 ゲームとはいったい?
 ユーリがハッとして眼を丸くした。
「思い出しました! 伝説の妖精ユニットに違いありません。性格が悪いですが、運良く召喚できた者には幸福を訪れるというケツタッチンです!」
 ファウストが頷いた。
「うむ、たしかにケツタッチンのようだ。私もはじめて見た」
 幸運が訪れる妖精ケツタッチン。
 ということは?
「私に幸運を訪れるってこと!?」
 ルーファス興奮。
 チッチッとリリが舌を鳴らした。
「呼びだしただけじゃダメだぜ。オレとルルのケツを触れたら、どんな願いでも叶えてやるよ」
「簡単には触らせないけどー」
 ルルはお尻を突き出し、スカートから覗いたパンツをフリフリ振った。いちごパンツだ。
 女の子のお尻にタッチなんて、痴漢プレイだ!
 そんなことルーファスにできるハズがない。
「でも触れれば追試に合格できるんだ」
 どんな願い事でも叶うというのに、欲がないのか、目の前のことしか見えていないルーファス。
 だがユーリが違った。
 大いなる願いを込めてルルに飛び掛かった。
「アタシは!(本物の女の子になりたい!)」
 ユーリの手が宙をつかむ。いちごパンツまであと一歩で逃げられた。
「きゃはは、捕まえられるもんなら捕まえてみな。ウチのお尻だけ触っても願い事は叶わないよ。ほら、リリが逃げちゃうよ」
 リリは宙を飛びながら部屋の外に出ようとしていた。その後ろ姿は中身丸見え。リリもスカートのような衣装になっていて、空飛ぶ後ろ姿は丸見えなのだ――赤いふんどしが。
 愕然とショックを受けるルーファス。
「あ、あんなの触りたくない!」
 男がふんどし姿の男のケツを触るなんて、変態行為だ。
 ルーファスは痴漢にも変態にもなれず、もはや断念しようとしていた。
 しかし中間のユーリはどっちもイケる口だった。
「絶対に捕まえてやる!(そしてアタシは女の子になる!)」
 どっちのケツを触ることにも躊躇なし!
 部屋を出て行った妖精たち。それを追ってユーリも姿を消した。
 残されたルーファスの眼前に羊皮紙が突き付けられた。
「ルーファス、契約を忘れたとは言わせんぞ?」
 ファウストと交わしてしまった悪魔の契約。
「べつに言い訳とかしませんよ。もう不合格でいいです」
「ならば契約に基づいてあることをしてもらうが、いいな?」
「へ? 言い訳させないための契約じゃ?」
「予定外のモノを召喚し、それに対処できなかったときの契約だ。そう契約書には書いてあったはずだが?」
 ……勢いでサインしちゃったから読んでない!
 が~ん。
 ルーファスショック!
「そ、そんなぁ」
 いつか悪徳商法に引っかからないかと、ルーファスのことが心配になる。
 しかし、ルーファスに残された道はまだある!
 あの妖精を使役できればいいのだ。
 てっとり早い方法は、お尻に触って願い事を念じる。
「がんばろう。お尻に触るだけでいいんだ。でもやっぱりムリですよファウスト先生。男の子のお尻はがんばって触りますけど、女の子はちょっと~」
「こんなところで油を売っているヒマはないぞ」
「なんでですか?」
「編入生もそうだが、事務員も眼の色を変えてケツタッチンを追って行ったぞ。学院中に噂が広まるのも時間の問題だろう」
 どんな願い事も叶えてくれる。そうなったら、だれもが眼の色を変えて妖精を追いかけるだろう。
 さらにファウストは付け加える。
「ケツタッチンに願いを叶えてもらえるのは1人だけだ。願いを叶え終えたケツタッチンはすぐに姿を消してしまうのだ」
「ますます急がないとダメじゃないですか(ますます合格できる気もなくなってきた)」
「わかったら早く行け」
「ファウスト先生は行かなくていいんですか?」
「もちろん行くに決まっているだろう!」
 行くのか!
 ルーファスを置いてファウストも部屋を飛び出した。
 独り召喚実習室に残されたルーファスも慌てて妖精たちを追った。

《2》

 急いで召喚実習室を飛び出したが、もちろん妖精たちを見失ってしまったルーファス。
 とりあえず辺りを探してみると、廊下の壁にらくがきを発見した。
 ――リリ様参上!
 と、スプレーかなにかで描かれたらくがきは、若気の至り臭がぷんぷん臭っていた。
「本人が描いたのかな?」
 学校関係者でこんな大胆なマネをする者はないので、とりあえずあの妖精の仕業に間違いないだろう。
 ここから妖精はどこに向かったのだろうか?
 ぼーっとらくがきをルーファスが眺めていると、だれかが後ろから近付いてきた。
「あーっ、ルーちゃん壁にらくがきなんてイケナイんだぁ!」
「わ、私じゃないよ!」
 ルーファスが振り返った先にいたのはビビだった。
「わかってるよ、ルーちゃんにこんな大胆な犯行できないもんね」
「あの妖精が描いたんだよ、きっと」
「あの妖精?」
「召喚の追試で……」
「もしかしてまた失敗しちゃったのぉ?」
「で、でもまだ不合格って決まったわけじゃないんだ!」
「ふ~ん(もう召喚とか一生しないほうがいいんじゃないの。また騒動にならなきゃいいけど)」
 騒動にならないわけがない!
 そーゆー期待をルーファスは裏切りません!
 少なくともルーファス含めた4人が、妖精と追いかけっこをしている。この輪が広がれば大騒動に発展するのは間違いない。
 そして、ここでビビと出会ってしまったために、ビビの参戦フラグが立ってしまった。
 ルーファスは騒ぎが大きくなる前に、さっさと事態を収拾しなきゃいけない。参戦人数が増えれば増えるほど、ルーファスは不利になっていく。
「じゃ、私は追試の続きがあるから!」
 駆け出したルーファス。
「ちょっと待って!」
 ビビが呼び止めた。
「そっち召喚室じゃないよ?」
 首を傾げたビビ。
「逃げ出した妖精2人組を捕まえなきゃいけないんだよ。召喚は失敗したけど、使役できたら合格にしてもらえるんだ」
「だったらあたしも手伝うよ!」
「ホントに!?」
「うんうん、だってルーちゃんに合格して欲しいもん」
「ピンクの服を着た少女の妖精と、青い服の少年の妖精なんだけど、空を飛んでるから見たらすぐわかると思うんだけど、とにかく二人を捕まえて欲しいんだ。それで私が二人のお尻に触って願い事をすれば、どんな願いも叶えてくれるから、それで追試試験を合格にしてもらおうと思って」
 ギラ~ンとビビの眼が妖しく輝いた。
 ……しまった。
 うっかりルーファスは全部説明してしまった。
「願い事が叶うってホント?」
「そ、そんなことを言ってないよ!」
 慌ててルーファスは否定するがもう遅い。
「絶対言ったもん。でもお尻に触るってどーゆーこと?」
「二人組の妖精のお尻を触るっていうのが、願い事を叶えてくれる条件らしいんだ」
「ルーちゃんのえっちぃ」
「しょ、しょうがないでしょ! そういう条件なんだから!」
 否定したにも関わらず、質問に答えてうっかり認めたも同然。
 ビビはヤル気満々だった。
「あたしも願い事叶えてもーらおっと♪」
 ルーファスを置いて駆け出したビビ。
「ビビ!」
 急いで呼び止めようとしたが、もうビビはどっかに行ってしまった。
 こうやって騒ぎはどんどん大きくなっていくのだ。
 ライバルがまた独り増えてしまって、ルーファスはグズグズしてられない。
 一刻も早く妖精を見つけたいが、手がかりもない。
 廊下の向こうから女子生徒二人が雑談しながらやって来た。
「今の話本当かな?」
「本当なら、さっき見つけたときに触っておけばよかったー」
「でも1人だけじゃダメなんでしょ?」
 まさかこの話って?
 ルーファスは二人に声をかける。
「あのちょっといい? その話ってもしかして妖精のお尻に触るとって話?」
「そうですけど」
 肯定されてルーファスショック。
 すでにウワサが広まってしまっている。
 慌てるルーファス。
「その話だれから聞いたの!?」
「ピンク色のツインテールの子からですけど。妖精を見なかったって聞かれて、願い事の話をしてくれました」
 ビビだ。
 ウワサを広めるのが早すぎる。このペースでビビが生徒たちに聞いて回ったら、あっという間に学院は大騒ぎになりそうだ。不幸中の幸いは、放課後で生徒たちが少なくなっていたことだろう。
 しかし、妖精たちが学院の外にまで飛び出したら、ウワサもいっしょに街に飛び出してしまう。
 ルーファスは二人の女子生徒に頭を下げた。
「ありがとう、じゃ!」
 急いでルーファスは駆け出した。
 女子生徒たちと別れてから、ルーファスはハッとした。
「(慌てて妖精をどこで見たか聞き忘れた)」
 闇雲に探すよりも聞き込みをしたほうが早そうだ。きっと追いかけっこをしている姿は目立っているだろう。けど、人に尋ねるときは、願い事のことは伏せたほうが良さそうだ。
 ――という考えは甘かった。
 ルーファスは新たな壁のらくがきを見つけた。
 デカデカと描かれているリリとララの似顔絵に添えられている言葉。
 ――ウチらのお尻にタッチできたら、どんな願いも叶えてあげるよ(ハートマーク)。
「似顔絵……うまい」
 そんなとこに感心してる場合じゃないぞルーファス!
 辺りを見回すと、そんな感じの参加者を募って煽るようならくがきがいっぱいあった。
 妖精たちにとってはゲームなのだ。
 中庭から声が聞こえてきた。
「おい、妖精見つかったか?」
「いちごパンツなのは確認できたけど、触る前に逃げられた」
 さらに別の生徒がその輪に駆け寄ってきた。
「ファウスト先生が妖精を捕まえようとしたところに、カーシャ先生が乱入して大騒ぎになってるらしいぞ!」
 その話を遠くから聞いたルーファスは青い顔をした。
「またカーシャったら……はぁ」
 犬猿の仲の二人はいつも顔を合わせるとそうだ。
 こうやってどんどん騒ぎは大きくなっていく。
 再びルーファスが捜索を開始しようと足を一歩出すと、ちょうど校内放送が流れてきた。
《全校生徒のみなさんお知らせします。妖精が校内に紛れ込んでいますが、くれぐれも捕まえようとしないでください。生徒のみなさんは節度のある行動を心掛けてください》
 騒ぎは驚異的なスピードで広まっているらしい。校内放送で注意がされるほどだ。
 廊下で地鳴りがした。
 ルーファスは眼を丸くした。
 ララがこっちにやって来るではないか!?
 またとないチャンスだが、その後ろからはトップを走るユーリと、その後ろにはバッファローの群れのような生徒たち。
 ルーファスは命の危険を感じた。
「こっち来ないで!」
 ドドドドドドドド!!
 生徒の群れに呑み込まれたルーファス。
「ぎゃああぁぁぁぁ~」
 ルーファスの悲鳴も足音の地鳴りに呑み込まれる。
 ドドドドドドドド!! 
 欲望に駆られた生徒たちに眼中にはルーファスなど映っていなかった。
 生徒たちが去った廊下には、服がボロボロになって潰れたルーファスが残されていた。
「うう……みんなヒドイよ」
 そんなルーファスに手が差し伸べられた。
 ――違った。
 手を差し伸べるのではなく、襟首をつかまれて強制的に立たされた。
「妖精はどこだ?」
 尖った氷のような脅すように尋ねてきたのはカーシャだった。
「ファウスト先生ともめてたハズじゃ?」
「ヤツと遊んでいるヒマなどない。足止めしてさっさと逃げて来たところだ」
 どんな足止めをしたかわからないが、ファウストもなかなかの使い手だ。きっとすぐに復帰してくるに違いない。そうなったら、同じ妖精を追いかけてカーシャと張り合うことになるだろう。そしてまた鉢合わせしたら、甚大な被害が出ることは間違いない。
 校内で攻撃魔法を容赦なくぶっ放すダメ教師には困ったものだ。それでも首にならないのは、実力主義のクラウス魔導学院の人事ならではだろう。つまりカーシャもファウストも、かなりの実力者ということだ。
 クラウス魔導学院には教師以外の生徒も、かなりの実力者が勢揃いしている。
 つまり今回の騒ぎが多くなれば実力者たちも参戦して、ルーファスのライバルがどんどん増えてしまう。ルーファスの追試合格なんて絶望的だ。
 ギラリとカーシャがルーファスを睨んだ。
「わかっているなルーファス?」
「えっ……なにが?」
「妖精を捕まえたら妾の前に差し出すに決まっているだろう」
「(決まってるってなにそれ)どんな願い事する気なの?(あんまり聞きたくないけど)」
「世界征服に決まってるだろう!」
 きっぱりはっきり断言された。
 決まってるとか言われても困る。世界征服とか子供ですら言わないような夢を語られても困る。しかもマジなところが本当に困る。
 ケツを触って世界征服。そんなことで世界征服の願いが叶ってしまったら、征服されるほうは堪ったもんじゃない。
 いちごパンツと赤ふん触ったら世界征服って……。
 たしかにいちごパンツには夢がいっぱい詰まっているとはいえ、そんな方法で世界征服って……。
 せめて7つのボールを集めて世界征服のほうがいい。
 ふんどしの先には2つのボールしかない。5個も足らないじゃないか!(つっこむところを間違っている)
 カーシャのほかにも、とんでもない願いをする者がいるかもしれない。そうなる前にルーファスが願いを叶えて欲しいところだ。追試合格というスケールの小さくて、わざわざせっかくのチャンスを使って願うことなのかと思うが、世界の平和を考えるならだれにも迷惑をかけない良い願いだ。
 だがしかし!
 ルーファスの目の前に立ちはだかる巨大な壁。
 カーシャ!
「妾を出し抜こうと思うなよルーファス、ふふふっ」
 そんな恐ろしいことルーファスにできるハズがない。ハズがないけど、カーシャに世界征服されるのも困る。そして、追試が不合格になるのも死活問題として困る。
 こうなったら仕方ない。ルーファスの頭に過ぎる考え。
「もう不合格でいいよ。妖精も探すフリだけしよう」
 ルーファスが願いを叶えれば、カーシャが出し抜かれたと思って報復してくる。かと言って、世界征服の手伝いもできないので、手伝うフリしてだけしてあとは、だれが平和的な願いをしてくれることを祈る。
 追試をあきらめたルーファスは、他人任せを決め込むつもりだった。
 だが、ルーファスは期待を裏切らない!
 運命の女神はいつもルーファスを渦中に投げ入れる。
 ルーファスの躰が宙に浮いた。
「な、なに!?」
 驚くルーファスはカーシャの肩に担がれていた。
「行けルーファス!」
「はぁ~~~っ!?」
 意味もわからないままルーファスミサイル発射!
 ルーファスが投げ飛ばされたのは、生徒の群れの中だった。その先頭を走って逃げているリリの姿!
 ここまま行けばルーファスとリリが正面衝突。
 あくまでリリがその場を動かなかった場合の話だ。
 ひょいっとリリが避けた。
 ルーファスはリリの真横を飛び抜け、勢いよく生徒の群れに突っ込んだ。
 ドーン!
 まるでボーリングのピンのように次々と倒れる生徒たち。
 叫び声や呻き声は廊下に響いた。
 そんな生徒たちを見ながらリリが笑いながら去っていく。
「ばーか! オレを捕まえるなんて1000年はぇんだよ、あははははは!」
 逃げられた。
 生徒たちに潰されているルーファスは、死にそうな顔をして手を伸ばした。
「圧迫死する……うう……」
 伸ばされたルーファスの手に触れた柔らかい感触。
 ぷにぷに。
 思わずルーファスはそれを揉んでしまった。
 生徒たちが立ち上がってはけてくると、ルーファスは自分が触っているものが、なんだか見えはじめた。
 ピンクのストライプのパンツ。
 そう、ルーファスが触っているのはお尻だった。
 ついにルーファスは女の子のお尻に触れたのだ!
 でもそれはララのお尻ではなく……。
 顔を真っ赤にしたビビと目が合った。
「ルーちゃんのえっち!」
 バシン!
 ビビの平手打ちが炸裂。
「ぶへっ!」
 珍獣の叫びをあげながらルーファスの顔が変形した。
 ルーファスが触っていたのは、ビビのお尻だったのだ。
「もぉ、ルーちゃんなんか大っキライ!」
 顔を真っ赤にしたままビビが逃げるように走り去っていく。
 そして、ルーファスの頬も真っ赤だった。
 ルーファスは頬についた手のひら痕にそっと触れた。
「ヒリヒリするし口の中も切っちゃったよ。事故なんだから、あんな力一杯叩くことないのに」
 カーシャに投げられ、ビビのビンタを喰らい、散々な目に遭ってしまった。
 だが、ルーファスの災難はまだまだはじまったばかりだ。
 ルーファスを取り囲む生徒たちの視線。身体がチクチクするほど痛い視線を浴びせられている。
「おまえのせいで逃げられたじゃないか!」
「あとちょっとで捕まえられたのに!」
「どうやって責任取ってくれるんだよ!」
 欲望に駆られた人々は怖い。
 身の危険を感じたルーファスは咄嗟に遠くを指差した。
「あっちに妖精が!」
 ルーファスの叫び声に合わせて、一気に生徒たちの視線が指先に向けられた。
 今のうちにルーファスは全速力で逃げた。
 だが、すぐに生徒に気づかれた。
「あいつ逃げたぞ!」
「追え!」
 数人の生徒がルーファスを追ってきた。
 妖精じゃなくて、いつの間にかルーファスが追われる展開に!?
「なんで私が追われてるのさ!」
 欲望に目が眩んで、判断能力が落ちている。
 ルーファスは1つ学んだ。
「(欲望は人を狂わせるんだなぁ)」
 だからこそ欲望に忠実で私利私欲なカーシャはいつも狂ってる。
 狂ってっていうか、ぶっ飛んでる。
 数々の危機に直面してきたルーファスは、その危険を本能的に悟って急いで伏せた。
 カーシャに集まるマナフレア。
「ホワイトブレス!」
 校内で攻撃魔法をぶっ放したカーシャ。
 妖精を狙うライバルを蹴散らすつもりだ。
 ルーファスの頭上を抜けていった凍える吹雪。
 このままでは生徒たちが危ない!
 ジャラジャラと鳴る魔導具の音。
 そんな大量の魔導具を身につけているのはあの人物しかない。
「ファイアブレス!」
 ファウストの手から炎の渦が放たれた。
 ピンチだったとは言え、校内で攻撃魔法をぶっ放したファスト。
 カーシャとファウストは遣りたい放題だ。
 放たれた炎によって吹雪が相殺させた。
 唇を噛んだカーシャ。
「くっ……また妾の邪魔をしおって」
「カーシャ先生、生徒を殺そうとするとは許せませんねえ」
「殺すわけないだろうが、ばーか。瞬間冷凍なら、適切な解凍さえすれば命に別状はない。おまえだって現にピンピンしてるだろうが!」
「先ほどは、よくも氷付けにしてくれましたね。そのお礼をさせてもらいますよ!」
 二人がマジでやり合ったら、そりゃもう大変なことになってしまう。
 だが、これはルーファスにとってはチャンスだった。
「(ファウスト先生には悪いけど、押しつけて今のうちに逃げよう)」
 コソコソっとルーファスはこの場から逃げることにした。
 ファウストに気を取られているカーシャの眼中には、ルーファスのなんて映らない。
 ドッカーン!
 爆発音が聞けてきたが、ルーファスは決して後ろを振り返らなかった。

《3》

 とりあえずカーシャから逃れられたが、これからどーしたものかと迷うルーファス。
「やっぱり妖精探したほうがいいのかなぁ」
 追試不合格。プラス悪魔の契約書発動。
「カーシャにバレないようにすれば……バレてもお菓子とか差し入れれば」
 ぶつくさ呟きながら歩いていると、廊下の向こうからぷかぷかと人影が飛んできた。
 ララだ!
 後ろから追ってくる生徒たちはいない。
 ルーファスにチャンス到来だ!
「お、お尻触らせてください!」
 頭を下げて懸命に頼むルーファス。
 どう見ても変態です。
 ララはルーファスを完全に見下していた。
「キモイ~」
「お願いします、お願いします!」
「触りたいなら触れば~?」
「ホントにいいの!?」
「痴漢で訴えるけど」
「…………」
 ダメじゃん!
 余裕でララはその場からぷかぷか飛んでいく。
「ばっかじゃないの、きゃははは」
 ルーファスを小馬鹿にしてララは消えてしまった。
 床に両手両膝をついてルーファスショック。
「触れなかった……」
 こんな調子じゃ、ルーファスはいつまで経っても触れないだろう。
 ルーファスよ、変態になるのだ!
 女の子に襲い掛かってお尻を触る変態になるのだ!
 心を変態にして挑まなければ、この難局は乗り切れないぞルーファス!
 変態に目覚めるのだ!
 ルーファスはイメージトレーニングを試みた。
 スカートの中に手を突っ込んで、その先のいちごパンツを触る!
 ブホワッ!
 鼻血が噴き出た。
 イメトレだけで鼻血を噴き出すとは、どんだけ耐性がないんだルーファス。
 情けないぞルーファス。
「……思い出しちゃった(ビビのお尻の感触がまだ手に残ってる気がする)」
 ララのお尻を触るイメトレをしていたのに、いつの間にかビビのお尻の感触を思い出してしまったのだ。
 そこへ丁度やって来た桃髪のツインテールをフリフリさせる少女。
「ルーちゃ~ん!」
「ぶはっ!」
 ルーファスは噴き出しそうになった鼻血を堪えようと、鼻を押さえた。
「だいじょぶルーちゃん? 鼻から血が出てるよっ!?」
「あ……だ、大丈夫だよ、ちょっと壁に顔面ぶつけちゃって」
「ルーちゃんったらドジだなぁ」
「あははー(本当に理由は絶対言えない)」
 愛想笑いをするルーファスにはあまり余裕がなかった。
 ビビの顔を見るとある方程式が頭に浮かんでしまうのだ。
 ビビ=お尻の感触
 頭から振り払おうとすればするほど逆効果。
 ぷにぷにっとしたお尻の感触が思い出されてしまう。
 悶々とするルーファスにビビが不思議そうな顔を向けた。
「どうしたのルーちゃん?」
「えっ、なに、お尻がどうしたって?」
「はぁ?」
「ご、ごめん、お尻のことで頭がいっぱいで。じゃなくて、妖精のお尻を触って追試合格しなきゃいけないことで、頭がいっぱいなんだ!」
 ルーファスの頭の中はお尻のことでいっぱいです。
 ツーッとルーファスの鼻から鼻血が垂れた。
「ルーちゃん、また鼻から血が出てるよ?」
「だ、大丈夫だから!」
「ティッシュあげるね」
 ビビはポケットティッシュを出して、容赦なくルーファスの鼻にぶっ込んだ。
 ブスッ!
「ぐほっ!」
「ごめんねルーちゃん!」
「だ、大丈夫だよ……ありがとう(ビビって見た目は少女なんだけど、人間よりも力があるんだよね)」
 悪気がないところも、仔悪魔として大事な要素です。
 わざとやっていても、それはそれで仔悪魔っぽいです。
 鼻血も落ち着いてきて、ルーファスは気を取り直そうとした。
「ところでビビ、もうどっちかの妖精の……その……アレに触れた?」
 口に出してしまうと、また頭を過ぎってしまうので、本人的には伏せたのだが、逆にアレとかいうほうが健全じゃない。
「ぜんぜんだめ、見失っちゃうし、だれかもう願い事叶えてもらったひといるのかなぁ?」
「願い事を1つ叶えると、すぐに姿を消しちゃうらしいよ。今さっき女の子のほうの妖精を見たから、まだだれも叶えてもらってないと思うけど」
「そうなんだ、なら早く見つけなきゃ!」
「ところでビビはどんなお願いするの?」
「えっ!?」
 ビビはひどく驚いて瞳をまん丸にした。
 すぐにビビは取り乱した様子で口を開いた。
「べ、べつに大したお願いじゃないんだから!」
「だからどんなお願い?」
「本当に大したお願いじゃないから、本当なんだから!」
「なにムキになってるの?」
「ムキなんかなってない!」
「(ムキになってると思うけど)大したお願いじゃないなら、ビビも私の追試が合格できるようにお願いしてくれないかな?」
「それは……」
「そうだよね、みんな自分のお願いをしたいよね。自力でがんばるよ」
「……ルーちゃん」
 なんだか哀しそうな顔をするビビ。
 どうしてそんな顔をされるのかルーファスはまったくわからなかった。
「どうしたの?」
「なんでもないよ! じゃあルーちゃんとあたしライバルだね。早い者勝ちだからね、恨みっこなしだよ?」
「わかってるよ」
「うん、よかった♪」
 哀しい顔から一変して元気な笑顔。
 ビビの表情の変化を見ながらルーファスは余計に首を傾げた。
 ドドドドドドド!
 廊下に響き渡る地鳴り。
 来る!
 逃げるリリが大群を引き連れてやって来る。
 なんだか生徒の数がどんどん増えているような気がする。
 ここでボーッとしていたら、また生徒たちに踏みつぶされてしまう。
 ビビが俄然ヤル気で群れの中に飛び込もうとしているが、ルーファスが取った行動とは?
 逃げる!
 リリに背を向けて走り出すルーファス。
 思わぬルーファスの行動にビビは目を丸くした。
「ルーちゃんどこ行くの!?」
「そこにいたら押しつぶされちゃうよ!」
 追いかけるべき妖精から逃げる構図になってしまっているルーファス。
 こんなことやってたら、願い事を叶えるとかそりゃ一生無理ですよ。
 ビビがリリに飛び掛かった。
 しかし、リリの後ろからは生徒の大群が押し寄せている。このままではビビが呑み込まれる!
 ひらりとビビを交わすビビ。赤いふんどしがチラリン!
 すぐに生徒たちもリリに飛び掛かり、怒濤の中にビビが呑み込まれそうになった。
「ビビ!」
 ルーファスが叫ぶ。
「きゃっ!」
 大群の中から聞こえてきた少女の叫び声。
 山積みになった生徒たちが土砂のように崩れる。
 ビビはあの山に埋まってしまっている。
 果たしてビビは無事なのか!?
 生徒の山が崩れると、その下からドーム状のバリアが顔を覗かせた。
 ビビだ!
 バリアに守れているビビ。
 そして、バリアの中にはもうひとり、ビビを守った者がいた。
 その者はビビを抱きしめながら顔を見合わせた。
「大丈夫かい?」
「クラウス!? 助けてくれたのありがと!」
「大丈夫なようだね」
 爽やか笑顔を浮かべたクラウス。
 周りから生徒たちがはけると、クラウスはバリアを解いた。
「まったく、節度のある行動を心掛けるようにと校内放送があった筈なんだが……情けないなうちの生徒たちは」
 なんでも願い事が叶う。
 それによって目の色を変えてしまった生徒たち。
 わからなくもないが、廊下でへたる生徒たちを見てリリはあざ笑っていた。
「あははは、ばかな奴ら。だれもオレのケツ触れねぇでやんの!」
 欲望に駆られた生徒を弄んで愉しんでいるのだ。
 クラウスがビシッとバシッとリリを指差した。
「騒ぎの張本人は君だな!」
「そうさ、オレは妖精ケツタッチンのリリ。オレと双子のララのケツを触れたら、どんな願い事でも叶えてやるぜ」
「その話も本当かどうか怪しいところだ。ありもしない餌をちらつかせて、僕らを弄んでいるように思えてならないな」
「弄んでるのは認めるけど、願い事はホントだぜ。ウソかどうか、アンタがオレらのケツ触ってみろよ?」
「ならば世界平和でも願ってみるか。というわけだから生徒諸君、争いはやめて僕に願いを譲って――」
 クラウスが言い終わる前に、生徒たちがリリに飛び掛かった。
「願いを叶えるのは俺だ!」
「世界一の魔導士になるのは私よ!」
 ドドドドドドド!
 逃げるリリ。
 追いかけていく生徒たち。
 残されたクラウス。
「…………」
 だれもクラウスの話なんて聞いちゃいなかった。
 クラウス挫折。
 床に両手と両膝をついてしまった。
「学院では普通の生徒として扱ってくれって言ってるけど……言ってるけど……これでも一国の王なのに!」
 王の権威もなにもなかった。
 ポンとルーファスがクラウスの肩を叩いた。
「王様扱いされないのはいいことじゃないか。みんなクラウスのことを仲間だと思ってる証拠だよ!」
「……そ、そうなのか(単純に願い事に目が眩んで無視されたように感じたが)」
 クラウスの思っているとおり!
 辺りを見回したクラウス。
「ところでビビの姿が見えないようだが?」
「ビビならもうとっくに妖精追っかけて行っちゃったよ」
「……そ、そうか(恩を売るつもりはないが、この扱いは……ショックだ)」
 助けたビビにまで軽く扱われ、ちょっぴり傷心のクラウス。
 だが、一国の王として、この程度のことでいつまでも落ち込んではいられない。
 アステア王国の繁栄を担う王として、クラウスは攻めの姿勢を表意した。
「僕もみんなの輪に入って妖精を捕まえてやる。それで願いを叶えてもらえば、だれも文句を言わないだろう。僕は行くぞ、だれにも負けない、僕は妖精のお尻を触ってみせる!」
 お尻を触って見せる、お尻を触って見せる、お尻を触って……。
 クラウスの言葉が廊下にエコーした。
 ただの変態発言にしか聞こえない。
 一国の王が『お尻を触る』なんて、政治問題に発展しそうだ。
 熱く燃え上がるクラウスに感化されて、ルーファスの闘志にも火がついた。
「私だってお尻を触ってみせる。クラウスにだって負けないよ!」
「望むところだルーファス!」
 漢[おとこ]と漢は互いの手をガッシリと握り合った。
 勇気!
 友情!
 その先にあるのは勝利!
 果たして勝利の栄冠をつかむのはルーファスかクラウスかッ!?
 クラウスはルーファスの瞳を見つめた。
「行くぞルーファス!」
「おう!」
 ルーファスならぬ男らしい返事。
 今のルーファスはいつもとひと味もふた味も違うぜ!
 廊下を駆け出すルーファス。
 が、それをすぐにクラウスが止めた。
「待てルーファス!」
「なに?」
「廊下は走っては駄目だ!」
「……そ、そうだね」
「僕は生徒たちの模範にならなくてはいけないからね」
 優雅に廊下を歩き出すクラウス。
 せっかく燃え上がってたルーファスの心が、急速に冷えていく。
「(クラウス……本気で妖精捕まえる気あるの?)」
 あるにはあるだろうが、こんな調子で歩いていて、捕まえられるかどうかは不安だ。
 ルーファスはクラウスとは別の道を進むことにした。
「私はあっちの廊下を探すよ」
「健闘を祈る!」
「あ、うん、クラウスもがんばって(なんだかなぁ)」
 クラウスと別れたルーファスは、妖精を探して歩き回った。
 いったい妖精たちはどこにいるのか?
 それはね、クラウスが歩いて行った方向です!
 リリが飛んで行った方向にクラウスは歩いて行ったのだ。
 ついついルーファスはクラウスと別れてしまったが、自ら妖精の手がかりを手放しのだ。
 まあ、あのままクラウスと一緒にいても、歩いて妖精を捕まえられるかどうかは怪しいかったが。
 今からリリのほうに行って、途中でクラウスに会ってしまうのも気まずいし、ルーファスは道を変えずに進むことにした。
 騒ぎはどんどん大きくなっているようなので、きっとすぐにララのほうも見つかるだろう。
 ドドドドドドド!
 ほらさっそく見つかった。
 パンチラしながら逃げるララ。
 先頭を走ってララを追っているのはユーリだ!
「待ちやがれボケッ!」
 ちょっと素が出てますよユーリちゃん。
 ここでボーッとしてたり、逃げてしまったら、さっきと同じ結果になってしまう。
 ルーファスは妖精ララを捕まえなければならない!
 ――と言っても、ルーファスにはなんの作戦もなかった。
 ルーファスが戸惑っている間にも、ララと生徒の大群が押し寄せてくる。
 ララはもう目の前だ。
「メガネ退け!」
「えっ、私のこと?」
 ララに言われても、自分ことだと理解するのにルーファスは時間を要した。まだメガネに慣れていないのだ。でも名前じゃなくてメガネ呼ばわりされるってことは、すっかりメガネキャラの仲間入りだねルーファス♪
 ルーファスの瞳に映ったいちごパンツのドアップ。
 次の瞬間、ルーファスの顔面が踏みつけられた。
「ごべっ!」
 ララに踏んづけられたルーファス撃沈。
 そこへユーリも突進してきた。
「邪魔邪魔退いてーっ、きゃっ!」
 可愛らしく悲鳴を上げたユーリとルーファスが激突。
 後続の生徒たちも倒れたルーファスたちにつまづいて、将棋倒しになってしまった。
 ユーリはすぐに起き上がろうとしたのだが――。
「きゃっ、だれアタシのお尻触ってるの!?」
 ユーリの目の前にはルーファスの顔。
 ぷにぷに。
 ユーリを抱きしめながら倒れていたルーファスの手は、小振りなヒップを鷲掴みにしていた。
「……わ、わざとじゃないんだ!」
 ぷにぷに。
「死ね!」
 顔を真っ赤にしたユーリちゃんがグーパンチを放った。
「ぶへっ!」
 思いっきり顔面を殴られたルーファス。
 虫の息のルーファスは鼻血を出しながら床にへばってしまった。
「ビンタじゃなくてグーって……ひどいよ(ぐすん)」
 しかも女の子じゃなくて、じつは男のグーパンチという……可哀想なルーファス。
 さらにユーリも生徒もララを追っかけてすでに行ってしまった。
 鼻血の海に沈みながら、ルーファスは力尽きたのだった。
 ドドドドドドド!
 そこへまたも地響きが聞こえてきた。
 逃げるリリがこっちへ向かってくるではないか!?
 先頭で追いかけているのはカーシャとファウストだ。
「邪魔だファウスト!」
「カーシャ先生こそもう一匹の妖精を追いかければよいでしょう!」
「あいつに先に目を付けたのは妾だ!」
「私は召喚されたときから目を付けていたのですよ!」
 妖精を捕まえるとか、願い事を叶えてもらうとか、そんなことじゃなくて、張り合うことがメインになってる二人だった。
 ルーファスはこの場から立ち上がれなかった。
 うさぎさんのパンツが見えた!
 ベゴッ!
「ふぎゃ!」
 カーシャはルーファスを踏んだが眼中にない!
 さらに後続の生徒たちもルーファスを踏んづけて行く。
 ドドドドドドド!
 瀕死状態のルーファスを遅れてやって来たピンクのストライプパンツが踏んづけた。
「うげっ」
 もう声というか、空気の変な音だった。
「ルーちゃんごめん!」
 最後にルーファスを踏んづけたのはビビだった。
 意識が朦朧とするルーファス。
 瞳に映るのは真上にあるパンツ。
「お尻を……お尻を触り……た……かった」
 ガグッ。
 力尽きたルーファス。
「ルーちゃーん!」
 ビビの叫びが木霊した。
 涙の粒を零すビビは誓った。
「ルーちゃんの犠牲は無駄にしないから!」
 心を燃やして走り去るビビ。
 だが、まだルーファスはちょっとだけ意識があった。
「犠牲とかいいから……保健室に……連れって……て……」
 ガグッ。
 今度こそ、ホントにホントに力尽きたルーファス。
 ここでルーファスはリタイアしてしまうのかっ!?

《4》

 ベッドで目覚めたルーファス。
「はっ……ここは!?」
 ちょっと薬品臭い。
「保健室か」
 廊下で倒れたはずなのに、いつの間にか保健室のベッドで寝ていた。
「(だれか運んでくれたのかな。親切なひともいるんだなぁ)」
 その親切なひとはここにはいないらしい。
 保健室にはだれもいなかった。
 ベッドから起き上がって、辺りを見回して目に付いたのは、ホワイトボードだった。
 ――妖精を見つけに行ってきます。
 と、今日の予定に書かれていた。
「(保健室の先生まで……放課後で本当によかった)」
 もしも生徒が多くいる時間だったら、騒動はもっと大きくなっていた。
 その騒動の発端はルーファスだ。
「お腹痛い」
 責任感でお腹が痛くなってきた。
「(もうちょっとベッド寝てようかな)」
 責任放棄!
 ルーファスがベッドで横になっていると、物音が聞こえてきた。
 ドドドドドドド!
 ドーン!
 ドガガガ!
 ピロロロロ!
 ズドン!
 きっとどこかで派手な追いかけっこが展開されているのだろう。
 そんなことには構わず、寝続けようとするルーファス。
 ドッカーン!
 爆発音と共に部屋が揺れ、ベッドが跳ね上がった。
「な、なに!?」
 驚くルーファス。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
 天井が崩れ落ちてきた。
 砂煙が舞い上がり視界を覆う。
「ホワイトブレス!」
 猛吹雪が崩れた天井辺や砂煙を呑み込んだ。
「な、なんなのあのバカ女!」
 叫び声が聞こえた。ララの声だ。
 上の階から落ちてきたララを追ってカーシャが姿を見せた。
 そして、ルーファスはベッドの下に姿を消した。
 遣りたい放題のカーシャからララは必死に逃げているらしい。
 そして、ルーファスもカーシャから逃げた。
 ベッドの下に身を潜めてカーシャに気づかれないようにする。ここで顔を合わせたら、渦中に巻き込まれるのは間違いないのだ。
 保健室を飛び出して逃げるララ。
 その背中にまたもカーシャが魔法をぶっ放す。
「ホワイトブレス!」
 保健室もろとも一瞬して凍り付く。
 だが、ララには逃げられてしまった。
「チッ」
 カーシャは舌打ちして保健室を出て行った。
 ベッドの下から身を震わせて這い出してきたルーファス。
「ハックション!」
 鼻水ブー。
 いろんな意味でルーファスは震えが止まらなかった。
「やりすぎなんだよ……カーシャは」
 保健室が氷河期になってしまったせいで、ここにはいられなくなってしまった。
 仕方がなくルーファスも保健室から出た。
 ルーファスはどっと溜息を落とした。
「はぁ……(早くだれか願い事叶えて終わってくれないかな)」
 このままずっと追いかけっこが続くと思うとゾッとする。
「(もう帰っちゃおうかな)」
 追試はとっくにあきらめたので、そのほうがいいかもしれない。
 でも気がかりなのは……。
「(どんな契約だったのかな?)」
 ファウストと交わしてしまった悪魔の契約。
「(先生は悪魔じゃないから魂を要求してくることはないと思うけど)」
 悪魔の契約のことを考えると憂鬱になる。
「(やっぱり妖精探ししようかな)」
 優柔不断なルーファス。
 でも足は校舎の外へと向かっていた。
 中庭が見通せる廊下を通ったとき、ルーファスの足がふと止まった。
 なにやら騒がしい。
 中庭に群がる生徒たち。
 追いかけっこをしている雰囲気じゃないが、いったいなんの集まりだろうか?
 気になったルーファスは中庭に足を運んだ。
 人混みを掻き分けてその中心に向かう。
 声が飛び交う。
「押すなよ!」
「触った奴はさっさとどっか行けよ」
「やった、これで1人目のお尻触れた!」
 生徒たちが群がっていたのはリリだった。
 なんとリリは亀甲縛りにされて身動きを封じられ、さらに白目を剥いて、ついにで泡まで吐いて気絶していたのだ。
 今がチャンスと生徒たちはリリに群がり、ペタペタ、もしくはペシペシとお尻に触っていく。すっかりリリのお尻はお猿のように真っ赤になっている。
 とりあえずルーファスも人混みを掻き分けて、リリのお尻に触ることにした。
 赤いふんどしでキュッと締められた小振りなお尻に触れる。ちょっとひんやりして気持ちいい。そして、ちょっと硬い。
 止まっていた鼻血がツーっと出た。
 慌ててルーファスは鼻を押さえてその場から離れた。
 べつに男のケツを触って欲情したわけじゃない。
 そう、ルーファスは二人のお尻の感触を思い出してしまったのだ。
 ビビのお尻は小柄な身体の割には大きくて揉みごたえがあった。
 ユーリのお尻は小振りだったがとても柔らかかった。
「って、なに思い出してるんだよ!」
 セルフツッコミ。
 ルーファスは煩悩を消し去るため、今見たばかりの赤ふんのケツを懸命に思い出した。
「うう……なんか気分悪くなってきた」
 なにが楽しくて男が男のケツなんか妄想しなきゃいけないんだ!
 でも、そのおかげでルーファスの鼻血は止まった。
 青ざめた顔をしてルーファスは廊下に戻った。
 とりあえずラッキーにも、なんの努力も苦労もせずにリリの尻をゲットできた。
「(それでにしてもだれが縛り上げたんだろう?)」
 しかも、早い者勝ちの勝負なのに、みんなの目の触れる場所にリリを残していくなんて?
「(犯人は抜けてるひとか!)」
 間抜けのルーファスに抜けてるとか言われたおしまいだ。
 なんにしても、これで残すはララのお尻だけだ。
 ララの姿はさっき見たばかりだ。必死こいてカーシャから逃げていた。
 安易にリリのお尻に触ることができるようになったことで、追跡者たちの標的はララの集中するだろう。ここからが激戦だ。
「(やっぱり帰ろうかな)」
 戦う前に心が折れそうなルーファス。
「(でもあと半分なんだから、ラッキーでどうにか……ラッキーか)」
 ラッキーはラッキーでも、いつもルーファスはアンラッキーだ。
 ユーリがトボトボと肩を落として歩いてくる。
「どうしたのユーリ?」
「はぁ。カーシャさんには殺されかけるし、妖精は見失っちゃうし(ホントなんなのあのバカ女教師は)」
 ホント困ったもんですカーシャには。
 あれだけ派手な追いかけっこをしていれば、すぐに見つかりそうなものだが?
 今度はビビが駆け寄ってきた。
「ルーちゃん!」
 ビビの姿を見たユーリはちょっぴり頬を桜色にした。
「(ビビちゃん今日も可愛いなぁ、むふふ)」
 女の子の格好をしていて、女の子になりたいと願っているのに、じつはユーリちゃんソッチ系なのです。詳しくはマ界少年ユーリを読んでね!
 ビビはユーリの顔を覗き込んだ。
「え~っと、ユーリちゃんだっけ? こんにちわ!」
「アタシの名前ちゃんと覚えてくれたんですね、嬉しいです!(カーシャさんに頼んだ惚れ薬早くできないかなぁ、むふふ)」
 惚れ薬の話はマ界少年ユーリを読んでね!!
 ビビはルーファスに顔を向けた。
「あと女の子のお尻を触るだけでいいのに、見つからないんだけどルーちゃん知ってる?」
「保健室でカーシャに追いかけられてるの見たけど、そのあとはさっぱり」
 二人の間にユーリが割り込んできた。
「ビビちゃんはどんなお願い事をするんですか!」
 興味津々。
「え……それは、うん、ちょっとしたお願いだよ。ユーリちゃんは?」
「えっ……そ、それは(女の子になりたいなんて口が避けても言えない)か、彼氏ができますように、みたいな!」
「ユーリちゃん彼氏いないの?(あたしもいないけど)」
「ちょっと前までいたんですけど(思い出すだけでも腹立つ。あいつのせいで地元にいられなくなったんだし、マジムカツク)」
 く・わ・し・く・は、マ界少年ユーリを読め!(宣伝しつこすぎ)
 ブフォォォォォォォォン!
 廊下の角から噴き出してきた猛吹雪。
 これは!?
 いっしょに廊下の角から飛び出してきたララの姿!
 すぐ近くにいた男子生徒がララの飛び掛かろうとした。
「見つけた!」
 ほかの生徒たちも一斉にララに飛び掛かった。
 前からは生徒の群れ、後ろからはカーシャに追い詰められ、ララは冷や汗を流した。
「バカ雪女いつまで追ってくる気! リリは捕まっちゃったみたいだし、ウチが逃げ切らないと……」
 ほかの生徒たちに負けじとビビもララに飛び掛かっていた。
 ルーファスはおどおどして踏み切れず、その場から動けない。
 遅れてユーリもララに飛び掛かろうとしたが、嫌な感じがしてすぐに立ち止まった。
 ララの周りにマナフレアが集まっている。魔法を使うつもりだ!
 生徒たちをなぎ倒してビビがいちごパンツに手を伸ばした。
「これで願いが!(ルーちゃんの目を治して!)」
 あと少しでビビの手がいちごパンツに触れる瞬間、ララがニヤリと笑ったのだ。
 ユーリが叫ぶ。
「ビビちゃん逃げて!」
「えっ?」
 目を丸くしたビビ。
 だが、もう遅かった。
 ララが魔法を発動させる。
「デパンツ!」
 ララの手から放たれた謎の光を浴びたビビと生徒たちに異変が!
 パサっ、パサパサっと、床に落ちる大量のいちごパンツ。
 な、なんと光を浴びたビビや生徒たちがパンツに変えられてしまったのだ!
 さらにパンツに変えられても、意識は残っているらしく、しかもしゃべれちゃたtりもするらしい。
「うわっ、あたしパンツになっちゃった!?」
 ビビの声だ。
 みんな同じいちごパンツなので、声でだれなのか判断するしかない。
 ユーリはすぐにパンツビビを拾い上げた。
「ビビちゃんがパンツに変えられてしまうなんて……心配しないでください!」
「早く元に戻してよぉ!」
「アタシが大事にはいてあげますから!!」
 はくんかい!
 しかも、ユーリちゃん生えてますけど大丈夫ですか?
 カーシャの身体を包む冷気。
「あの妖精め好き勝手やりおって!」
 それはあんたでしょうが。
 魔法を唱えようとしていたカーシャの前に立ちはだかるファウスト。
「探しましたよカーシャ先生!」
 探す相手が変わってるし。
 またこの二人は派手にやるつもりだ。
 激突しようとしたカーシャとファウストの間に漆黒の翼が壁をつくった。
「おいたが過ぎるわ二人とも。これ以上、我が君の城を壊すことは万死に値する!」
 二人の間に割って入ったのは、学院長クロウリーの忠実なるエセルドレーダだった。
 エセルドレーダの鞭がしなった。
 この隙にララは逃げようとしていた。
「バカなヤツら」
 吐き捨ててララは廊下の角に消えてしまった。
 ユーリがパンツビビを頭に被ってルーファスに顔を向けた。
「なにぼさっとしてるんですか、追わないとビビちゃんも助けられませんよ!(そしてアタシの願いも叶えなきゃ!)」
 ララを追ってユーリが駆け出した。
 遅れてルーファスもユーリとララを追った。
 廊下に点々と落ちているいちごパンツ。ララが行く先々で生徒をパンツに変えているのだ。
 落ちているパンツを目印にララを追い続け、ようやく前方に浮かぶ影が見えてきた。
 ユーリが叫ぶ。
「待ちなさいパンチラ女! ビビちゃんを元に戻して!」
「元に戻して欲しいなら、ウチのお尻触って願えば~?」
「願い事とビビちゃんを元に戻すことは別問題です!」
 キッパリと言い切った!
 ちょっぴりショックなビビちゃん。
「別問題って……あたしがパンツのままでもいいの!?」
「よくはないですけど、万が一の戻らなくても大事にはいてあげますから!」
「はいてくれなくていいから、ルーちゃんもどうにかし……て……」
 ビビの声がか細く力を失っていく。
「どうしたのビビ!?」
 ルーファスが叫んだ。
「意識が……ぼーっと……」
 さらにビビの声が力を失っている。
 ララが笑った。
「きゃはは、デパンツでパンツに変えられたヤツは、ほっとくとホントのただのパンツになっちゃうんだもんね!」
 しゃべれないパンツはただのパンツだ!
 このままではビビはただのパンツになってしまう。人生最後がパンツになって終わりなんて酷すぎる。さらにその後、変質者の手に渡ったりなんかしたら、はかれたり、臭いを嗅がれちゃったりするのだ。
 恐ろしすぎる!!
 ルーファスの頭に過ぎった考え。
「(あっちの妖精はふんどしに変える魔法を使えるのかな。そんなの恐ろし過ぎる!)」
 たしかに恐ろしいが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
 ユーリは迷っていた。
「(本物の女の子になりたいけど、パンツのビビちゃんじゃ可愛さ半減以下。大好きなビビちゃんのためなら仕方ない!)」
 なにを思ったのかユーリがルーファスを担いだ。
 この体勢は!?
 ルーファスミサイル発射!
「やっぱり~!」
 投げられたルーファスが叫んだ。
 本日2度目の発射だった。
 ユーリが叫ぶ。
「そのまま妖精のお尻を触って!」
 ぐんぐん加速するルーファスはララに向かって手を伸ばした。
「デパンツ!」
 ララから光が放たれた。
 パサッとパンツが床に落ちた。
「ぎゃああああ僕までパンツに!!」
 パンツにされてしまったルーファス。
 ユーリは冷めた目で見ていた。
「まあ、期待はしてませんでしたけど」
 ちょっとくらいは期待してあげてください。
 ララは余裕だ。
「じゃあね~」
 悠々と逃げていくララの後ろ姿をユーリは終えなかった。
「(迂闊に近付けばアタシまでパンツに。アタシまでパンツになったら。だれがビビちゃんをはいてあげるの!)」
 ちょっと問題がズレている。
 しかし、変質者にパンツが渡ってしまったらと考えると、だれがパンツを所有するかは大事な問題だ。
 ただ、ユーリちゃんは生えてますけど!!
 ユーリがララを追って走り出した。
「ビビちゃん、今戻してあげますから!(誰かに先を越されて願い事されたら、アタシがなんとしてもお願いしなきゃ!)」
 走るユーリの足下にパンツルーファスが落ちている。
 ベチョ。
「うぎゃ!」
 踏まれるのはお約束です。
 踏まれたパンツルーファスは、ユーリの靴に絡まって引きずられる。
「ぎゃあああ!」
「なに? あっ、なんでアタシの足にくっついてるんですか変態ですか!」
「ユーリが踏んづけたんじゃないか!」
「早く離れてくださいよ、痴漢で訴えますよ!」
「だからユーリが……(訴えたいのは僕のほうだよ)」
 そうこうしているうちに、ララの姿が見えてきた。
 悲鳴が次々とをあがっている。
 生徒たちが次々とパンツに変えられているのだ。
 ユーリは素早く靴を脱いで投げた!
 もちろんパンツルーファスごと。
「ぎゃあああ!」
 ルーファスの叫び声でララが飛んでくる靴に気づいた。
 そして振り向いた瞬間、ゴン!
 ララの顔面に靴がヒットした。
「マジいった~い! くっさいクツ投げたのだれ!」
「臭くないから!」
 すぐにユーリは否定した。
 ララの周りにマナフレアが集まる。
「クツのお返しに、あんたは男物ブリーフに変えてやるんだから!」
「そ、そんな恐ろしいことしたら訴えてやる!」
「デパンっあぅ!」
 急にララが変な声をあげた。
 ぷにぷに♪
「きゃっ!」
 小さく悲鳴をあげたララは慌てて自分のお尻を見た。
 そこにはなんと可愛らしい手がぷにぷにとしているではないか!?
「これで願い事叶えてくれるんだよね?(ふにふに)」
 その空色のドレスを確認してユーリが叫ぶ。
「愛しのローゼンクロイツ様!」
 なんと最後の最後で突如現れたローゼンクロイツ。
 ララは驚きを隠せない。
「まさかウチらケツタッチンが負けるなんて、1000年以上無敗だったのに!」
「ボクの願いは――」
「願いなんか叶えてやるもんか。死んじゃえば無効だもんね!」
 ララが殺気を放った瞬間、ローゼンクロイツの瞳に五芒星[ペンタグラム]が浮かび上がった。
「ライトチェーン!(ふにふに)」
 ローゼンクロイツが放った光の鎖がララを拘束する。
「きゃっ、離しなさいよばーか!」
 瞬時に縛られたララ――その縛り方は亀甲縛り!
 まさか!?
「七味唐辛子を切らしちゃったから買って来て(ふあふあ)」
 すごいマイペース。
 流れとか、周りのテンションとか無視して、願い事をさらっと言ったローゼンクロイツ。
 ララは唖然とした。
「どんな願い事でも叶うのに七味って……しかも買って来いってパシリ!? まあルールはルールだから、ゲームはあんたの勝ち。買って来てあげるからこの鎖解いて」
 顔を膨らませているララ。この結果に納得してないらしい。
 ユーリはショックを受けていた。
「まさかこれでビビちゃんは元に戻らない……」
 と言った瞬間、ユーリの頭にビビのお尻が落ちてきた。
「ふぎゃ!」
 ビビに押しつぶされたユーリが呻いた。
 廊下の向こうではルーファスも元の姿に戻っていた。
「あれっ、戻れたの? よかったぁ」
 ほっとするルーファスにララが顔を向けた。
「ゲームが終わったら元に戻るに決まってるでしょ、ばか」
 決まってるとか知りませんから!
 ララは七味唐辛子をローゼンクロイツに渡した。
「はい、これでいいんでしょ」
「仕事が早いね(ふにふに)」
 一瞬にして買って来たらしい。さすがどんな願いでも叶えると豪語してるだけのことはある。
 ララがあっかんべーをした。
「じゃあね、バイバイ死んじまえ!」
 こうしてララはパッと消えてしまった。
 大騒動も一件落着して、学院も静かになるだろう。
 だが!
 ジャラジャラと鳴る音が近付いてくる。
「ルーファス!」
「は、はい!」
 慌てて返事をしたルーファスの先にはファウストが立っていた。
「どうやら使役に失敗したようだな」
「あっ、そういえば試験の最中だった!?」
「追試不合格だ!」
 が~ん。
 ルーファスショック!
 見事、追試に不合格になったルーファスの顔に、ペタリと悪魔の契約書が張り付いた。
 悪魔の契約書によって、ルーファスはどーなってしまうのかッ!
 それはまた別のお話である。

 おしまい


魔導士ルーファス専用掲示板【別窓】
■ サイトトップ > ノベル > 魔導士ルーファス > 第13話_パンツに願いを ▲ページトップ