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第13話_Mountain(後編) |
木々が鬱蒼と生い茂る山岳。 食料は底を突き、ペットボトルの水もあと僅かだった。 「センパーイ、一口でいいので水を……」 「ダメッ、絶対ダメ! 死にたいわけ? 計画性ないの? バカなの? アホなの? ドジなの?」 イライラとした感じが口調からヒシヒシと伝わってくる。 優輝は泥だらけの靴で和清のケツにローキックを喰らわせた。 「うほっ!」 口を丸くして小さく叫んだ和清は前のめりになってコケそうになる。 「あ、危ないじゃないですか!」 「うっさい死ね。イライラするからしゃべるなバカ!」 和清と優輝。遭難して丸1日が経とうとしていた。 「死にません! センパイといっしょに絶対帰るんです!」 決め台詞がバシッと優輝の心をガシッとつかんだかと思われたが、そんなことはない。 「帰ったらまずシャワーを浴びて、お風呂上がりにケーキをホールで食べる。それから君とは絶交だから」 今まで『カズ君』と呼ばれていたのが、ここに来て『君』に降格。絶交とまで言われ和清は肩を落として寂しそうに歩いた。 無言の二人。 先頭を歩く和清の背後から悲鳴があがる。 「きゃ!」 何事かと思って和清が振り返ると、スカートの中身が飛び込んできた。こんもりと膨らんだショーツが泥だらけになっている。優輝は尻餅をついてM字開脚になっていた。 「マジ最悪」 泥を払いながら立ち上がろうとした優輝の眉がピクッと動いた。 「いたっ!」 苦痛を浮かべる優輝の姿を見て、脳内からパンツを掻き消し和清が駆け寄る。 「大丈夫ですかセンパイ!」 「絶交なんだから近づかないで」 「でも……足くじいたんじゃ?」 「ほっといてよ」 「ほっとけるわけないじゃないですか」 和清は背負っていたリュックを背中から胸の前に背負い直し、屈んで優輝に背中を見せた。 「乗ってください」 「イ~ヤ!」 ツンとしながら歩き出そうとした優輝だったが、その足首から鋭い民が電流のように走った。 「いっ……たぁ……ンン」 強がろうと押し殺した声が、まるで喘ぎ声のようになってしまった。 和清は背中を差し出す。 「ほら、歩けないんだから乗ってください」 「……わかった」 納得してなさそうに小さくつぶやき、優輝は和清の小柄な背中に乗った。 ゆっくりと立ち上がろうとする和清の足下がふらつく。頼りない。 「ねェ、だいじょうぶなのカズ君?」 その言葉に和清の顔は見る見る明るくなり、力強く優輝を背負って歩き出した。 「センパイ軽いから大丈夫です!」 とは言っても、すでに歩き続けて体力は限界に近く、道なき道を進んでいくのは大変なことだ。 山道を慎重に下る和清の背中に揺られる優輝。 しばらくして、なぜか背負われている優輝のほうが息を切らしはじめた。 「ン……ン……ンン……」 和清の耳元に吹きかかる熱い吐息。 「ン……あぅ……ンっ」 「センパイ大丈夫ですか?」 と足を止めた瞬間、背負われてた優輝の股間が激しく和清の背中に当たった。 ズキュゥゥゥゥゥン! 背中で感じる熱くてぶっといモノ。 「セ、センパイ?」 「な、なんでもないからさっさと歩けバカ!」 「いや……でも……僕の背中に……」 「うるさいうるさい、カズ君が揺らすからイケナイんだよ!」 「ごめんなさい」 謝ってから再び歩き出す。 ゴツ……ゴツ…… 背中に硬いモノが当たっている。 和清の顔が紅くなり脈拍数も上がってきた。 耳元に吹きかかる喘ぎ声。 「ン……ンン……」 声を押し殺して悶える憧れのセンパイ。 大好きなセンパイの体が密着して、汗の匂いが香ってくる。まだ微かにシャンプーの匂いもする。 和清は限界だった。 ズン! 股間にテントを張ってしまった和清。ビクンビクンと股間が動いてしまう。 歩きづらく、変な汗が流れてくる。チンポジを直したくて堪らない。でも、優輝を背負っていてそれもできない。それにまさか勃起したなんて優輝に知られたくない。 幸い胸の前で背負っているリュックが影になって、優輝からはビンビンの股間は見えない。 「ねェ、疲れたの?」 と優輝に言われ和清はドキッとした。きっとなんらかの変化を感じ取ったんだろう。 「だ、大丈夫です。元気ビンビンです!」 「うるさい!」 勢いよく和清の頭がはたかれた。 言ってすぐ和清はバレたかと思ってゾッとしたが、優輝は自分のことを言われたかと思って起こったのだ。 「もういいから休憩! 早く降ろして!」 ポカスカと軽く握ったグーパンチで優輝は和清の頭を何度も殴る。 「いてて、わかりましたよ。降ろしますよ」 ゆっくりと優輝を地面に降ろし終わり、和清は振り返ろうとしたのだが怒声が飛んできた。 「あっち向いてて!」 一瞬だけチラッと見えた優輝の姿。スカート越しに股間を両手で押さえ、顔を赤らめモジモジとしていた。 「こっち向いたら殺すから。今回はマジだからね」 和清の背中に投げかけられた声。 それからすぐに変な声が聞こえてきた。 「ン……ふぅ……」 また喘いでる!? 和清は心臓をバクバクさせながら、衝動を必死に抑えて聞き耳を立てた。 じょぼぼぼぼぼ…… まさか!? 「ンはぁ……」 熱い息を漏らしながら、優輝がなにかをしている。 じょぼぼ……じょぼ……じょ……ぼ…… 間違いないと和清は確信した。 しゃがんでしてるんだろうか? それとも立ったまましてるんだろうか? 想像を掻き立てられ、和清は堪らずトランクスの中に自分の手を突っ込んだ。 上向きながら強く目をつぶり、和清は股間をシコシコと擦る。 あのセンパイが、まさか野外で、しかも人前でそんな行為に及ぶなんて……。 「ああっ……センパイ」 呻くように呟いた和清のケツに衝撃が走る。 「この変態!」 優輝のローキックがクリティカルヒット! 「うほっ!」 トピュ。 ちょっと漏れた。トランクスに染みができる。 慌てて和清はズボンから手を引っこ抜いて振り返った。 「ご、誤解です!」 「極限状態でオナってるなんてサイテー。しかもこんな場所で」 「そ、それは……」 「はいはい、もういいから。リュックからお水出して、手を洗いたいから」 「……は?」 この極限状態にあるまじき発言。 「なんとおっしゃいましたか?」 「だから手を洗いたいの。おしっこしたら手を洗うのは当ぜ……ン!?」 急に優輝は顔を真っ赤にして口をつぐんだ。バレバレだったとはいえ、自らの口で暴露してしまった。 ズカズカと地面を強く踏みしめ優輝が迫ってきた。 「いいからお水!」 強引に和清からリュックごと奪おうとしてくる。 「センパイ……あの、足は? 足治ったんですか?」 「治ったけど、そんなことより今は水!」 リュックから500ミリリットルのペットボトルを奪い、優輝はキャップに手をかけた。それを阻止しようとする和清。 「命の水なんですから手を洗うなんて」 「いいでしょ、このペットボトルわたしのなんだから!」 「さっきまで二人のだったじゃないですか!」 「元々はわたしのでしょうか?」 「だったら先に開けた僕のはなんだったんですか!」 残り僅かな水の入ったペットボトルを奪い合いもみ合う二人。 「あっ」 と漏らして手を滑らせた優輝。 「ええっ!」 と眼を剥いて手を滑らせた和清。 カラン、コロン。 傾斜のある地面に転がったペットボトル。 凍りつく二人。 惨劇だった。 「ぎゃあああああっ、どうしてくれるの!」 「センパイがいけないんじゃないですか!」 「わたしのせいにするわけ?」 「だってそうじゃないですか! そもそも、僕は海に行こうって言ったのに、センパイが海は絶対ヤダとかいうから!」 「そこから? そこからわたしのせいなわけ?」 「こんな状況下で手洗うとか信じられませんよ!」 「おしっこしたら洗うでしょう普通! それともなに、カズ君が舐めて綺麗にしてくれるの?」 ツンと顎を突き出し怒った表情の優輝が両手を差し出した。 小さく華奢な手。泥で汚れ、爪も欠けてしまっている。 和清はそっとその手を握り締め、項垂れながら言葉を漏らす。 「ごめんなさい……センパイが右って言い張った道を左だってもっとちゃんと言ってれば……」 「…………」 「全部僕が悪いんです」 「……カ~ズ~くぅ~ん。この極限状態でついに本性を現わしたか……ふ~ん、カズ君ってそ~ゆ~ひとだったんだァ」 ゴロゴロゴロ……ズジャァァァァァァン! 雷が落ちた。 そして、急に降ってきた土砂降りの雨。 「きゃっ」 雨に降られ小さく悲鳴をあげた優輝の腕を和清がつかんで引っ張った。 「あっちに崖が屋根みたいになってるところが!」 「いやっ、もう……絶対山なんて来ない!」 洞窟というほどでもない岩肌が抉れたような場所。一畳分くらいのスペースだろうか。風で雨が多少は吹き込んでくるが、どうにかしのげそうだ。 ゴロゴロゴロ……。 優輝は顔を赤くしておなかを両手で押さえた。 「おなか空いてるんだから仕方ないでしょ」 雷ではなく優輝の腹の音だった。 ほら穴の奥に生えているキノコが目に入った。 「食べてみて」 と言ったは優輝。 「いやいやいや」 と首を横に振ったのは和清。 地味な色をしたキノコだ。ベニテングダケのように赤くて白い斑点があるいかにもな毒キノコではない。が、いかにもな見た目をしていなくても危ない。よいこのみんなは絶対に食べてはいけない。 「スーパーで売ってるっぽくない?」 「いやいやいや、売ってるの見たことないです」 「あるって、わたしの行くスーパーには売ってるもん。毒味してくれたら絶交取り消してあげる」 「毒味って言っちゃってるし、しかも絶交宣言まだ有効だったんですか?」 ノリ気じゃない和清を尻目に優輝はリュックを漁って、中からガスライターとお菓子の空箱を出した。 「その辺に落ちてる濡れてない枝とか持ってきて」 「本当に食べる気ですか?」 「カズ君がね」 枯れ枝などを集め、空箱を火種にして焚き木を起こす。キノコは枝に串刺しにして火で炙ることにした。 じゅ……じゅわぁ…… 炙られたキノコから水分が溢れてくる。香りも良くて食欲がそそられる。思わずのどを鳴らした和清の口に熱々のキノコが、無邪気な笑みを浮かべる優輝によって突っ込まれた。 「あつ……あつあつあつ!」 「貴重な食料なんだから出したら怒るよ」 「あふ……あふいです」 「よ~く噛んでね」 もう口に入れられてしまったものは仕方ない。観念して和清はキノコを噛みしめた。 まるで宝石のように輝きだす和清の瞳。 「う、旨いですセンパイ!」 「だいじょうぶ、毒じゃない?」 「ぜんぜん平気です」 「ならわたしも食べてみようかな……」 「うっ!」 急に呻いて苦しそうな表情をした和清。 キノコを食べようとしていた優輝の動きが止まった。 「カズ君?」 「く……くるしい……くる……しい……」 「まさか……毒だった……なんて」 「くるしいィィィッ!」 突然叫び声をあげた和清。 やはりそのキノコは……!? |
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